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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第9章~出会い~
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130.思い出を繋いで~2~

 リルについて行った先は宿の裏側だった。どうやらかなり広い畑になっているらしく、耕された土だけでなく、温室のような場所も見てとれた。


「こっちです」


 そう言ってリルはその温室の方に向かって行った。


 焦げ茶がかった黒髪を揺らすリルの後姿を追いながら、僕もその温室に足を運んだ。


 温室の入り口に設けられたカーテンをくぐって中に入ると、そこには背を伸ばした植物が立ち並んでいた。


「ここにあるのは全部ナスなんですよ」


 言いながらリルは奥にずんずんと進んでいく。僕は入口で立ち止まり、中の様子を舐めるようにして眺めていた。


 立ち並んだ植物を全部ナスだといっていたが、実際にナスが土に植わっているところを見たのは初めてだった。


 その茂る緑の中には、僕の知るナスとは比べ物にならないぐらい薄い紫色をした花がちらほらと目についた。


「これが……」


 確かに、リルの言葉通り綺麗な花ではある。薔薇みたいな豪勢さには欠けるが、それでも薄い紫色の花は緑しかない温室内では自身を主張するかのように映えていた。


「可愛い花ですよね。ナスの花言葉ってすごく素敵で、『優美』とか『希望』だとか、そういう前向きな花言葉なんですよ」


 その場にしゃがみ込んで、まるで我が子を(いつく)しむ母親のような視線をリルはそこに咲き誇る一輪のナスの花に向けた。


「確かに、可愛らしい花だな」


 僕はそう言うとリルの隣まで歩み寄ると、彼女と同じようにその場にしゃがみ込んだ。


「大事に育てているんだな」


「それはもう、そうですよ。私はこの子たちを自分の子どもだと思って育ててますから。本当に手がかかりますよ。野菜って温度の変化に弱いし、すぐに虫は付くし。でも、だからこそしっかり実ってくれた時が嬉しいんです」


 リルは笑ってそう答えた。


 その笑顔はどこかで見たことのある笑顔だった。どこで見ただろうか。


「ありがとう、綺麗なものを見せてもらったよ」


「いえいえ、私も誰かに自慢したかったんですよ」


「それなら良かった。さて、そろそろジャスミンが戻ってくる頃だろうから僕たちも戻ろうか」


 そう言って僕が立ち上がると、「そうですね」と言って後を追うようにリルも立ち上がった。


「ジャスミンちゃん、何を作ってくれるんですかね」


 温室を出ると、リルは突然そんなことを言った。


「なんだろうな。あまり期待しない方がいいと思うぞ。あのお転婆は何をしでかすか分かったもんじゃない」


「それでも楽しみです。誰かに何かを作ってもらった事なんて小さい時以来ですから」


「ご両親はいないのか?」


 ふと疑問に思ったことを尋ねた。回答によってはあまりよろしくない質問かもしれないので、謝罪の言葉を頭の中に思い浮かべていつでも出せるようにしてから尋ねた。


「両親は私が物心つく前にこの町を出て行きました。なので私はおじいちゃんに育ててもらったんです」


「そうだったのか」


「ええ。でもそのおかげでこうして一人で生きる知恵を教えてもらいましたから、今となってはおじいちゃんに育ててもらえてよかったと思ってます。五年前に死んじゃったんですけどね」


 どこか寂しげな笑顔を浮かべながらリルは言った。


 僕が言葉に詰まっているのに気がついたのか、リルは慌てて口を開いた。


「あっ、でもでも悲しいとかは全然ないですよ。全くないわけじゃないですけど、おじいちゃんは、おじいちゃんの教えてくれたことは私の中で生きてますから」


 微笑んでそう言う。


 僕自身、身内が亡くなった経験がない。祖父母なんてもともといないようなものだし、ネーヴェ王国に親戚も存在しない。


 だから、身内が亡くなったときの気持ちがどのようなものか分からないのだ。


「そういう風に、思うんだな」


「前向きに考える方が人生って気持ちは楽になると思うんです。それにおじいちゃん、『わしが死んでも絶対に泣くなよ』っていつも言ってましたから」


 昔のことを思い出してか懐かしさを噛みしめるようにリルが笑う。


「面白いおじいさんだな」


「面白いですよ、私のおじいちゃん。私が生まれた時、嬉しすぎてこの町の昔の名前を私の名前にしちゃうんですよ」


 となると、この〝無名の町〟の本当の名前は『リル』ということなのだろう。それにしても、町としての名前が元々あったであろうに、なぜ今はないのか。


「どうして今は町に名前がないんだ?」


 心に浮かぶ疑問を口に出す。すると、リルはまるでその答えを用意していたかのようにさらりとその答えを口にした。


「私が生まれる前にこの町が火事になったらしいです。それこそおじいちゃんが子供のときらしいですけど。それで町としての形が一時期無くなって地図から名前が消えたんですけど、おじいちゃんたちが何とか復興させたらしいんですけど、その時に昔の名前は付けずに新しい名前に帰るつもりだったんですって。

