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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第10章~森を訪ねて~
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138.擦り合わせ

「おはよぉ……」


「……おはよう」


 目を擦りながら階段を下りてきたジャスミンの言葉に適当に返した。


「……どうしたの?」


 不思議そうな声でジャスミンがそう尋ねてくる。僕の様子を何か感じ取ったのか小首を傾げている。


「……別に」


「……そう?」


「ああ」


 どうやら本当に寝ぼけていたようで、先ほどの一言は覚えていないようだった。なら、何も言わないのが吉だろう。



「戻りましたよ」


 突如、落ち着いた低い声が室内に響く。


 声のした方に目を向けると男性が一人、部屋の入り口の前で入口のふちに手を添えながらそこに立っていた。


「紹介が遅れたな。主人のローラン・イリーだ」


 アルルの紹介と同時にその男性――ローランはぺこりと一度だけ丁寧にお辞儀をした。


「初めまして。ローランと申します。もしかしたら妻の話でお聞きされたかもしれませんが、あなたの父上、レヴォル・ゼラティーゼの従者の騎士でございました」


 この壮年の男性が父に仕えていた騎士らしい。


 ネーヴェ王国にも騎士団が存在し、彼らの礼節を重んじ、厳格たる態度は僕も見たことがあった。それに近い立ち居振る舞いをローランから感じた。


「初めまして。エル・ヴァイヤーだ。その、父が世話になった」


 どんな言葉を選んで言えばいいのか分からず、そんな風なことしか言えなかった。


「いえ、あなたの父上には私も多くのものをいただきました。元気にしておいでですか?」


 そう尋ねてくるローランに、僕は小さく頷いた。


「そうですか、それは良かった。……そちらのお嬢さんは?」


 急に話を振られて驚いたのか、ジャスミンが一度だけびくりと体を震わせる。


 詰まり気味ながらも声を絞り出して自分の名前を口にする。


「ジャスミン・カチェルアです。えっと、私はエルの友達……というか、うん、そんな感じです」


 まるで自分に言い聞かせるような自己紹介をしながら小さく頭を下げる。


「不思議な髪色と瞳ですね」


「あ、えっと、生まれつきで……」


 そう言うとジャスミンは胸元に垂らした茶色い髪を手で握りこんで、微妙な笑顔を浮かべる。


「そうですか。とても綺麗な髪色と瞳だと思いますよ。大地を、生命力を感じさせるような翡翠色の瞳、その瞳を映えさせる茶髪……その美しさは自信を持つべきです。他の誰も持たないあなたの個性ですよ」


