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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第11章~アンネの灯火~
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147.情報交換~2~

「なるほどね」


 そう言って頷いたのは僕の憧れの人物。小説家で、おそらくネーヴェ王国で最も売れている作家だろう。かくいう僕も彼の著書を何冊も持っている。


「どういうことだ?」


 一方、横で首を傾げているのは僕の両親の知人である。大して顔を合わせたことがないため、ほぼ初対面に近いが相手は僕のことをよく知っているようだった。


「これ以上は何も情報は持ってないですよ。それに、僕たちからもあなたたちに聞きたいことがある」


 彼ら――ジークハルトとマイクロフトは僕とジャスミンになぜかハンメルンでのことを聞いてきた。


 なぜそれを知っているのかと聞いたのだが、話が長くなるからと言って聞き出せなかった。


 ハンメルンの町で大規模な爆発があったという。幸い、死者は出なかったらしいが、町民がこんなことを言ったらしい。


「少女に『逃げて』と言われた」と。その時点で、何のことか分かった。僕とジャスミンがハンメルンの町で世話になった宿を営んでいるブレンだ。


 ジャスミンはハンメルンの町で赤黒い瞳を持った女性を見たと言った。そしてそれが〝ワルプルギスの夜〟の前兆であることも予想した。そのことをブレンに伝え、逃げるように言ったのだ。


 その一連の流れをジークハルトとマイクロフトは頷きながら黙って聞いていた。


 そして、今現在の僕たちの目的も尋ねられた。ローイラの花を採り終えて、これから少し気になることを突き止めるためにフィルラント市へ向かうこと、そしてハンメルンで起きたという誘拐事件のことやヘンリックのことまで。〝アンネの灯火〟について伝えるべきか迷ったが、この国に住まう人々の反応を聞く限り、どうにも怪しい宗教団体ではなさそうだった。だからこれに関しても何一つ隠さずに話した。


 どうやら二人はこの〝アンネの灯火〟が引っ掛かったらしく、眉間に(しわ)を寄せて首を傾げていた。


「ひとまず、話は分かった。〝ウィケヴントの毒事件〟について追いかけていたと聞いたが、〝アンネの灯火〟も追いかけていたとは」


 ジークハルトが驚いて言うが、〝アンネの灯火〟に関しては完全に成り行きだ。もともとそれについて追いかけるつもりはなかったし、なんなら〝アンネの灯火〟という言葉自体もつい最近知ったようなものだ。


「それで、あなたたちの目的はなんなんだ? 〝アンネの灯火〟絡みか?」


「まあ、ね。私たちはある誘拐事件の真相を突きとめるためにこの国に来たんだ」


「誘拐事件?」


 最近、この手の話が多すぎる気がする。ハンメルンといいヘンリックといい、誘拐事件が流行っているのか。


「二十年前、〝ウィケヴントの毒事件〟に乗じて誘拐事件が起きた。被害者は当時魔術学校に通っていたトカリナ・リャファセバル。私たちは彼女の足跡を追ってこの国まで来たんだ。その過程で〝アンネの灯火〟が関係していると分かってね。その根城がハンメルンにあるという話だったから、その町に向かったんだが……」


「爆発していて跡形もなくなっていた、と」


「そういうことだ。それで何やら爆発を予言したという少女のことを町民が言ったんだ。茶髪の背の小さい女の子。つまり君だよ、ジャスミン・カチェルア」


 突然名前を呼ばれて、ジャスミンがビクリと肩を震わせる。


「ジャスミン。君の話は信じてもいいんだな?」


 ジークハルトの問いにジャスミンは無言で頷く。


「……だそうだ、マイク」


「ふむ、やはり私の予想は当たっていたみたいだね」


 マイクロフトは何かに納得するようにうんうんと首を縦に振っている。


「なんの話ですか?」


 その様子に疑問を持った僕は二人にそう尋ねる。彼らはまだ全部を話したわけじゃないだろう。他にも握っている情報があるように思える。


「……さっき言った被害者のトカリナ・リャファセバルだが、おそらくもうこの世にはいない」


「なぜ、そう言い切れるんです?」


「ジャスミンが見たという赤黒い瞳の女性……これがトカリナなんじゃないかと、私は思うんだ。とは言っても憶測にすぎない」


 憶測、にしては随分と確信的な物言いだ。


「……誘拐事件の前、つまり〝ウィケヴントの毒事件〟が起きる前に、不思議な飛翔体を何人もの人が目撃している。馬やら本棚やらが飛んでいたそうだ。

 私も魔術に詳しいわけじゃないが、おそらく精神魔術の一種なのだろう? 視覚に干渉して誤認させる……みたいな」


 そこまで言うとマイクロフトはジャスミンの方をちらりと見る。


 その視線に頷き、ジャスミンは口を開いた。


「確かに、そういう魔術は存在します。けれどそれがなんなんですか?」


「私はこれが犯人だと思っていてね。つまり犯人は魔術が使えるのではないかと。それで私がもう一つ思ったのはウィケヴントの毒事件とトカリナ誘拐事件は同一の犯人なんじゃないだろうか? エル君は別の町でウィケヴントの毒事件に似た状況に対処したと言ったね? なにか引っかかることはないか?」