 でもその新しい名前がなかなか決まらなくって〝名前のない町〟で通るようになって、皆いつの間にかそれを受け入れちゃってたっていう話ですよ」


「そんな理由が」


 別に驚きはしなかった。かといって何も思わなかったわけではないが。経緯だけを考えると随分と面白い町である。


 そうこう話しているうちにいつの間にか宿の扉の前までたどり着いていた。扉の隙間からは香ばしい香りが漏れ出ている。


「いい匂い……」


 そんな香ばしい香りに鼻を(つつ)かれたのか、リルがそんな声を漏らした。


 どうやらジャスミンは帰ってきているようで、リルのために何か料理をしているのだろう。


「あんたは部屋に戻って休んでいてくれ。体力が回復しているからといっても、病み上がりには変わりない」


「分かりました。それじゃあ美味しいお料理、待ってますね」


 そう言ってリルは入口の扉を開けると先に中に進んでいった。そのすぐ後にあの軋むような独特な階段の音。


「さて、と」


 僕はどうしようか、と考える。別に部屋に戻ってしまってもいいのだがリルも一人で静かに休みたいだろう。本人は大丈夫だといっていたが、体自体は無理をしているはずだ。


 となると、ジャスミンのもとへ向かうのが適切だろう。


 そう考えた僕は、中に入ると真っ直ぐに台所へ向かった。


「ジャスミン、いるか?」


 そう声を掛けながら台所を覗き込む。


「いるわよ。まったく、リルとどこに行ってたのよ」


 ぶっきらぼうに言う彼女の声音からは、若干の苛立ちが含まれているように感じた。


「何に怒っているんだ?」


「……エルってそういうところホントに容赦ないわよね」


 なんというか、そういう重たい雰囲気に耐えられないだけだ。原因があるのであればそれをさっさと解決して、いつも通りの彼女のうざったいぐらいの笑顔を見れる状態であるほうがよっぽどいい。


「そういう人間だからな」


 ジャスミンが差し出してくる紙袋を受け取りながら言う。中を覗いてみるとパンが三つ入っていた。


 外に出ている間に買ってきたのだろう。


「私、自分自身にちょっと腹が立っちゃって。あとついでにエルにも」


「前半はどうでもいいけど、後半は聞き捨てならないな」


「普通そこは逆でしょ……」


 ジャスミンの言葉から察するに、先ほどのジャスミン自身の行動を悔いているのだろう。リルが倒れた時に何もできなかったと彼女は言った。


 しかしそれは、仕方のないことだ。


「……何でもできなきゃいけないなんて考え方は、ただの傲慢だ。人には得手不得手があるからな。できないことは素直に『できない』って言えばいいし、そういうのは大体誰かが代わりにやってくれる」


「そうだとしても、私がもっと毒のことを自分から知ろうとしてたら私は動けたかもしれなくて……」


 頭を徐々に項垂れさせてジャスミンが言う。少しずつ消えゆく声に、自信の無くなりが現れているようだった。


「お前は、自分の言葉を忘れたのか?」


「自分の、言葉?」


 ぽかりと口を開けてその言葉を口にする。


「僕を引っ張り出した時、君は『治癒魔術が苦手』と言った。自分にできないことは人に頼ることを知っているじゃないか。なのになんで今更そんなことでうじうじ悩んでるんだ?」


「あ……」


「なにも頼っているのはジャスミンだけじゃない。僕だって頼ってるんだ。実際、今回の旅の移動手段だってジャスミンがいるからこそ、絨毯を貸してもらえているんだ。だからお互い様だよ」


 そう、お互い様なのだ。必ず誰かに助けてもらって人は生きている。当たり前のことだが、だからこそそこに霧がかかって見えなくなって全部一人で背負おうとする人間が出てくるのだ。


 だからそういう時は、誰かがそのことを伝えなくちゃいけない。小さい頃、焦って母に追いつこうとした僕に、同じことを母は言った。


 だから今度は僕がそのことを彼女に伝えた。ただそれだけだ。


 ジャスミンも納得したのか、「そうね」と呟くと同時に小さく頷いた。


「ごめん、ありがとう。ちょっと元気出た」


 微笑むジャスミンに「それなら良かった」と一言だけ返した。


「それで、なんで僕に腹を立てているんだ?」


 個人的に問題はこっちだ。二人旅でお互いの関係が悪化だなんて、最悪にも程がある。


「それは、そうね。自分で考えて気づきなさい」


「そうは言ってもな……」


 なんとも理不尽な回答だ。これではすぐの関係改善が図れないではないか。


 そもそも、彼女を怒らせるようなことをした覚えが全くと言っていいほどない。そもそもさっきまで僕はリルといたのだ。ジャスミンと同じ場所にいたわけじゃない。


「自分の行動を振り返れば分かるかもしれないわね。さ、ちょっと遅いけどお昼ご飯もできたし、上に持って上がりましょ」


 そう言うと、ジャスミンはお盆にスープの入った木製の容器を三つ乗せたお盆を持って台所を出て行った。


 結局ジャスミンは答えを教えてくれなかった。これに関しては一人で考えることにしよう。それに言葉を交わすかぎり、そこまで言葉に棘があるようには思えなかった。もしかしたら時間が解決するかもしれない。


 そう思いながら、僕は手渡されたパンの入った袋を抱えてジャスミンの後を追った。


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