16.金色の朝に、魔女は泣く
どれくらい馬車が進んだだろうか。きっと一時間か二時間ぐらい。
そろそろ眠くなってきた。ミレイユはすやすやと寝息を立てて寝ている。とても穏やかに。
「王子さまは寝ないんですか?」
「とりあえず町まで着くまでは、な。そこで宿を取ろうと思う。それとそろそろ『王子さま』はやめてほしい」
少し困った顔で言う。
「あまり好きじゃないんだ、その呼び方」
「じゃあ、レヴォル?」
そんな風に、呼び捨てで名前を読んでみる。さすがに失礼だろうか。
「それでいいよ」
いいらしい。
「分かった。これからよろしくねレヴォル」
「ああ、よろしくコレット」
……。
「コレット」
「へっ?」
急に名前を呼ばれて変な声が出た。
「その……大丈夫なのか?」
「アルルさんなら多分大丈夫ですよ。あの人、結構図太いし」
あの時は突然のことで感情的になってしまったが、冷静になって思えば、なんだかんだ言って彼女は生き残りそうだ。
「……僕が言っているのは君のことだ」
「え?」
突然のことに少々戸惑う。
「君は、平気なのか? 大切な人なんじゃないのか? 僕は……平気ではいられない。ローランのことが心配だ。今すぐにでも引き返したいくらいに。あの女性も、君にとってはそういう人なんじゃないのか?」
確かに、私だってアルルのことが心配じゃないと言ったら嘘になる。
「でも、あの人は、あの人たちは、自分から残っていった。
私だって引き返せるなら引き返したいよ。でも、それじゃああの人たちの気持ち、無視しちゃうことになるから。アルルさんにも、生きろってお願いされちゃったし」
あの人のことだ。ここで引き返したりしたら大声をあげて怒鳴ってくるだろう。どうして戻ってきた、と。
「君は……強いんだな」
「そう……かな?」
初めてそんなことを言われた。
「ああ、僕なんかよりずっと……」
レヴォルがそう呟いた。
ふわぁ、と大きなあくびが出た。
「眠いか?」
レヴォルがこちらを振り向いて小さく言う。
「そうかも。ちょっと疲れちゃったし。私、先に寝るね」
「分かった。冷えるからこれ掛けて」
バサリと毛布を軽く投げてくる。
「ありがと。おやすみ、レヴォル」
「ああ、おやすみ」
その声を聴いて目を瞑る。
目を瞑るといろいろと考えてしまう。アルルは本当に無事だろうか、あの騎士は無事だろうか。これから、どうなるんだろうか。逃げた後はどうするのだろう。どうやって生きていくのだろう。少しずつ不安が募っていく。
馬が駆ける音だけがその不安をかき消していった。
§
若干の眩しさにコレットは揺れる馬車の中で目を覚ます。
「……ん」
その朝日に目を慣らさんとばかりにコレットが目をこする。
「おはよう、コレット」
「うん。おはよう」
コレットは馭者をするレヴォルをじっと見つめる。
「……寝てないの?」
「あと少しで町に着くから。そうしたら寝るよ」
「そっか」
少女は何かに満足したような笑みを浮かべながら、すぐ隣で横たわっている金髪の少女のほうを見る。
「ミレイユちゃん、起きてー、朝だよー」
寝ぼけ眼で覇気のない声で金髪の少女に呼びかける。
返事はない。
「ミレイユちゃんー、いつまで寝てるのー?」
体を少し揺さぶる。それでも起きない。その時、何かその体に違和感を感じた。もう一度、無言でその体に触れる。
その体は氷のように冷え切っていたのだ。
「え……?」
目の前のあり得ないと思った光景がコレットのぼんやりとした頭を冴えさせる。ふと何かに気づく。
横たわっている金髪の少女にはあるものがなかった。いや、あるものをしていなかった。
「……ミレイユちゃん?」
少女は横たわっている少女の口元に手を当て、それがないことを、確認した。確認してしまった。
「……なん、で」
「コレット? どうかしたか?」
前からレヴォルが尋ねる。
それにコレットは答えられなかった。嗚咽で声が出なかった。涙で金髪の少女の顔も歪んで見えた。ただただ絞り出すように「どうして」を繰り返すばかりだった。
それを見守るように、朝日だけがいつもと変わらず煌々とその金色の輝きを放っていた。
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