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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第9章~出会い~
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132.マイクロフト・ワーカーの推理

「こりゃ酷いな……」


 その光景を見たジークハルトの感想はその一言だった。


「手遅れ、みたいだね」


 マイクロフトのその言葉にジークハルトは頷いた。


「そうだな。どうやらこれは手遅れみたいだ」


 ジークハルトとマイクロフトは現在、トカリナ誘拐事件の被害者――トカリナ・リャファセバルの捜索及び謎の究明のためにゼラティーゼ王国のハンメルンという町に訪れていた。


 ネーヴェ王国の女王であるツルカの「急いだほうがいい」という言葉に急かされて急いでこの地にたどり着いたわけであったが。


「ちらほらと人が見えるだけありがたいと思うことにしよう」


「そうだな……」


 ハンメルンの町は跡形もなく消滅していた。いや、正確に言うと消滅したというのは間違いである。


 消滅というとまるで消えてなくなったように聞こえてしまうが、もちろんハンメルンの町の痕跡は残っている。建物があったであろう場所、町の中心らしき噴水跡。そのどれもが(すす)で黒くなり、まるで砕かれたかのように瓦礫と化している。


「仮にもし、〝アンネの灯火〟の根城がここにあったとするならば、証拠の隠滅……ということだろうか」


 この惨状を見てジークハルトはその結論を出した。まるで一切合切消そうとでもいうようなこの光景にジークハルトはその答え意外思い浮かばなかった。


「結論を出すのは早計だよ、ジーク。とりあえず、町民もいるみたいだし聞き込み調査と洒落込もうじゃないか」


 マイクロフトの方はその答えでは納得がいっていないようだった。


 一人廃墟と化した町の中に足を踏み入れると、瓦礫(がれき)の撤去作業のようなことをしている男性に声を掛ける。


 ジークハルトもその後ろをついて行った。


「この町で何かあったのか?」


「あんたら、旅行者かい?」


 声を掛けられた男性は頭を上げてこちらに向き直るとマイクロフトにそう尋ねる。


「まあ、そんなところだね」


「……驚いた。こんな短期間に二組も旅でこの町に来る人間がいるとは」


 そう言う男性は言葉通りに少し驚いた顔をしていた。


 ジークハルトにとってはハンメルンは観光地の印象しかなかったわけだが、いつの間にか人が寄り付かない地になっていたらしい。


「それで、一体この町に何があったんだ?」


 ジークハルトもマイクロフトに続いてその男性を問い詰めた。


「……つい昨日だ。突然町の中心で大規模な爆発が起きたんだよ」


「爆発?」


「ああ。幸い死人は出なかったんだがね。それでも大きな音と立ち上る火柱に私も驚いたよ」


 ジークハルトはそんな男性の言葉に違和感を持った。


「ちょっと待ってくれ。これだけの被害で誰も死人が出なかったのか?」


 疑問を口から出すと、男性はそれに一度だけ頷いて口を開いた。


「少し前に若い男女二人組がこの町に来てね。それで女の子の方が『逃げてほしい』と言うんだ。理由を聞いたんだがどこか険しい表情で口籠ってね。そんな彼女の表情を見ているとどうにも首を横に振れなかったんだ。

