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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第11章~アンネの灯火~
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144.次の目的地

 僕とジャスミンは絨毯に揺られながら既に王都に向かっていた。


 大森林を出た後、僕たちは一直線にリルのいる〝無名の町〟に向かい一泊。間を開けたのはほんの数日だったが、リルもジャスミンもお互いの再会を大層喜んでいる様子だった。


 次の日の朝に食料だけ調達して、無名の町を後にした。



 そして現在。



「随分と熱心に読むんだな」


 読書をする僕の視界の端に映るジャスミンに、そんな風に声を掛けた。


「うん、まあ」


 適当な返事が返ってくる。


 僕が今読んでいるのは、持ってきていたマイクロフト・ワーカーの推理小説だ。どうにもこの移動時間が暇で何となく開いて読んでいる。


 とは言っても既に何度か読んだことのある本だし、先の展開を知っているせいかどうにも集中して読めない。


 対してジャスミンが読んでいるのは僕が以前無名の町で購入した花言葉の本だ。見開き一(ページ)に花の挿絵とその説明、花言葉が書いてあるだけの、いわば図鑑だ。僕自身、買ったはいいものの何となくパラパラとめくって読んでいただけだった。


 そもそもそれほど注視して読むような本ではない。


 彼女の集中力は一体どこから来ているのか。


「そんなに熱心に読むようなものでもないだろう」


「そうね。そうかもしれないけど、魔術に使えないかなって思って」


 出た。こいつの悪い癖だ。


「また魔術か」


「魔女とか魔術師は研究者なの。常に魔術を探求し、世の中をより良くするために頭を働かせてるのよ」


 そうらしい話は幾度か聞いたことがあったが、この少女に限ってはあり得ないだろう。このお転婆はただの好奇心に従って動くような単純なやつだ。そこまで考えているとも思えない。


 魔術学校を卒業すると〝魔術師〟の称号を貰えるらしいのだがこの少女には分不相応だ。魔術愛好家ぐらいがちょうどいい。


「エルが失礼なこと考えてる気がするわ」


「なんだ、魔術で思考でも読んでるのか?」


「普通に当てただけよ……って、少しは否定しなさいよ」


 そう言って彼女は頬を膨らませた。



 いつだったかも、こんな会話をした気がする。


 あれは、ジャスミンと出会ったときだっただろうか。


 たしかこの少女がお願いとやらを僕に聞いてほしくて、それで勝負だなんだのと持ち掛けてきた、そのときだ。


 今思えば随分と昔のことのように感じてしまう。旅を通してお互いに考え方も少しずつ変わったせいだろう。


 僕自身、この少女に魅力を感じ始めていることにひどく動揺している。


 こういう落ち着きがない少女は心底苦手である。もうちょっと冷静に物事を見ることができて、落ち着きのある女性の方が魅力的だと、そう思っていた。母がそんな感じだろう。


 僕に女性経験がないだけかもしれないが、理想的な女性像として掲げられていたのが母のような人物なのかもしれない。


 だとしたら、僕はこのお転婆少女のどこに惹かれているのだろうか。


「なに笑ってるのよ?」


 笑って、いただろうか。


 慌てて口元に手を当ててみる。少しだけ吊り上がった口角を揉みほぐすようにして戻そうとする。


「いや……随分と僕も変わってしまったものだと思って」


 きっと変わったのは、この少女よりも僕の方かもしれない。


「何が言いたいのかよく分からないけど」


「だろうな」


 ジャスミンは怪訝そうな顔をしていたが、僕はそれ以上何も言わなかった。


 ジャスミンも追及を諦めたのか、膝の上で開かれている本に再び目を落とし始めた。



§



「そういえば」


「なんだ?」


 ふと思い立ったように口を開いたジャスミンに僕は顔をあげた。


「〝アンネの灯火〟のことなんだけど……」


「……ああ」


 昨晩、リルと話しているときにジャスミンは何を思ったのか〝アンネの灯火〟についてリルに尋ねた。


 それが何なのか、何を意味する言葉なのか。


「一年ぐらい前にできた宗教団体ですよ。教祖の方の名前はギルバート・ダーク。以前この町にも訪ねられたことがあります。なんでも、身寄りのない子どもたちを引き取っているとか。フィルラント市にその方がやっておられる孤児院があるそうです」


