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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第10章~森を訪ねて~
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134.母の実家へ~2~

 大森林に到着したのは僕が予想した通りで、太陽が随分と西に傾き空が赤から紫に変わる頃だった。


「木でできた壁みたい……」


 そんな感想を漏らしたのはジャスミンだった。


 その感想は僕も同じだった。高く(そび)え立つ木々、さらには東西に延々と続いているのではと思うほどに横に伸びている。向こう側はもちろん見えないし、本当に壁のようだった。


「たしか、この大森林のせいで隣の帝国はゼラティーゼ王国に攻めてこれないんだと」


「へぇ」


 僕の抱えた豆知識はジャスミンの無関心そうな態度に流された。


「……待って、この中からコレットさんの実家を探すの?」


「……そうなるな」


 その時僕が思ったことはジャスミンと寸分(たが)わず同じだっただろう。


「無理ね」


「無理だな」


 諦めにも近いそれだけの言葉が二人して口から零れ出た。


「えっ、どうするの?」


 さて、どうしたものかと考える。森に入って探すのは無謀だろう。森の中は乱雑に木々が立ち並んでいる。迷子にならないわけがない。それに加えて時間帯が悪い。これが朝なら少し入って探してみるのもアリだったかもしれないが、これから暗くなるのだ。無闇矢鱈(むやみやたら)に動かない方がいいことは小さい子どもでも分かる。というより怖くて動けないだろう。


 安全かつ効率的に探す方法。


「あ」


 何か考え付いたのか、ジャスミンが意味ありげな声を漏らした。


「何か思いついたのか?」


「空から探すのはどうかしら?」


「なるほど……」


 名案だと思った。僕たちはここに来るまで空飛ぶ絨毯を使って移動してきた。それを使って探そうというのだろう。確かに、絨毯の上なら迷子になることはないし生き物に襲われることもない。加えて広大な範囲を見渡すことができて森の規模も確認できる。


「名案だな」


「そうでしょ」


 やや自慢げなのが腹が立つが、それ以外に方法はなさそうだった。


「それで探そう。見つかる保証はないが、じっとしているのもあれだからな。絨毯を広げてくれ」


 僕がそう言うとジャスミンは先ほど懐にしまった小さな絨毯を取り出して、呪文を唱えた。


大きくなって(アヴァクセン)


 いつものように絨毯を大きくすると、僕とジャスミンは風邪で若干揺れているそれに乗り込んだ。


 辺りはまた一段と暗くなり、紫色だった空はいつの間にか濃い藍色をしていた。


「それって自由に動かすこともできるのか?」


 ふと思い立った疑問をジャスミンに尋ねる。というのも、今までは絨毯に行先を指定して動かしていたのだ。なんでも地図が編み込んであるとかなんとか。


「動かせるわよ。さすがに指定した目的地に行くだけの絨毯なんて需要がないわ」


 そう言ってジャスミンは絨毯の中心まで移動した。


 そして中央にある黄色い宝石に手を押し当てた。


「えっと、念じる……念じる……」


 ぶつぶつと呟きながらジャスミンが目を瞑る。


 その瞬間。


 ふわりと風が巻き起こる感覚がした。人の膝ぐらいの高さまで浮いていた絨毯の下に一気に空気が入り込んでくるような、そんな感じ。


 浮き上がるような感覚に襲われた直後、絨毯は僕たちを乗せて上昇を始めた。


 高度が上がるにつれて徐々に視界に広がっていく大森林の全貌。


「これは……」


「広いわね……」


 予想だにしない広さだった。ネーヴェ王国にあるような森とは比にならない。ジャスミンは「広い」と表現したが、その言葉で済ませていいものではなかった。


 それそのものが生き物であるかのようにうねり、()き、呼吸をしているかのようだった。それは空が暗くなりだした今でさえも見て取れる光景だった。


「これでも見つけるにはかなり時間が掛かりそうね……」


「これじゃあ探すだけでも一日はかかるぞ……」


 途方に暮れる僕たちの言葉すらも飲み込むかのような広い森。


「何かものすごく強い明かりを出す魔術はないのか?」


 暗くなった空の中で森はまるで中を見せまいと言っているかのようにその枝葉で遮っている。


「あるにはあるけど、おすすめはしないわ。強い明かりだと影ができちゃって余計に見にくいと思わない? だったら夜に目を慣らして探す方がいい思うの」


「それもそうか……」


 上から探すのは名案だったが、これほど生い茂る木々が広がっているなど予想だにしていなかった。地図にかかれた森の範囲もどうせ誇張表現だろうと馬鹿にしていたのが間違いだった。