 それで、実際昨日のうちに町民全員に声を掛けてこの町を出たんだ。とは言っても人数は少ないがね。そしたら逃げた日の夜にドカンだ。私も他の者も大層驚いていたよ」


 まるで不思議な出来事にでも遭遇したかのように、男性はジークハルトとマイクロフトにそんな風に説明をした。


 男性の話からするとその少女がまるで預言者のように聞こえる。


「なるほど、そうか。ありがとう、面白い話を聞かせてもらったよ」


 マイクロフトは何か確信を持ったのか、それだけ言うと向き直り、「行くよ、ジーク」とだけジークハルトに声を掛けた。


「あ、ああ」


 ジークハルトはそう生返事を返すと、男性に会釈をして急いでマイクロフトの後を追いかけた。


「待て、マイク。何か分かったのか?」


「確証はないけどね。とりあえず馬車まで戻って、それから話を整理しよう」


 ジークハルトにとっては先ほどの男性の言葉はちょっとした不思議体験ぐらいにしか聞こえなかったが、どうやらマイクロフトにとってはかなり有益な情報だったらしい。



 馬車に戻ると、マイクロフトは馭者席に座った。ジークハルトの方は後ろの荷台部分に乗り込む。


「それで、一体何が分かったんだ?」


 ジークハルトは前の馭者席に座るマイクロフトを見つめて尋ねた。


「トカリナ・リャファセバルはもうこの世にいない、かもしれない」


 マイクロフトは前を見据えたまま、静かな声音でそう告げた。


「なぜそう考える?」


「先ほどの男性はこの町で爆発があって今の惨状に至る、と言っていたね」


「そうだな」


「ではジークはその爆発の理由は何だと思う?」


「……〝アンネの灯火〟による証拠隠滅じゃないのか?」


 その答えはハンメルンの光景を見た時から思っていたことだった。というより、ジークハルトにはそんな気がしてならなかった。


「仮にそうだとするとしよう。そうするとおかしな点が出てくるんだよ。なぜ〝アンネの灯火〟は根城である地下ごと葬らなかったのか?」


「それは……」


 確かにそうだとジークハルトも思った。地下が根城であればその部分から消し去ろうとするはずだ。となると現在のハンメルンの状態はあり得ない。


 なんでも、ハンメルンの地は更地になっているだけなのだ。もし、地下を爆発させて証拠を消しているのであれば、ハンメルンの町は地盤が崩落していてもおかしくはない。


 しかしそんな様子は微塵もなかった。


「どうだ? 証拠の隠滅だけでは説明がつかない爆発だろう?」


 その通りだ。これは証拠の隠滅だけで片付けていいものではない。もっと別の要因があるようにジークハルトも思った。


「では、この惨状を作ったという爆発はなんなんだ?」


「私はね、預言者なんてものを信じていないんだ」


「さっきの話か」


「ああ」


 先ほどの男性の言葉、そこに鍵があるのだろう。マイクロフトはこちらに体ごと向き直ると、その口を開いた。


「さっきの話だが、あれは預言なんかじゃない。知っていたんだよ、爆発が起こることを」


「その少女が?」


「そうだ。その少女は爆発の原因を知っている、ということだ。おそらくだが、その少女がこの町に足を運んだという時にその原因を目にしたか、耳にしたかしたのだろう。

 そこでなんだがジーク。私たちはこのトカリナ誘拐事件の黒幕はどんな人物だと予想したか、覚えているか?」


 そんな風に質問を投げかけられ、ジークハルトは今までのマイクロフトとの会話を思い出す。


「……魔女、か?」


「そう。私たちはこの事件の黒幕を魔女だと推測した。そして、〝アンネの灯火〟は『想火の魔女』アンネ・ワルプルギスを崇拝する宗教組織。誘拐されたトカリナは当時魔術学校の学生だった。ここまで来るとその目撃した少女の正体も見えてくる」


 ジークハルトは今言われたことを一つずつ整理した。魔女が黒幕で、〝アンネの灯火〟はかつて国を滅ぼした魔女を崇拝していて、誘拐されたトカリナは魔術学校の学生――。


「――その目撃した少女というのは魔術に精通している……?」


「おそらくそうだろう。それでその少女は爆発の原因を見かけるなり耳にするなりして、焦ってそのことを伝えた。その爆発の原因っていうのがその少女にとって緊急をよするようなものだったと、私は男性の口ぶりから感じた。だからこれは完全に憶測にすぎないし、もしかしたら間違っているのかもしれない」