 リルはそんな風に説明をしてくれた。


 そのギルバート・ダークなる人物についてもいくつか教えてもらった。右目に切り傷のある体つきのよい男性で、白い顎鬚を蓄えている、一見怖い感じの顔立ちだと。


「で、それがどうしたんだ?」


「フィルラント市に寄ってもいい?」


「……そういうと思ったよ」


 ジャスミンの言動はあらかた予測できていた。


 やはりクエロルで出会った旅人、ヘンリックのことが気になるのだろう。彼が一体何者で、なぜハンメルンで誘拐事件を起こして、さらにはなんのためにジャスミンをも連れ去ろうとしたのか。


 僕自身も、気にならないと言ってしまえば嘘になる。


「分かった。王都に行った後にフィルラント市に立ち寄ることにしよう」


 フィルラント市は王都に隣接しているこのゼラティーゼ王国でも大きい部類に入る都市だと母から聞いたことがある。


 今でもそうなのか分からないが伝統工芸品が盛んだという話だ。何か土産でも買えるかもしれないという考えも遅れてやってくる。


「ごめんね、付き合わせて」


 少し申し訳なさそうにジャスミンが笑う。


「別にいい。僕も少し気になってるんだ。そのフィルラント市のギルバート・ダークという人物に会ってみるのも悪くないと思う。それに、正直なことを言うともう付き合わされてるだけじゃなくなってる」


「そうなの?」


「……〝アンネの灯火〟については少し気になる程度だが、〝ウィケヴントの毒〟については原因を追究いなきゃいけない気がするんだ。無名の町で誰が何のために毒をまき散らしたのか。もともと、その犯人を捜すためにお前もこの旅に出ると言ったんだ。それに僕がようやく賛成したようなものだ」


 あれは、人を殺すために作られた毒ではない。何か別の明確な目的をもって作られた毒だ。


 その理由さえわかれば追いかけられるというものだが。



「あなたは何がしたいのですか?」



 ローランの言葉が脳裏をよぎる。今でも、僕のやりたいことは何か分からない。この旅を通して何か得るものがあるかと聞かれても分からないし、この旅が終わったところで旅に出る前の日常に戻るだけだ。


 きっとそれではダメなのだ。


 なんとなく生きてきて、なんとなく診療所を継ぐ。それではダメなのだと、ローランの言葉を聞いたときから思っていた。


 僕のやりたいことは未だに分からない。


 ただ、できる事はある。


「僕は僕なりにウィケヴントの毒事件について考えてみることにする。何か気づきがあったらお前に伝える。なんせこの旅の、ジャスミンの目的だ。犯人探しに付き合ってやるよ」


 乗り掛かった舟、とも言うかもしれない。けれど何かができる状況で何もしないのはただの臆病だ。


 ならば必死に考えて答えを見つけてやろうではないか。


「さっき言ってた変わったってそういうこと?」


「そうかもな」


 それだけの意味ではないが、まあそういう事にしておこう。


 ひとまず、フィルラント市に向かうとなればその場所の情報をある程度知っておくべきだろう。宿泊施設、市場、食事処などなど。ある程度場所を把握しているのとしていないのでは時間の使い方も異なってくる。


「ひとまず、王都で一泊してからがいいな。〝アンネの灯火〟についての情報もそれほどあるわけじゃないから、情報をそれなりに集めてからフィルラント市に向かおう」


「そうね、そうしましょ」


 ジャスミンは小さく頷くとまた膝上の本に目を落とし始める。


 どうやらこれ以上会話をする気はないようで、その目は真剣そのものだ。


 僕自身もこれ以上話さなければならないことはなかった。ひとまず今後の方針、やるべきことを伝えた。


 あとは王都に到着するのを待つだけだ。


 僕は荷物の中から一冊の本を引っ張り出す。


 ゼラティーゼ王国の地図がまとめられた本だ。これもネーヴェ王国で売られていたもので、二年前に発行されたものだが、まあまだ使えるだろう。


 本を開いてフィルラント市の(ページ)を開く。


 二年前に発行されたものだから、件のギルバート・ダークなる人物が営む孤児院は載ってはいないだろう。


 とりあえず宿と市場の位置を確認する。このフィルラント市はどうやらチェス盤のように道が連なっているようだ。中心に一本太い街道があってそこが市場になっているようだ。宿の位置もその通りから少し離れた場所に確認できる。


 土産屋なんてものもこの街道にあるだろうかなどと思いつつ、僕は地図をぱたりと閉じて荷物の中にしまった。


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