151.アンネの灯火~1~
ゼラティーゼ王国では世界を創造したとされるエプフング神、人々に知恵を与えたというアイスハルト神の二柱の神を信仰しているらしい。定まった宗教の名前は持たないらしいが、多くの場合「二神教」と呼ばれている。
ということをジークハルトに教えてもらった。そして今僕たちの目の前にある大きな建物――メルテルン教会もそれらに祈りを捧げるために作られた教会だと、ジークハルトは言ったが。
「なんというか、これは……」
子どもが、駆け回っている。白や赤や青といった大小様々な花が咲き誇る中で、ちょうど、魔術学校の初等部や中等部、つまり四歳から十二歳ぐらいまでの子どもたちが虫を追いかけたり、ボールを追いかけたりして遊んでいる。
「本当に孤児院なのね。子どもがたくさん……」
ジャスミンが呟く。
教会の周りには鉄製の柵があって、かなりの高さである。容易に出入りはできそうにない。子どもたちはどうやら僕やジャスミン、背の高いジークハルトやマイクロフトに気づくような素振りも見せず、きゃっきゃきゃっきゃといいながら教会の庭の中を走り回っている。
「どうする? 誰かに声を掛けるか?」
ジークハルトの言葉に、マイクロフトが頷く。
「そうだね、そうしよう。ということでジャスミン、頼んだよ」
「えっ、私ですか?」
突然指名されて自分を指さしながら困惑するジャスミン。本人は分かっていないようだが、マイクロフトが彼女を指名した理由を僕は何となく分かっている。
「大の大人が行ったら小さな子どもたちがビックリしてしまうだろう? こういうのは年が近いほうが子どもたちも話しやすいと思うんだ」
僕の想像した通りの理由だった。この中で一番若いのはジャスミンだ。未だ十代前半の年齢。子どもたちがはしゃぐ中に混じっていても違和感はないし、普通に溶け込める。
となると子どもたち的にも接しやすいだろう。どこの輩とも分からぬおじさんや僕が行くよりもよっぽどいい。
「それに……」
マイクロフトはじっ、とジャスミンを見つめてから一度頷いて、
「君は小さいからね。二歳や三歳ぐらい誤魔化せそうだ」
ぷつん、と。マイクロフトが笑顔で話し終わったときにそんな音が聞こえた、気がした。もちろん、そんな音は聞こえていないのだが。
「嫌です」
当然の回答である。ジャスミンは子ども扱いされるのを酷く嫌っている。僕が子ども扱いするのは慣れたのか反応が薄くなってきたが、どうやらそれ以外となると逆鱗に触れるらしい。
「えっ」
あまりにも冷たい反応にマイクロフトも驚きを隠せないようだった。横では全てを悟ったかのようにジークハルトが半ば呆れたように首を横に振っている。
「そういう理由なら嫌です。自分で勇気を振り絞って小さな子どもたちに話しかけてください」
ぷいっとそっぽを向いて、ついでに口を尖らせてジャスミンが吐き捨てた。
「えっ、えええっ!?」
ジャスミンのこの反応は全く予想していなかったのだろう。それもそうだ。ジャスミンは図々しい割に人見知りで、馬車の中でもほぼ無言だった。マイクロフトとの会話はほとんど僕だったし、ジャスミンは聞かれたことに対して返すぐらいの対応しかしていない。
学校で仲のいい友達がいなかった弊害だろうか。どうにも他人と交流を持つのが苦手なようである。
そんなジャスミンは初見であれば随分と奥ゆかしい印象なのだろう。
僕が彼女に初めて会ったときは随分とご立腹でそんな感じは微塵もなかったが。
「これはマイクが悪いぞ」
「そうですね」
あたふたするマイクロフトと未だに拗ねているジャスミンを眺めながら僕とジークハルトはそんな言葉を交わした。
「どちら様ですか?」
突如聞こえたその言葉に僕たちは四人同時に振り返った。
振り返ったそこには黒い髪のなんとも派手な格好をした少女がいた。黒いフリフリのよう服を身に纏いながらその手にはパンを詰めた籠を抱えている。
「君はこの教会の人かい?」
先ほどとは比べ物にならないくらいの落ち着いた口調で、マイクロフトはその少女に近づく。
「そうですけど、あなたは?」
「これは失礼。先に名乗るのが礼儀だったね。私はマイクロフト・ワーカーという拙い推理小説家だ。取材……もといある事件の調査に来ていてね。ここにギルバート・ダークという人物が住んでいると聞いたんだが、会うことはできるかな?」
「あ、はい。先生なら多分中でお昼ご飯を作っていると思います。ちょっと呼んできますね」
そう言うと少女はぱたぱたと駆け足で門の中に入って庭を突っ切り教会の中へと姿を消した。
「案外、簡単に会えそうだね」
「そうですね」
マイクロフトの言葉に僕は相槌を打った。ネーヴェ王国では特別、何かの宗教を信仰するという文化はない。確かに、他国からネーヴェに移り住んだ人のために教会や礼拝堂は立てられてはいるが、それこそ利用しているのはごく少数だ。
だから、教祖という身分の人物がどれほどの位なのかよく分からず、勝手に会うのが難しいとばかり思っていた。
そんな会話を交えつつ、少女の消えていった教会の入り口を眺めていると、先ほどの少女が出てきて、また同じようにぱたぱたと駆け足でこちらに寄ってきた。
「あ、えっと、マイクロフトさん? でしたっけ?」
マイクロフトの前で立ち止まると、少女はその朗らかな笑顔を見上げる。
「どうかな? 会えそうかい?」
「お会いになられるみたいなんで、僕についてきてください」
少女はそう言うと、今度は落ち着いた足取りで教会の建物があるほうに向かって歩き出した。
「さ、私たちもついていこう。真実を確認するために……」
マイクロフトの言葉に僕を含めた他の三人が頷くと、意を決した表情でマイクロフトを先頭に少女の後をついて歩いた。
そうして僕たちは、真実を知るためにメルテルン教会に足を踏み込む。