 そう聞かれ、〝無名の町〟で起きたことを思い出す。


 町についてリルに出会って、食料を買いに行ったら人が倒れていて治療した。帰ってみるとリルも倒れていて治療して、夜にはジャスミンとリルと僕の三人でいろいろ話をして――。


「……その町で宿を営んでいる少女が〝空飛ぶ牛〟の話をしていました」


「決まりだね。やはりウィケヴントの毒事件は魔術を使える者が犯人だ。それとウィケヴントの毒事件について何か奇妙に思ったことはないか?」


 その質問を投げかけられた瞬間、僕の中で今まで全く噛み合っていなかった歯車が全て綺麗に噛み合った感覚がした。


「〝ウィケヴントの毒事件〟は……人を殺すためではない、別の目的のために行われている……」


 まさか。


「まさかそれが、誘拐事件のため……ってことですか?」


「やはりそうか。となるとこの二つの事件は繋がっていると見ても間違いない。さて、ここまでは確認の範疇だ。君たちには突然のことで何が何だかという感じかもしれないが、頑張ってついてきてくれ」


 確認の範疇、ということは僕の回答も予想通りのものだったということだろうか。さすが超売れっ子推理小説家なだけはある。探偵の真似事もお手のものなのだろう。


「君たちは〝アンネの灯火〟はつい一年前にできたと言ったね?」


「ええ、まあ」


 そういう話だ。リルに聞いた話からこの王都で聞いた話まで全てがそうだった。逆にそれ以外の話がないぐらい、〝アンネの灯火〟とギルバート・ダークという人物は美しいもののように人々の口から紡がれた。


「私たちの持つ情報だと、〝アンネの灯火〟は二十年前に既に存在している。というのも、ツルカ女王陛下がトカリナ誘拐事件には〝アンネの灯火〟が絡んでいると睨んでいてね。でも君たちの話だと違うようだ。どうにもここが噛み合っていない」


 横では難しそうな顔をジャスミンがしているが、僕にももう何が何だかよく分からなかった。


 ウィケヴントの毒事件とそのトカリナ誘拐事件が繋がっていることは理解できた。その背景に魔術の使える人物がいることも。


「なかなか難しいかな。とりあえず今は〝アンネの灯火〟が二つの事件に関与している可能性があることだけ分かってもらえればいい。そして〝アンネの灯火〟がワルプルギスの夜を引き起こした『想火の魔女』アンネ・ワルプルギスであること。そして犯人が魔術を使える人間だということ、それが分かっていれば十分だよ」


 僕もジャスミンも黙って頷いた。頷くしかなかった。


 今の僕たちには圧倒的に情報と、その繋がりが欠落している。おそらくマイクロフト・ワーカーは全ての情報とその繋がりが見えているのだろう。


「それで、君たちはそのギルバート・ダークという人物を尋ねるのだろう?」


「はい」


「私たちも同行しよう。どういうわけか食い違っている〝アンネの灯火〟に関する情報だが、その教祖に会えるのだろう? 会って話を聞くのが一番確実な方法だ。情報の整理はまたそれからにしよう」


「えっと、僕たちの旅に同行すると?」


「そう言ったが?」


 僕とジャスミンはまた顔を見合わせた。


 どうしよう、と訴える目をしているのが何となく分かる。


 僕自身は何も問題はない。目的地が変わるわけでもないし、この謎ばかりでもやもやとした気持ちを晴らせるのであればその案を飲むしかないだろう。


「僕は構わないが……」


 それだけ言って判断をジャスミンに投げた。


「え……っと、私も、大丈夫です」


 少し言葉に詰まりながらも、二人の同行を許可した。


「よし、決まりだ。明日の朝九時にまたここに集合することにしよう。それでいいね?」


 マイクロフトの言葉に、僕もジャスミンも頷いた。


「それじゃあ私たちはこれで失礼するよ。ほら、行くぞジーク。二人のデートを邪魔してしまったんだから、さっさと立ち去るぞ」


「一番喋ったマイクがそれを言うか」


 などとそんな会話をしながら喫茶店を出て行った。


 デート、などと表現されたことに顔を赤らめているジャスミン。その様子に僕も少しだけ恥ずかしくなる。


「……えっと、私たちも宿に戻りましょうか」


「そう、だな。そうしよう」


 そう言うとまるで逃げるように僕たちは喫茶店を後にした。


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