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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第1章~魔女狩り~
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14.脱出~3~

 何かの聞き間違いだろうか。私にはあり得ない言葉が聞こえた気がしたのだが。


「えっと、今なんて言いました?」


「君たちを逃がすと言った」


「……何でですか?」


「僕がそうしたいからだ」


 ますます訳が分からない。


「えっと……本気で言ってるんですか?」


「ああ」


 彼の表情から察するに、その言葉は冗談ではなさそうだった。


「つまり第二王子殿は国を裏切るということでいいのかな?」


 アルルが真剣な眼差しで王子を見る。


「そういう解釈で構わない」


「ふむ」


 少し考え込んでからアルルが冷たく答える。


「君はバカなのか?」


 その言葉はまるで剣先を綺麗に尖らせた細剣の如き鋭さに聞こえた。これには私も賛同せざるを得ない。が、王子に対してその言い方はどうなんだろう。


「ちょっとアルルさん! 王子様相手になんて言い方してるんですかっ!」


 私が思ったことをミレイユがそのままストレートにアルルに伝えた。無理もない、アルルとは違ってミレイユはまじめな性格なのだから。


「ああ、いや、そこはあまり気にしていない。大丈夫だ」


 だろうなと思う。こう言ってはあれだが、彼には王子という感じが少ない。せいぜい、いい所のお坊ちゃんぐらいだ。


「それでその、逃がしてくれるっていう話は信じてもいいんですか?」


「もちろんだ。約束する。君たちは必ず僕が逃がそう」


「では、第二王子殿。具体的にどうやって逃がしてくれるのだ?」


「そうだな。その説明をしておこうか」


 コホン、と一つ咳払いをしてレヴォルは話し始める。


「まず、この地子牢獄の奥には排水路に繋がっている場所がある」


「やはり排水路か」


 アルルが作り出した蜘蛛の情報とそれは合致した。どうやら本当に排水路があるようだ。


「知っていたのか?」


「ああ。つい先ほど知ったのだが。随分と奥がある地下牢なのだな。作るのも大変だったろうに。……すまない、話を途切れさせてしまったな。続けてくれ」


 ああ、と頷いてレヴォルが話を再開する。


「その排水路なんだが、あなたの言う通り奥がある。つまり街を通り越して城門の外まで繋がっている。本来は城門の外になんて届かないはずなのだが、なんでも昔脱獄を試みたものが穴を掘っていたらしい。それを使って脱出しようと思う。

 この事実を知っているのは僕だけのはずだ。脱走は今日の深夜一時ごろ。その時間帯に僕がまたここに来る。外でローランが馬車を用意して待ってくれているはずだ。それに乗って逃げる」


