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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第11章~アンネの灯火~
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146.情報交換~1~

 僕とジャスミンの王都での情報収集は思ったより前向きに進んでいた。


 王都に到着したのがつい昨日のことで、朝から街に繰り出し、二手に分かれて〝アンネの灯火〟に関する情報を集めて回っていた。


 町ゆく人に尋ねれば、皆何かしらの返答をしてくれた。大まかな情報はリルが言っていた通りだった。教祖の名前はギルバート・ダーク。孤児院をやっているという情報も確かなようで、国外の戦争孤児、幼くして何らかの理由で両親を亡くした子どもたちや、ちょっと訳ありな子どもたちの世話をしているという。


 大々的な活動はそれらしいのだが、やはり宗教団体なだけあってある一人の少女を信仰しているという。


 その少女の名前は――。


「やっぱり、アンネ・ワルプルギス絡みだったのね……」


 静かな喫茶店の中でジャスミンはそう呟くと、透明なガラスのコップに入ったイチゴジュースを一気に飲み干した。


「お前の予想は間違ってなかったな。話によると、アンネのような人生を歩む人が減るように……みたいな理由で宗教を開いて孤児院をやってるらしいぞ」


「普通にいい人ね」


 そう、普通にいい人なのだ。話を聞く限り、とてもではないが誘拐事件を起こすような人物には感じられなかった。〝アンネの灯火〟自体も王都では有名なようで、これについて尋ねると多くの人が笑顔で答えてくれた。


「まさかとは思うけど、裏では極悪人……とか?」


「まあ、その可能性は否定できないな。人間、表の顔と裏の顔を使い分けるものだ。裏の顔がないとは言い切れない」


 仮に件のギルバート・ダークがヘンリックと繋がっていて、子どもを誘拐させていたとしたならそれは大事件だ。


「ともかく、情報もある程度集まったことだし、明日にはフィルラント市に向かおう。真実を確認しに行くぞ」


 ジャスミンの目を見てそう宣言すると、視界の端に何やら見覚えのある顔が映った。


 その顔がこちらを向くと、少し驚いた顔をしてこちらに近づいてくる。


「あなたは……」


 どこかで見た顔だ。とは言ってもおそらく二度か三度ぐらいなものだろう。名前が喉のあたりまで出かかっているが、どうにも思い出せない。


「君……エル君か?」


 相手もどうやら僕のことを知っているようだった。歳は五十歳ぐらいだろうか。


「ええ、まあ……あなたは?」


 失礼かもしれないと思ったが、名前が分からないものはしょうがない。思い切って尋ねてみることにする。


「ああ、そうか。覚えていなくても当然か。僕はネーヴェ王国ネーヴェ警吏隊のジークハルト・ドジソンだ」


 その名前を聞いて、喉につっかえていた物が取れるような感覚がした。ジークハルト・ドジソンは父や母の知り合いだ。


 なんでも、父たちと同じころにこの国に入ってきたとかなんとか。どういう経緯で知り合ったのかまでは知らないが、なかなか親密な関係だったのを覚えている。


 しかしジークハルトを診療所で見た回数は少ない。覚えていなくても何もおかしなことではなかったのだ。


「思い出したか?」


「ええ、まあ。お久しぶりです」


 最後に見たのはいつだったかと思いながらその言葉を口にする。


「そうだな、五年ぶりぐらいか。ほとんど顔を見せないからな。それにしても大きくなったな」


 そう言ってジークハルトは椅子に座る僕の頭の上にぽんと掌を乗せた。


「だれ?」


 そう小声で尋ねてきたのはジャスミンだ。


「父さんと母さんの知り合い。ネーヴェ警吏隊の人だ」


 そんな風に軽く説明をする。


 するとジャスミンはちらりとジークハルトの方を見上げる。目が合ったのか、「ジャスミン・カチェルアです」と小さい声で自己紹介をしてから少しだけ目を逸らしてから小さく会釈をした。


「……茶色い髪の少女……やはり君たちだったか」


 そんなことをジークハルトが呟く。


「どういうことですか?」


 聞き返すも、それに答えたのはジークハルトではない、別の人物だった。


「私たちは君たちを探していたんだよ。白髪の少年と茶髪の少女。見紛う事ないね。彼らがそうなのだろう? ジーク」


「多分な。そして僕の予想通り、彼は旅に出たというヴァイヤー診療所のご子息だ」


「となるとこちらの少女……えっと、名前は?」


 突然現れたもう一人の男性がジークハルトに尋ねる。


「ジャスミン・カチェルアだ。おそらく、カチェルア魔道具店の子だろう?」


 ジークハルトが確認するようにジャスミンの目を見る。その視線にジャスミンは首をこくこくと縦に振っていた。


「なるほど、それなら魔術に詳しいのも頷けるね。さて、そろそろ私も自己紹介しなくてはね」


 男性はそう言うと一つ咳払いをして、


「私はマイクロフト・ワーカー。推理小説家だ」


 そう言って頭を下げてお辞儀を――。


「……今、なんと?」


 僕は耳を疑った。


「おや、聞こえなかったかい? マイクロフト・ワーカーだ。少し君たち話がしたいんだが、いいかな?」


 聞き間違いなどではない。その口は確かに推理小説家であるマイクロフト・ワーカーの名前を口にした。


 僕が旅のお供に選んだ本の著者が今、目の前にいる。


「えっと……なぜ?」


 疑問に感じることは多々あった。どうして彼らがこのゼラティーゼ王国にいるのかとか、なぜ両親の知人であるジークハルトと親しげにしているのかとか、そしてなによりも、なぜ憧れの小説家が僕たちと話がしたいと言っているのか。


 聞きたいことは山ほどあるが、その全ての疑問が「なぜ」の一言に集約されていた。


「まあ、そのあたりのことも含めて君たちと話がしたいんだ。少し、時間をいただけるか?」


 間に入るようにジークハルトが進言する。


 僕とジャスミンは顔を見合わせて、お互いに同じ意思があることを確認してから、二人同時に深く頷いた。


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