 少し躊躇うようにしてマイクロフトが言う。喉につっかえているかのように言葉を選んで出しているように感じた。


「……君の答えを教えてくれ」


 ジークハルトのその一言がマイクロフトのつっかえた喉を大きく広げたようだった。


「トカリナはおそらく、〝ワルプルギスの夜〟を引き起こしたんじゃないだろうか」


 マイクロフトのその言葉にジークハルトは一瞬だが言葉が出なかった。驚き、そして動揺したのだ。


「……理由は?」


 まさかそんなはずはと思いつつもジークハルトは理由を尋ねた。


「さっきも言ったがこれは憶測だ。これが真実とは言えないし、間違っている可能性もあるが……私も実は顔が広くてね、魔術には詳しくはないがネーヴェ王国に住む魔女に色々と話を聞く機会があった。そこではもちろん〝ワルプルギスの夜〟だとか、それを引き起こす呪いだとかについても聞いている」


「呪いというと、『草原の魔女』の……」


「それだよ。〝負の感情の呪い〟だ。なんでも、呪いに侵されると瞳が赤黒く変色するようだね」


 その呪いのことはジークハルトも知っていた。『草原の魔女』コレット・ヴァイヤーからその話を聞いていたからだ。


 しかし、その話だけだとジークハルトの中では一つの疑問が芽生えた。


「ちょっと待ってくれ。ネーヴェには他にも瞳の赤い魔女が大勢いる。ダイナだって瞳の色は赤紫色をしているぞ」


 自分の妹の顔を思い浮かべてそのことを伝える。


「そうか、ジークは知らないのか」


「何をだ?」


「呪いはもう一つあってね。〝原初の呪い〟っていうらしい。なんでも、瞳が赤くなるにつれて魔術が使えなくなる呪いだとか」


 詳しくは知らないがね、と付け加えながらマイクロフトが説明した。


 ジークハルトもその呪いは知らなかった。ジークハルト自身、そこまで魔術に興味を持っているわけではない。自分から知ろうとしなければ知りえない情報だ。


「さて、話を戻そう。その〝負の感情の呪い〟が原因で〝ワルプルギスの夜〟は引き起こされたと聞く。その少女は、トカリナの瞳を見たんじゃないだろうか?」


「そんな虫のいい話があるか?」


「もちろん、断言はできない。しかしこの可能性がないとも言い切れないだろう。少女は何らかの手段を用いてトカリナに接触、彼女の赤黒い瞳を目にして〝ワルプルギスの夜〟のことを思い出し、先ほどの男性に伝えた……とまあ、私が考え付いたシナリオだが、辻褄(つじつま)は合うだろう?」


「否定はできないが……」


 ジークハルトはそこまで言うと口を(つぐ)んだ。言い返せる言葉が無かったのだ。ジークハルトはマイクロフトほど頭がいいわけでもないし、勘が鋭いわけでもない。彼の推理をひっくり返せるような材料を持っていないのだ。


「……それで、僕たちはどうするんだ。このままネーヴェに帰るのか?」


「まさか」


 マイクロフトは不敵に笑った。


「本当にトカリナが死亡したとも言い切れないし、まだ謎は残っている。さっきの男性が言った男女二人組を追いかけよう。とっ捕まえて話を聞きだすぞ」


 どこか楽しげに弾んだ声で言う。


「楽しそうだな」


「楽しくないわけないだろう。いや、不謹慎なのは分かっているがね。どうにもこういうワクワクすることが私は好きみたいだ」


 マイクロフトは少し申し訳なさそうに、しかしまるで少年のような笑みを浮かべた。


「まあ、事件が解決に近づくのであれば問題はないだろう。さて、それじゃあもう少しこの町で聞き込みをしよう。その男女を追いかけるにも情報が必要だろう?」


「そうだね。そうするとしようか」


 ジークハルトの言葉にマイクロフトは頷くと、つい先ほど引き返したばかりの道を歩き出した。


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