「……それじゃあ僕が家を探そう。ジャスミンは絨毯の操縦に徹してくれ。なるべくゆっくり動かすように」


「分かったわ」


 彼女がそう口にすると移動する絨毯の速さが少しだけ弱まった。


 速度が遅くなったところで僕は絨毯の上に立ち上がり、辺りを見渡す。


 まるで気が遠くなりそうだ。


 縦に伸びた大森林の両端がまるで見えない。どこまで持ちづいているかのような感覚にとらわれてしまう。


「……探すか」


 多少諦めを込めた僕の言葉と共に、母の実家探しが幕を開いた。




§




「無理だろ」


 その言葉だけを吐き出すように僕は口にした。


 捜索を始めてから実に一時間半が経過している。ゆったりと移動する絨毯の上で僕は首を前後左右に振りながら眼下に広がる大森林に目を凝らした。


 それでも飛び込んでくるのは揺れ動きざわめく木々だけだ。人工物らしきものも見当たらないし、ずっと同じような光景を見続けたせいか気が狂いそうだった。


「交代する?」


 ふと耳に入ったジャスミンのその言葉に僕は倒れこんでいた上体を起こした。


「頼めるのか?」


「辛そうだし、別にいいわよ?」


「しかし、僕は絨毯を動かしたことがないぞ?」


「大丈夫よ。魔法道具はもともと魔術の使えない人のために作られてるんだから、『ゆっくり動け~』って念じればゆっくり動くわよ」


 その言葉を聞いて、意外と単純なのだなと思う。


「それじゃあ、交代頼む」


「任せて」


 少しでも目を休ませられるならこの際何でもいい。そう思った僕はジャスミンに交代してもらう手段をとった。


 彼女と立ち位置を入れ替えるようにして絨毯の中心まで移動すると、目の前にある黄色い宝石に右手を押し当てた。


「念じればいいんだな?」


 尋ねると、すでに立ち上がって下を見下ろしているジャスミンが「うん」とだけ返事をした。


 僕は目を瞑って頭の中で何度もゆっくり動けと絨毯に念じた。念じたといっても、その言葉を繰り返し言っているようなもので本当に念じることができているのかよく分からなかった。


 絨毯の移動する速度が変わっていないあたりを見ると、どうやら僕はこの魔法道具をうまく乗りこなせているのだろう。


 それにしてもずっと念じ続けるというのもなかなかきつい。ジャスミンはずっとこれをしていたとなるとかなり疲れているだろうに。


「家って大きいのよね?」


「ああ」


 ジャスミンの言葉に適当な返事を返す。念じることに精一杯で、そちらに意識を回せないのだ。


 直後、絨毯の上は静寂に包まれた。ジャスミンも真剣に家を探しているのか何もしゃべらなくなった。


 僕自身もしゃべっている余裕など全くなく、絨毯を動かすので精一杯だった。



 十分ぐらい経った頃に、ジャスミンの「あ」と言う一声に静寂は破られた。


「どうした?」


 僕は彼女の声に短く尋ねる。


「エル、止めて、絨毯止めて」


 その言葉に顔を持ち上げると、ジャスミンが視線を一か所に固定するかのように後ろに流れていくただ一点だけを見つめている。


 その光景に僕は急いで絨毯に止まるように念じた。


 絨毯がその動きを止めると僕はジャスミンの横まで歩み寄った。


「見つかったのか?」


「あれ……」


 ジャスミンが指さす方に視線を向ける。眼下に広がる大森林の中に一か所だけまるで穴でも開いたかのように開けた場所があるのが目に入った。


 そしてそこに佇むのは一軒の家。


「家だな……」


 周辺の木々と比較するとかなり大きく見える。よくよく目を凝らせばどうやら家を囲むような形で柵があるのが窺えた。


 そして驚くことに――。


「明かりがついてるわね」


「……ああ」


 驚くことに、明かりがついているのだ。細長い明かりが暗闇に包まれている森の中に真っ直ぐに伸びている。


「誰かいるのかしら?」


「そうかもしれないな。とりあえず降りてみよう。母さんの話だとあの家が実家で間違いないはずだ」


 母は大森林には家が一つしかなくて、それが自分の実家だと言っていた。他に家が見つかることはないとも。だとするならば、今僕たちの真下にある家は母の実家であるはずなのだ。


 もし誰かいるとしても、今日の僕たちにはこの絨毯の上で寝るのと、家に入れてもらってしっかりとした寝具で寝るのと、二つの選択肢しかない。だとしたら迷わず後者を選ぶだろう。


 下降する絨毯の上でそんなことを考えていると視界は徐々に下がっていき、気がつけば周りが木々に囲まれた家の前に降りていた。


 絨毯から降りて地面を踏みしめる。


 整備されているのか、草が伸びているような様子はなかった。首を回して周囲を観察すると、開け放たれた門が力なさげに柵にくっついている。


 家に目を向けると、やはり煌々とした明かりが窓から飛び出している。


「行きましょ、エル」


 その声に振り返ると、絨毯を小さくし終えたジャスミンがこちらを見つめていた。


 僕は軽く頷くと家の方に向かって歩き出した。


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