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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第11章~アンネの灯火~
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153.ギルバート・ダークという人物

 さて、通された部屋はそこら辺の安い宿なんかと比べ物にならないくらい綺麗に掃除されていた。まるで誰かがつい最近まで使っていたかのようだ。


 ベッドが一つに木製の勉強机のようなもの、化粧台もある。


「この部屋は一月前まで女の子が一人住んでいたんです。つい半月前に引き取りたいという方が現れて……」


「そうなのか」


 なるほどと納得する。であればこれだけ綺麗な理由も分かる。


「ところでなんだが」


「はい?」


「どうして僕がこいつと同じ部屋なんだ……?」


 僕は視線だけをジャスミンに向ける。


「それは……」


 つい数分前のことである。部屋に通される前、僕は尿意を催してお手洗いに行った。ただそれだけなのだが、その間にどうやら部屋割りが決まっていたようで……。


「マイクロフトさんがお二人は同じ部屋の方がいいと……」


「ああ……」


 自分の中でまた一つ彼の人物像が崩れていく音がした。


 普通こういう場面は男女で分けるものだと思うのだが、あの小説家はどうやら子どもをからかって楽しもうと思っているらしい。しかも僕が席を外している間に決めてしまうのだから(たち)が悪い。


「ジャスミンはいいのか?」


 しかもこれは僕だけの問題ではなく、ジャスミンにも関わってくることだ。彼女が拒否すれば二人そろってマイクロフトに抗議に行く必要がある。


「私は、まあ……」


 次のジャスミンの言葉を、固唾を飲んで待つ。


「別にいいかな、って……」


「……そうか」


 本人がそう言うのであれば、問題はないのだろう。よくよく考えてみれば今までの旅でもほとんど同室だったのだ。今更こんなことで頭を悩ませるほうがおかしいかもしれない。


「それじゃあ、お昼になったらお呼びするので。何か分からないことがあったら僕に聞いてください」


 失礼しますと言って頭を下げるとアスタは扉を丁寧に閉めた。パタリと小さな音が室内に響くのを合図に静まり返る。


「えーっと、とりあえず私たちは悪い方の〝アンネの灯火〟をやっつけに行けばいいのよね?」


 首を傾げるジャスミンがその静寂を打ち破る。


「まあ、そうだな」


 ギルバートの話を要約してしまえば、どうやら〝アンネの灯火〟は二つ存在するらしく、ギルバートが本来のそれらの思想に疑問をもって離反したという話だ。


「子どもを誘拐する宗教組織か……」


 この国の法律がどうなのかは知らないが、傍から見てもその行為は看過できるものではない。おまけに、ギルバートの話によれば〝アンネの灯火〟はワルプルギスの夜を再現しようとしているらしい。下手をすれば国が一つ滅ぶようなことを目標に掲げているのだ。そんな組織が危険でないはずがないのだ。


「しかしまあ、これでお前の目的も達成できそうだな。〝アンネの灯火〟をどうにかすれば、必然的にウィケヴントの毒事件も解決する。この旅も終えられる」


「そう、なんだけど」


 ジャスミンが言葉を詰まらせる。なにか腑に落ちない事でもあるのだろうか。


「どうした?」


「うーん、なんだか、それ以上にまずい状況な気がするのよね」


「どういうことだ?」


「なんだかもっとこう……全部が複雑に絡まってるような……うまくは言えないけどそんな感じ」


「気のせいじゃないのか?」


「だといいんだけど」


 納得していない様子だが、この少女は何事も少し考えすぎて、重く受け止めてしまうことが多い。今回もそれだろう。きっとそういう悩み多き年頃なのだ。


「とりあえず、僕たちが深く考える必要はないだろう。後のことは頭のいい大人たちがやってくれる」


 なんせこちらには推理小説家のマイクロフト・ワーカーがいるのだ。人間性はアレだが、頭の回転は速い。まるで本物の探偵のようだ。


「そう、ね。今はゆっくり休みましょうか」


「別に、外で子どもたちと遊んできてもいいんだぞ」


 からかうと、ジャスミンは不機嫌そうに頬を膨らませた。


「子どもじゃないんだから……」


 しかし本人の言葉とは裏腹に、その拗ねる態度は子どものそれだ。


「そんなことより、私すごいこと思いついちゃったの」


 随分と忙しそうに変わる表情を今度は笑顔に変えて、ジャスミンが切り出す。


「なんだ? 新しい料理のメニューを思い浮かんだのか?」


「うーん、ちょっと違うわね」


 ということは近いことは言っているようだ。


「私、新しい魔術を思いついちゃったの」


「あー……」


 ジャスミンの言葉を聞いた瞬間、僕は自分の耳に蓋をすることにした。別に、実際に両手で塞いだわけではないが。


「……良かったな」


 この一言で話を終わらせることにした。別に、僕は魔術には興味ないし、聞こうとも思わない。そもそも聞いてもよく分からない。


「あからさまに話を逸らそうとするわね。まあ、今に見てなさいよ。その眠たそうな目がしっかり開くようなすごい魔術をそのうち見せてあげるから」


「それはすごい。楽しみにしてるよ」


 胸を張る彼女に、僕はそんな風に適当な返しをした。素人が見てすごさが分かるのかどうか分からないが、ジャスミンがここまで自信満々に言うのであれば、そうなのだろう。


 しかしまあ、このお転婆少女のことである。あまり期待しない方がいいかもしれない。



「あの」


 コンコン、と軽いノック音と共に、その声が室内に転がり込む。


 顔をあげればそこにはアスタの姿があった。


「お昼ご飯ができたのでお呼びにあがりました。さっきの部屋に準備してあるので……」


 小さく頭を下げるアスタに「ありがとう」と一言感謝を述べると、アスタは丁寧に扉を閉めた。


 小さな足音が階段を下りていくのを聞きながら、僕は立ち上がると、


「行くか」


 とジャスミンに一言声を掛ける。


 扉を開けながら振り向くと、頷きながら立ち上がるジャスミンの姿があった。部屋を出るとちょうどマイクロフトたちも部屋を出たところだったようで、階段を下りていく後姿が目に入る。僕たちも後を追うように階段を下りた。



