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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第10章~森を訪ねて~
133/177

133.母の実家へ~1~

 宿を出てリルに別れを告げた僕とジャスミンは、空飛ぶ絨毯に揺られて当初の目的地である大森林に向かっていた。


 ゼラティーゼ王国の大森林はどうやら母の故郷らしく、中には大きな家があるという話だ。日が昇り始めたころに〝無名の町〟を出て、今現在太陽は南より少し東に傾いている頃だ。夕刻には到着するだろう。母の言う家で一晩泊って、次の日にローイラの花採取をすることになるだろう。


「エルのお母さんの実家ってことは、魔女が住んでた家ってことよね!? どんな家なのかしら!!」


 目を輝かせてそう語るジャスミン。確かに、魔術大好きなこのお転婆少女にはいい餌だろう。


「メインはそっちじゃないからな。ローイラの花採取だからな」


「分かってるわよ」


 手元の本に目を落としながら僕が釘を刺すと、ジャスミンは少し不機嫌そうに口を尖らせた。これでも言い足りないぐらいだ。すぐに勝手に突っ走るのだ、もう二、三本ぐらい釘を打ち込んだ方がいい気がしなくもない。


「さっさと用事を済ませてリルにまた会いに行くわよ!」


「なんだ、あの宿がそんなに気に入ったのか」


「それもあるけど、リルに早く会いたいの。昨日の夜は私もリルもいつの間にか眠っちゃったし、まだまだいろんな事お話ししたいもの!」


「そのおかげで僕は床で眠る羽目になったんだがな」


 しかしまあ、彼女がここまではしゃぐ理由も分かる。ジャスミンはネーヴェ王国にいた時は友達がいない様子だった。彼女のそういった細かい事情を知っているわけではないが、リルはジャスミンにとっての初めての同性の友達なのだろう。


「友達とお話しするのがあんなに楽しいと思わなかったわ。今までそんな事なかったから。私に共感してくれたり、私の知らないことを教えてくれたり。話してるだけで口元が緩んだのなんて初めてかも」


「そいつは良かったな」


 僕自身、友達だとかそういったものに興味がない。いなくても別に困らないし、それはそれで自分を縛る鎖になるからだ。


 しかしジャスミンのそんな話を聞いていると、一概に必要ないなどとは言えそうもない。〝友達〟という括りは諸刃の剣なのだろう。


「特に牛が空を飛ぶ話はもう一度詳しく聞いてみたいわね」


「昨日も言ったが、そんなあり得ない話を信じる方がおかしいと思うぞ」


 リルが昨夜話した〝空飛ぶ牛〟の話がジャスミンはお気に入りのようだった。そんなあり得ない話を信じるのもどうかと思うが。


「でも、リルが嘘を()いている感じはなかったわよ?」


「それもそうだが……」


 確かに、彼女の口ぶりから嘘は感じられなかった。そもそも、リルは嘘を()けるような人間ではないように思える。


「私だからそう思ったのかもしれないけど、絶対魔術が関わっていると思うのよねー」


「妄言もその辺にしとけ。なんでもかんでも魔術に繋げるのは悪い癖だぞ」


 こんな感じですぐに魔術に結びつけようとする。本当に、頭の中には魔術という名のお花しか生えていないのか。


「別にいいじゃない。誰かに迷惑かけてるわけじゃないんだから」


 そう言って少し拗ねた。


 別に、彼女の言い分を否定するつもりはない。ジャスミンだって魔術学校を好成績で卒業しているのだ。仮に牛が空を飛んでいたとして、ジャスミンの予想が的中している可能性もある。


「頼むから、『この謎も解く』とか言わないでくれよ。これ以上抱え込むのはごめんだ」


 ただでさえ子どものお()りをしているというのに、という言葉を飲み込む。これを言ってしまうとジャスミンが本当に怒ってしまう。


「そんなこと分かってるわよ。……そういえばエルが買った本私も読みたい」


「花言葉のやつか?」


「そう、それ。君に借りてた推理小説全部読んじゃったから……」


「ああ……」


 そういえば絨毯の上で随分と熱心に読んでいたな、と思い出す。マイクロフト・ワーカーの小説が面白いのもあるが、それよりもジャスミンの集中力が高いのだろう。まさかこれほど早く読み終わるとは思ってもいなかった。


「別にいいぞ。ほら」


 本をぱたりと閉じ、ジャスミンの方に突き出す。


「ありがと」


 ジャスミンは短い感謝を述べてそれを受け取ると、交換する形で僕が貸していた推理小説を返した。


「それで、推理小説の方はどうだった?」


「んー、そうね……猫を飼いたいなって思ったわ。うん」


「全部読んで感想がそれか」


 僕がそう言うとジャスミンが少し顔を赤らめた。


「だっ、だってそう思ったんだもの。あの猫がいなきゃ犯人分からなかったのよ? そりゃ猫だって飼ってみたいって思うわよ」


 マイクロフトの小説はよく動物が登場する。それが作者の趣味かどうかは分からないが、今回ジャスミンに貸した本に登場したのは猫だった。これが随分と賢い猫で、主人公である探偵と共に犯人を追い詰めるのだ。


 確かにジャスミンの言う通り、猫がいなければこの物語は完結しなかっただろう。


「ほんとにいろんな花言葉があるのね」


 受け取った本を開いたジャスミンは視線を本の中に固定したままそんなことを呟いた。


「そうだな。まさか全部の花に花言葉があるとは思っていなかった」


 本を読んでそう思った部分もあるのだが、大部分はリルの影響だろう。野菜に花言葉があるなんて思うほうが不思議だ。


「……エルがこの前言ってたアングレカムの花言葉は『いつまでもあなたと一緒』ですって」


 ロマンチックねと言いながらジャスミンは次の(ページ)をめくる。


 まあ、そんな気はしないでもなかった。母はロマンチストなところがある。未だに子供向けの絵本を読んで「素敵だね」とか、「可愛いね」とか、まるでおとぎ話に憧れる少女のような感想を口にするのだ。


 母がその花を気に入っている理由としては実にしっくりきた。


「まあ、母さんならそういう花言葉を気に入るだろうな」


 そう言って、ジャスミンの方に目を向けると、推理小説を読んでいるときと同じような真剣な顔つきで本とにらめっこをしていた。


 どうやらお気に召したようで無言で読み進めている。


 会話もいい所で途切れた。さて何をしようかと思った僕は手元にあるマイクロフト・ワーカーの推理小説の表紙をめくった。目次をざっと目で追ってからもう一度紙をめくる。


 この本を読むのは実に三度目だ。何度読んでも飽きないというか、いつ読んでもまるで初めて読むかのような高揚感に浸ることができるのがこの本のすごい所だろう。



――はらり。



 少し離れた横の方で本をめくる擦れるような音。


 それに続くように僕も手元の推理小説を読み進める。はらり。またはらりと。紙の擦れる心地よい音と静かな空間を乗せて、空飛ぶ絨毯は目的地である大森林に向かった。


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