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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第11章~アンネの灯火~
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148.疑問と問題

 ゼラティーゼ王国の王都といえば、晴れやかで多くの人が行きかう都市である。もちろん、ゼラティーゼ王国内で最も賑わいを見せている都市だ。


 そんな王都の一角に、俗に言う宿泊街という場所がある。読んで字のごとく、宿泊施設が軒を連ねる旅行者にはありがたい場所なのだが、その中の一軒の、さらにその中の一室で。


「エル、さっきの話、理解できた?」


「できたような、できてないような」


 僕とジャスミンはお互いに頭の上に疑問符を浮かべていた。


「えっと、つまり、どういうこと?」


 僕自身、あまりマイクロフトたちの話を理解していないつもりだったが、目の前の茶髪の少女は僕異常に理解できていないようだ。


「つまり、僕たちの当初の目的である〝ウィケヴントの毒事件〟とジークハルトさんたちの目的である〝トカリナ誘拐事件〟の犯人が僕たちがたまたま偶然耳にした〝アンネの灯火〟と繋がっていて、さらにはハンメルンでお前が見かけた女性が例のトカリナ・リャファセバルだってこと、だよな?」


「だよな……って、逆に聞き返されても……」


 まったくもってその通りなのだが、僕だって全部理解できているわけじゃない。逆に聞き返したくなるのも致し方のないことだ。


「それで、あの人たちが明日私たちについてくるってことよね?」


「そうなるな」


 ジークハルトの連れで推理小説家でもあるマイクロフト・ワーカーは、僕たちに同行したいと言った。


 どうやら、僕たちと彼らで〝アンネの灯火〟に関する情報が食い違っているらしい。


「〝アンネの灯火〟が二十年前に既に存在していたっていうのも、なかなか信じがたい話だな……」


 僕たちからすればおかしな話だ。〝アンネの灯火〟に詳しいわけじゃないが、その宗教団体が『想火の魔女』アンネ・ワルプルギスを崇拝していて、教祖たるギルバート・ダークが一年前に開いたものだという情報は確かなはずだ。


 それをまるで否定されてしまったようだった。


「町の人が嘘を吐いたとか?」


「考えられるが、全員が同じように笑って答えるとは思えない。お前、魔術で嘘ついてるかどうか調べられたりするだろう?」


「ええ、まあ」


「だったら適当な人に尋ねて、魔術で嘘を吐いているかどうか調べればいい。そうしたらこの情報が本当かどうか分かるだろう?」


 こういうとき、魔術というのは実に便利である。普通では成しえないことを実行できて、知りえない情報を知ることができるのだから。


「……それもそうね。私、ちょっとロビーのお姉さんに話しかけてみるわ」


 ジャスミンはそれだけ言うと立ち上がって、すたすたと部屋を出て行った。


 さて、当たり前のようだがジャスミンが聞きに行った結果は二つに一つだ。この王都に住む人々が嘘を吐いているか、吐いていないか。


 仮に、嘘を吐いているとしたらマイクロフトの言葉を信じるしかないし、なぜ嘘を吐いているのか、これも新たな謎として姿を現すわけだ。逆に、嘘を吐いていないのだとしたら、普通に考えてマイクロフトたちの情報が誤りだということになるが、そもそも彼らの情報が間違いだと、とてもではないが思えなかった。


 二十年前から〝アンネの灯火〟が存在しているとなると、それを裏付ける文書なりなんなりがあるはずだ。


 それを知っているからこそ、「二十年前から存在している」と言えるのだ。それに、〝アンネの灯火〟の信仰対象である『想火の魔女』アンネ・ワルプルギスはおよそ三百年前に、誰もが知る大災害である〝ワルプルギスの夜〟を引き起こした張本人だ。


 そんな人物を今更信仰の対象にするというのも突拍子のない話に聞こえる。


 となると、誤りがあるとすれば僕たち側の情報だ。


「〝ウィケヴントの毒〟が、別の事件のために使われていた……」


 ふと、そんなことを口にする。


 今日聞いた話、突然のことばかりでついて行くのに精一杯だったが、こればっかりは脳に焼き付いたかのようにはっきりと記憶の中に残っていた。


 本来のウィケヴントの種から取れる毒は非常に高い致死性を持っている。それはもう、口に少しでも入れれば即死だ。


 そんな毒に、別の薬を混ぜて致死性を和らげている。毒であることに変わりはないし、似たような症状も出るが、僕が知る限りこの毒で命を落とした人物はいない。


 ただそれでも、毒に侵された人々の悲痛の叫びは無くなるわけではない。その惨状を幾度となく母やエフォード医師から聞き、〝無名の町〟でも実際に目にした。


 あの(おぞ)ましい光景が、別の事件の踏み台のようなものになっているのであれば、とてもではないが煮えくり返った(はらわた)が治まる気がしなかった。


 これは、なんとしても犯人を突きとめなければ、気が治まらない。初めは大して乗り気でもなかった犯人探しだったが、既に僕は後に引くことを考えていなかった。


 ここまで来たらなんとしてでも真相を突きとめるし、犯人も捕まえてそれ相応の罰を与えたい。もちろん、自分にそんな権限はないが、そうでもしなければ許せる気が起きなかった。