 先ほどの部屋はどうやら食堂だったらしい。テーブルにはギルバートがこしらえたであろう料理が並べられ、その前には先ほどまで外で楽し気に遊んでいた子どもたちが、食事の開始を今か今かとそわそわしながら待っている。


「今日はお客さんも一緒のお昼ご飯だ。みんな、失礼のないようにな」


 僕たちが席に着くのを確認してから、ギルバートがにこやかな笑顔でそう言う。強面に浮かぶその表情に若干の違和感があるが、子どもたちが怖がっている様子はない。


 後に続くように「はーい」と元気よく返事をするだけだ。


「今日はセルトランドの牛を使ったビーフストロガノフだ。味わって食べるといい」


 その言葉を合図にするように、子どもたちは各々にスプーンを手に取り目の前の料理にがっつき始めた。


 随分と美味しそうに食べる子どもたちに、思わず腹の虫が鳴り出す。僕のそれを聞いたのか、


「お客人も食べるといい」


 とギルバートが促した。彼の微笑む表情を一瞥してから「いただきます」と小さく呟いてから一口目を口に運んだ。


 感想から言ってしまえば無茶苦茶に美味しい。普通にお店で出してもいいぐらいの出来栄えだ。


「セルトランド産って……高級なやつだぞ……」


 などという呟きが隣のジークハルトの口から零れ出ている。


 確かに、素材が良ければ味がいいのも頷ける。というか、そんなものを昼食に出されるここの子どもたちが心底羨ましい。


「先生はもともと料理人なんです」


 目の前に座るアスタがギルバートの方を見ながらそう呟く。


「そうなのか」


「ええ。王都でも結構有名なお店を出してたみたいで。僕もいつか先生みたいな料理を作れるように、今は色々教えてもらってます」


 アスタは笑顔でそう話した。


 彼女もこの孤児院にいるということは、きっとそれなりの過去を持っているのだろう。ギルバートは戦争孤児や幼くして両親を亡くした子、虐待された過去を持つ子ばかりだと言っていた。どれも辛く苦しい過去だ。そんな過去を持つ子どもたちが、こうして笑顔になれる環境をこうして彼は作り上げている。


 生半可な覚悟ではできることではないだろう。


「立派な人物なんだな」


「はい! 先生は僕の、僕たちの目標なんです!」


 アスタはにっこりと笑って大きく頷いた。



 昼食を終えると、僕は一人部屋に戻った。ジャスミンが帰ってくる様子はなく、外を見てみれば子どもたちに混じって遊んでいた。なぜかその中にはジークハルトの姿もあった。子どもたちに一緒に遊んでとせがまれたのだろう。


 さて、何をしようかと鞄を漁る。とは言っても所持品からして選択肢は二つしかない。本を読むか、薬学の勉強をするか。


 僕が選んだのは後者だった。ここしばらくバタバタしていて、落ち着いて教科書すら開くことができなかった。


 僕がさてやろうと机に向かったとき、ドアを誰かがノックした。僕は扉に近づいて少しだけ開ける。


 そこに立っていたのは意外にもギルバート・ダークだった。


「あの、なにか?」


 頭では分かっていても、その強面はやはり目の前にすると少々足がすくむ。


「ああ、いや、みな子どもたちの相手をしてくれているのでね、君はどうしているのかと思い尋ねた次第だ」


 みんな、ということはマイクロフトも子どもの相手をしているのだろう。意外である。


「それで、僕にも子どもの相手をしろ、と?」


「そんなつもりはない。ただ、感謝を述べておこうと思ってね」


 すこしいいかね、と言うギルバートを僕は部屋に通す。


「あらためて、ありがとうと伝えさせてもらおう。君たちには本当に感謝している」


「感謝されるようなことは何も……」


 特に僕に関しては本当に何もしていない。ジャスミンやジークハルト、マイクロフトは子どもの相手をしているらしいが、その感謝なら本人に伝えればいい話だ。


「僕は子どもの相手はしてませんよ。そういうのは本人に言うべきだと思います」


「まあ、それもあるのだがね」


 そう言うとギルバートは一つ咳払いをして、


「〝アンネの灯火〟のことだ」


 と付け足した。


「奴らの所業を私は許してもいないし許すつもりもない。罪なき子どもが犠牲になるような行為を許すなどできようもない。しかし、私個人では鉄槌を下すことはできん。それでは私の主観、個人の感情に任せられることになるからだ。だから、君たちの登場は私にとって、彼らをどうにかしてくれる人たちなのだと思わせてくれたのだ」


「……確かに、僕たちは〝アンネの灯火〟を追っていますが、それが実を結ぶとは限りません」


 〝アンネの灯火〟に関する情報はまだ少ない。これだけの手札でとてもではないが〝アンネの灯火〟という未だ得体の知れない組織をどうにかすることはできない。


「それでも、君たちは君たちの国の法に従って動いているのだろう? 法的に処罰を下すことができれば、彼奴らを止めるのも難しいことではない。無責任なことを言うようだが、私の意志を君たちに託したい。頼めるかね?」


 ギルバートの言葉に僕は顔を俯かせた。


「……善処はします」


 僕は曖昧な言葉でこの場を乗り切ろうとした。


 ギルバートがこの言葉をどう受け取ったのかは分からないが、彼は笑顔で「任せたよ」と言い残して部屋を出て行った。


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