「王子様も一緒に逃げるんですか?」


 ミレイユが不思議そうな顔をして問う。それは私も思った。しかしまあ、彼が国を裏切るつもりと言っているのだからこの国に残るつもりは毛頭ないのだろう。


「そのつもりだ。僕もこの国を出る。この国を変えるには外から力を加える必要があると分かった。時間はかかるかもしれないが」


「君の兄君はこの計画を知っているのか?」


「知らないはずだ。知っていればとうの昔に僕の行動は制限されている」


「……それもそうか。では私たちは夜までしっかりと休息をとることにしようか」


「ああ、そうしてくれ。また今夜迎えに来るよ。それじゃあ」


「ああ、頼りにしているよ。第二王子」


 その言葉を聞くとレヴォルは地下牢を出て行った。少し後ろを歩く、名前を何と言ったか、騎士が小さく会釈をした。目が合った。私も反射的に小さく会釈をする。


「本当に来てくれるのかなぁ」


 ふと、心に浮かんだ言葉を口にした。その言葉に応えたのは意外にもミレイユだった。


「多分来てくれますよ。なんかあの人は信用できるというか……嘘は言っていないと思います」


「ミレイユちゃんがそう言うなら大丈夫かな」


「馬車に乗った後は予定通り南の大森林に向かってもらうとしよう」


 アルルがそう付け加える。


「本当に逃げられるんですね。私たち」


「そうだな。後は夜が来るのを待つだけだ」



 私は彼を信じようと思う。



 そうして長い夜が始まる。




§




 王子が来てからどれくらいたっただろうか。地下牢だと太陽の光が届かないため、時間の感覚がおかしくなる。


 つい少し前、と言ってもそれからどれくらいたったのか分からないが、一時間かもしれないし、二時間かもしれない。


 ともかく、少し前に兵士が夕飯だと言って食事を持ってきた。ということは日はとうの昔に沈んでいる。


「アルルさん、今何時だかわかります?」


 するとアルルは何やらポケットから取り出した。懐中時計だ。


「十一時半を過ぎたところだな。あと一時間半待てば第二王子がやってくるだろう。十二時に見回りも来ると聞いた」


「アルルさん時計持ってたんですね」


 アルルの几帳面さに少し驚く。この人はもっと適当に生きているように見えたのだが、そうでもないらしい。


「当たり前だ。まさかお前持ってないのか」


「お恥ずかしながら……」


「私も懐中時計持っていたんですけど、兵士から逃げてるときに壊しちゃって」


 ミレイユも懐中時計を取り出す。針を覆うガラスにはヒビが入り、時計の針は止まっている。


「私そもそも懐中時計とか買ったことなくて」


「懐中時計使わないんですか?」


ミレイユが首をかしげる。


「うん。家にいる間は掛け時計があるし、外だと太陽を見れば時間分かるから今まで必要なかったの」


 とりあえず逃げ出したら時計を買おう。時間が分からないというのは意外と心細いものなのだ。


 コツン、コツンと足音がした。


 聞き覚えのある足音。見覚えのある人影。


「みんな、逃げるぞ。時間になった」


 そう言って現れたのはこの国の第二王子であるレヴォルだ。


 予期せぬ登場に私を含め、アルルもミレイユもその顔に戸惑いの色を見せた。


「まだ十一時半だが?」


 アルルが不思議な顔で言う。


「十一時半?」


「ああ」


 今度はレヴォルが不思議そうな顔をする。


「僕が部屋で時計を確認したときは十二時五十分を指していたぞ」


「時計がずれていたんじゃないか?」


「いや、それはあり得ない。この城の時計はどれも、腕利きの時計職人が作った時計を使っている。ずれるような事は無いはずだ」


「ふむ、では私の懐中時計がずれていたのだろう。母にもらった古いものだからな。そろそろガタが来ていたのかもしれん」


 残念そうに、しかし少し笑顔でアルルが懐中時計を大事そうに懐にしまう。


「それじゃあ予定通り、排水路を通って城門の外に出る」


 牢の扉を開けながらレヴォルがそう言う。


「そういえばなんで王子様が牢の鍵を?」


 疑問に思ったのか、ミレイユが口を開いた。確かになぜだろう。


「くすねてきた」


 私の入る牢の扉を開けながら短くそう答えた。


「え?」


 予想外の回答に息を漏らす程度の反応しかできなかった。


「小さい頃から隠れて何かをするのが得意だったんだ。鍵をくすねるぐらい大したことないよ。……よし、全部開いたな。みんな、扉から出てくれ。外まで案内する。僕についてきてくれ」


 すたすたとレヴォルが地下牢獄の奥に向かって歩き出す。私たちはそれについて静かに歩き出した。


 何を思ったのか、ふと後ろを振り返る。


 遠のいていく牢は土の香りが漂う闇に消える。


「あれ?」


 闇に消える牢の鉄柵が何かの光を反射したような気がした。私が入っていた牢だ。その鉄柵が一本だけ、何かを訴えかけるように光を反射していた。


 何の光だろうと思ってさらに奥に目を向ける。赤い炎がゆっくりと階段を下りてくるのが見えた。


「アルルさん、見回りの兵士が来てますよ……」


「安心しろ、囮の人形はすでに準備済みだ。牢を出た直後に発動させた。簡単な応対もできるようにしてある。バレることはないだろう。

 しかし妙だな、兵士の巡回はこんなに夜中だったか?」


「地下牢の巡回は新米兵士の仕事だからな。そういうミスはよくある」


 レヴォルの答えに訝しげに顔を歪めながらも、


「そうか、それならいいのだが」


 そう納得していた。


 後ろから聞こえる兵士の足音が階段を上る音に代わり、やがて消える。その足音はどこか、子供のような軽快さを含んでいるように聞こえた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いま、強烈に面白い作品にのみ感想を書いてまわっているが、この作品も、まさにその中のひとつであり、特にストーリー展開が魅力である。文章の美しさもさることながら、タイトルにみあった世界観も魅力…
2019/11/21 03:22 退会済み
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