「ただいま」


 その声と一緒に部屋の扉が少し開く。その少し開いた隙間から、ジャスミンがその小さな体を滑らせるようにして入ってくる。


「どうだった?」


 ロビーまで行って話を聞いてきたのだろう。そう尋ねるとジャスミンは首を横に振りながら、


「嘘じゃ、なかった」


 そう答えた。


 嘘ではない。つまり僕たちが今日集めた〝アンネの灯火〟に関する情報は間違いではない。


 となると――。


「どちらも真実……?」


 マイクロフトたちの情報が正しいと仮定しよう。しかし彼らの情報とは全くもって異なる僕たちの情報も正しい。


 となるとあり得ない話だがどちらも真実ということになる。


「マイクロフトさんたちが間違ってる可能性は?」


 ジャスミンの問いに僕は首を横に振った。


「分からないけど、多分その可能性は限りなく低いと思う。〝アンネの灯火〟が二十年前から存在するというのが本当ならば、それを裏付ける証拠があるわけだ。ただ、その証拠が間違っている可能性も否定はできない。だから明日確認をとることにしよう」


 どちらも真実だと決めつけるのは早計だ。少なくとも僕たち側の情報の信憑性はあるということが分かっただけでも話は進むだろう。


「とりあえず、今日はお開きだ。難しい話はまた明日考えればいい」


 正直、もう脳みそが疲れきっていた。一度に大量の情報を詰め込まれ、挙句の果てには自分たちの情報が間違っている可能性も出てきて、それが間違いでないととりあえず証明はできた。


 今日はもう休んでもいいだろう。


 情報や現状の把握に関しては僕たちはまだ理解しきれていない。一晩寝て、記憶を整理すればまた気づけることもあるだろう。


「僕はもう寝るよ。お前ももう寝ろ」


 空は既に真っ暗で、街の明かりがまるで宝石箱をひっくり返したかのように輝いている。とてもではないが女王の所業で荒れている国とは思えなかった。


「あ、うん。私も寝る、けど……」


 ベッドに腰かけるジャスミンの言葉が少しずつ(しぼ)む。


「なんだ?」


「本当にこのベッドで寝るの?」


「あー、いや、まあ……」


 この部屋にはベッドが二つある、様に見える。いや、実際に二つある。しかしその二つのベッドがしっかりとくっついていてまるで一つのベッドのようになっているのだ。なお、布団だけはご丁寧に二つ用意してある。


 つまり、一つか二つか分からないベッドで、別々の布団に入って寝ろ、と。そういうことだ。


 ロビーで部屋をとるときにはベッドが二つあるとだけ言われ、それならいいかとこの部屋をとったのが間違いだった。


「……嫌なら僕が床で寝るけど」


「それはダメっ!」


 ジャスミンは大声をあげながら急ぐように布団に潜り込む。足の先から頭の先まですっぽりと布団をかぶったジャスミンはその布団から頭だけ出すと、


「別に、嫌じゃないし……いつもエルを床で寝させちゃってるから、さすがに悪いかなって……」


 少しずつ小さくなる声と一緒に、またその小さな頭は布団の中に(うず)もれていく。


「……別に、好きにすれば?」


 最後に布団の中から聞こえたのはそんな突き放すような言葉だった。随分と分かりやすい照れ隠しである。


「そういうことなら、お言葉に甘えるとしよう」


 僕も布団に入るとジャスミンに背中を向けた。


 さすがに彼女の方を向いて寝るというのは気恥ずかしい。


「……おやすみ」


 ぶっきらぼうな言い方のジャスミンの言葉が背中越しに聞こえる。


「おやすみ」


 そんな言葉に、僕はいつも通り機械的に返した。



 次の日の朝、宿に響き渡ったのは少女の叫び声と、べっちーんという痛々しい音だった。



§



 目が覚めて、最初に感じたのは痛覚だった。


 ひりひりとする頬を押さえて、体を起こす。


「痛ぇ……」


 何か平たいもので殴られた、そんな感じの痛みを押さえんとするかのように、僕は痛みを口にした。


 横を見てみると、顔を真っ赤にして両腕で自分の体を抱きかかえ、布団の上にぺたりと座っているジャスミンの姿があった。


 その泣きそうな表情たるや。


「えっと……ジャスミン、さん?」


 いつになくかしこまった言い方で名前を呼ぶ。


「……おは、よう」


 少し口を尖らせて、ついでに頬も膨らませながら赤面した顔をそむかせて、ジャスミンは朝の定型文を口にした。


「あ、ああ。おはよう……」


 僕が何かやってしまったに違いないと、すぐに分かった。寝ている間に顔面でもぶん殴ってしまったのだろうか。だとしたら、このひりひりとした痛みは殴り返された証なのだろう。


「えっと、なんかすまん」


 とりあえず、謝罪の言葉を口にしておいた。何がどうなってこうなったのか定かではないが、こちらに非があるのは確かだ。


「うん、別に……」


 依然、顔はこちらを向いていない。


「……着替えるから、あっち向いててね」


 そう言ってベッドから出ると自分の荷物をガサゴソと漁りだした。


 僕は無言でジャスミンに背中を向けると、なぜ彼女が不機嫌なのかもう一度考えることにした。


 仮にもし、僕が眠っている間に彼女を殴りつけたりしたとしよう。


 だとするならば、ジャスミンはもっとこう……激しく怒るはずだ。少なくとも、今のようにあまりしゃべらないことはない。思ったことをずかずかと言ってくる、と思う。


「終わったわよ。さ、朝ご飯食べに行きましょ。昨日の喫茶店でもいいわよね?」


 どこか気まずい空気が漂う中、いつもの服に着替えたジャスミンのその一言が静寂を溶かした。


 ただ、彼女の様子は変わりない。顔を合わせるでもなく一人で部屋を出て行った。僕はため息をつきながら、


「なんでこんなことになってんだ……」


 ぼやきながら後を追いかけた。


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