「あ、ありがとうございます」


 少し頬を赤らめてそう感謝の言葉を述べる。


 今までのジャスミンを見ていた中で分かったことだが、どうやらやはり褒められることに慣れていないようだ。すぐに赤くなる。


「さて、それじゃあ楽しい晩御飯にしようじゃないか。鹿の鍋だ。好きなだけ食べるといい」


 アルルが椅子を引いて座ると、それに習ってジャスミンとローランも席に着いた。


「それでは、いただきましょうか」


 ローランはそう言うと両手を丁寧に合わせて「いただきます」と言ってスプーンを手に取った。


「……それは?」


「東洋の島国での作法だそうです。こうして食材に感謝するのだとか」


 見慣れない動きだと思ったが、どうやら外国での食事の作法らしい。なるほどと思い僕もローランの真似をする。


「……いただきます」


「味わって食べるといい」


 アルルも両手を合わせる。それに習ってか、ジャスミンも全く同じ動きをして「いただきます」と小さい声で言った。


「……妻から大まかな話はお聞きしましたが、犯人探し……ですか」


「ええ、まあ」


 一口大に切られている鹿肉を口に運びながら答える。鹿の肉は初めて食べたが、思ったよりも美味だ。確かに鹿っぽい臭みはあるが、それほど気になるものでもなかった。


「母君の意志を継いでおられるのですね」


「意志、というか……」


 そこまで言うと横で美味しそうに肉を頬張っているお転婆少女に目を向ける。


「これに付き合わされているだけなんだ」


「おや、そうでしたか。私はてっきりあなたが母であり〝ウィケヴントの毒事件〟……でしたか、それを解決した『草原の魔女』コレットの意志を継いでのことかと」


 確かにそう考えても不思議ではないだろう。


 言ってしまえば僕は事件の関係者の肉親で、ジャスミンはどちらかというと他人の位置づけだ。


 僕がこの犯人探しを計画したと言っても何ら不思議はない。


「あの、アルルさんとローランさんにお聞きしたいことがあるんですけど」


 ごくりと口の中身を胃袋に通してからジャスミンが口を開く。


「なにかな?」


「誘拐事件ってこの国は多いんですか?」


 ジャスミンの質問にアルルはうーんと唸ってから答える。


「そういう噂は耳にするな。私の後を継いだ魔女が今王都で人形師をやっていてたまにこの森にも遊びに来てくれるんだが、そのときにそんなことを言っていたな。

 私が王都にいたときにはそんな話はなかったんだが」


 ネーヴェ王国はそれほどのことだが、どうやら本当にこのゼラティーゼ王国では誘拐事件が多発しているらしい。


「なんでそんなに誘拐事件が起きるんだ?」


 ジャスミンが振った話題だったが、それ自体は僕の関心の意識を引くものだった。


「……噂だが、女王が誘拐しているらしい」


「女王が?」


 女王、というとゼラティーゼ王国を治めているというテレーズ・ゼラティーゼのことだろう。


「なぜそんな噂が?」


「それは私にも分からん。ただ、まあ、あれならやりかねんとは思うが」


「そんなにひどい女王様なんですか?」


 ジャスミンが首をかしげてアルルに尋ねる。


 僕やジャスミンにとっての女王のイメージはツルカ・フォン・ネーヴェその人だ。彼女以外の女王という立場の人間を知らないし、ネーヴェ王国の治世の良さからは、テレーズ女王の悪政は簡単に予想できるものではなかった。


「まあ、他人(ひと)の幸福に関心がないからな。全て自分の利益になることしかしない。逆に言えば自分の利益になることであればどれだけ非人道的なことであろうとやるようなやつだ。

そんな独裁が二十年続いている。それに誰も異を唱えないのは、彼女に盾つけば殺されることが分かっているからだ。(みな)自分の命が惜しいからな」


 父の話とアルルの話を照らし合わせるに、母から視力を奪ったというのが(くだん)のテレーズ女王なのだろう。


 そうとなるとアルルの言葉は妙に納得ができた。


「コレットさんも被害者、なんですよね」


 ぽつりとジャスミンがそんなことを口にする。


「視力のこと、知っていたのか?」


「うん。コレットさんから直接聞いてたから」


 いつの間にそんな話を母からそんな話を聞いたのか。普通は息子に先にこの話をするものだと思うのだが。


「……コレットから視力を奪ったというのはテレーズだったか。それなら、色々と納得がいくな」


 小さく頷きながらアルルが言う。


 彼女の知る母は父と逃げ出したところまでだ。当然それ以降のことは何も分からないし、僕も僕自身が知っていたことしか彼女には話していない。


 そうなると、この場で一番母に詳しかったのはジャスミンだったという事だろう。


「その話だけで、本が一冊書けそうですね」


 そう言って、黙々と鍋を食べていたローランが鍋の中の残りを全てよそって空にする。ずっと黙っていると思ってはいたのだが、どうやら何倍もおかわりをしていたようだ。確かにローランの身体は一般男性よりも筋肉量が多く見えるし、そもそもの体も大きい。


「ローラン、食べすぎだぞ。また少し太るんじゃないか?」


「ははは、大丈夫ですよ。体を動かせば全て筋肉に変わりますから」


 そういうものかね、とため息を吐くアルルは顔をこちらに向けると口を開いた。


「そういうわけで、晩飯は終わりだ。風呂は沸かしてあるから入ってくるといい」


 アルルのその一言を聞くと僕とジャスミンは顔を見合わせた。


 その視線が訴えることを何となく受け取る。おそらく「先にお風呂に入りたい」と言っているのだろう。


「じゃあ僕は部屋に戻るよ」


 僕は立ち上がると、「ごちそうさま」と小さな声で言う。


 さて、部屋に戻れば明日の準備をしなければならない。とは言ってもローイラの花を集めるだけの簡単なお仕事だ。


 袋を用意しておけば問題はないが、ジャスミンにローイラの花がどんなものなのか再度教える必要がある。


 ピンク色の可愛らしい花なんていくらでもあるのだ。分かりやすい特徴を教えておく必要がある。


 部屋に着くと、僕はまだ布団を敷いていないベッドに腰を下ろす。硬い感触がズボンを通して伝わってくる。


「布団、敷くか」


 ぽつりと呟くと僕はアルルが言っていた押し入れのある部屋に足を向かわせた。


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