13.脱出~2~
朝日が少し顔を覗かせる頃。
「レヴォル王子殿下、魔女の方々が牢に運び込まれたとのことです」
レヴォルの騎士であるローランが告げた。
「む、そうか。分かった。報告ありがとう」
「お会いになられますか?」
「ああ。僕自身のやろうとしていることを彼女らに伝える必要がある」
そう言って立ち上がる。
「ローラン、お前も来るか?」
「そうですね……私も同行いたしましょう。私もまだ魔女というのがどのような方々なのか存じておりません。逃がす相手の顔ぐらいは確認いたします」
ローランは博識な人物だが、それにだって限界がある。この国に数少ないものはそれこそ知る手立てがほとんどない。せいぜい風の噂程度だ。
魔女も同様だ。人から人へ、伝染するように広まる噂話でしかない。
そんな魔女を知ろうと思うと、その目で確かめるしか方法はないだろう。
「分かった。それじゃあ会いに行こうか」
レヴォルは立ち上がると扉の方に歩み寄る。そして部屋の扉を重たい音を立てて押し開けた。
廊下を歩く中、レヴォルの頭の中に一つの疑問が浮かぶ。
「そういえばなぜローランは僕が魔女を逃がすのを手伝ってほしいと言ったとき、快諾してくれたんだ?」
ふとそんなことを思い、尋ねた。
彼が魔女に対してどういう感情を持っているのかは分からないが、彼がレヴォルを手伝う理由がよく分からないままでいた。
これは大きな賭けだ。失敗すれば命はないことぐらい分かっているだろうに。
「なぜ……ですか。そんなもの、主君の頼みとあらばこのローラン、快く承りましょう。もとより、わが主はレヴォル第二王子、あなたしかおりません。ですので、私は第一王子の命よりあなたの命を優先しております。
それにあの時、なぜ私にこのことをお話になられたのですか? 私が第一王子に密告しないという確証はなかったでしょうに」
確かにその通りだ。なぜ自分はこのことを彼に話すことが出来たのだろうか。
これはそう、おそらく――。
「信頼、だ。僕は君を信じている。だからこそ、隠し事はしたくなかったんだ。それに、言えば力を貸してくれると思って」
「そんなあなただからこそ、ついていきたいと思えるのです。さあ、着きましたよ。ここが地下牢獄です」
そう言ってローランは小さな古びた小屋の前で足を止めた。
「ここが、入り口なのか?」
レヴォルは王族だが、王族らしくない王族だ。小さい頃は城を脱走して街にしょっちゅう出ていたし、そこで国民と触れ合うことで城の中では身につけられない知識や技術を身に着けてきた。
しかしこの場所は彼にとっては見たことのないものだった。
「ええ、ここが地下牢への入り口です。小屋の中に穴が一つ、その穴から梯子が下りていて下りた先にある階段の下が地下牢になっております」
小屋の扉をローランが丁寧に開ける。丁寧に開けてもキィっという嫌な金属音。まるで扉の金具が今にも外れそうな悲鳴を上げていた。
小屋に入る。
じめっとした空気。土の匂い。穴の方からひんやりとした冷たい空気が立ち上ってくるのが感じられた。
足元を見ると虚無を詰め込んだかのような暗闇の穴。
「ローラン、灯りを」
「こちらに」
ランプを差し出すローランから顔も見ずに受け取る。
足元に目を落としたまま受け取ったランプでその虚無を照らす。
ランプを持ちながら梯子を下りる。入った途端、空気が変わるの感じる。ランプの炎がすぐ近くにあるはずなのにその温かさが一切感じられない。
それぐらいに冷え込んでいる。
地面があるところまで降りると梯子から足を離し、飛び降りるようにして着地する。ランプに照らされたその空間には階段が一つ。それ以外はなにも見当たらない。
「この先にいるんだな?」
「ええ」
「いよいよご対面だな」
その声と同時に階段についた誰かの足跡を踏むように、同じところに足をつけた。
コツン、コツンという音を立てながら通路を歩いていく。両脇の牢には罪を犯し、囚われた者たちが入っている。彼らが憎しみを込めたような目でこちらを見てくる。
きっと彼らも何らかの罪を犯して捕らわれたのだろう。憎まれるのは仕方のないことかもしれない。
薄暗く、太陽の光すら届かない狭い空間。続く一本道の両側の囚われている人間を横目に見ながら探している人物を探す。
魔女というぐらいだから女性だろう。これまで見てきた人物は男性ばかりだ。見落としていることはないだろう。
ランプの光を何かが反射したのが見えた。鏡のような、繊細な何か。それが人の髪の毛であることはすぐに分かった。
そこには三人の女性。右側に一人、左側に二人。おそらく彼女たちが魔女だ。
右側の女性は赤い瞳に黒と白が混ざったようなロングヘアー。年齢は三十代ぐらいだろうか。事前情報が正しいのであれば彼女が『傀儡の魔女』だ。
左側手前の牢には白髪の自分と同い年ぐらいの少女、おそらくランプの光を反射していたのはこの髪だろう。それと奥にはこの国では珍しい、金髪の少女がいる。どちらかが『草原の魔女』でどちらかが『鉱石の魔女』だ。
「ええっと、君たちが魔女で合っているかな?」
一応の確認を取る。
「おや、あなたは……。確かに、私たちが魔女ですが……」
口を開いたのは右側の牢に入っている女性。
「そうか。あなたが『傀儡の魔女』だな?」
「いかにも。『傀儡の魔女』アルル・イリーだ」
「それではあなたは……」
そう言いながら白髪の少女のほうを見る。
「あ、えーっと、『草原の魔女』のコレットです」
「ふむ、そうか。じゃあ奥にいる子が『鉱石の魔女』だな?」
金髪の少女の口が小さく動く。
「はい。『鉱石の魔女』のミレイユ・エーデルシュタイン、です」
「僕はこの国の第二王子、レヴォルだ。それと僕の隣にいるのが騎士のローラン」
ペコリとローランが小さく一礼をする。
えっ、と声を上げたのは『草原の魔女』のコレットだった。
「どうかしたか?」
「あっ、いえ。王子さまってもっとキラキラしているものだと思ってたので……」
そこまで言って慌てて口を押える。
「ごっ、ごめんなさい! 王子さまに失礼なことを……」
口を手で覆ったまま白髪の少女は慌てたように口早に言う。
それにしても、王子っぽくないということだろうか。確かに否定はできないが、面と向かって言われると少し傷つく。
「気にしないでくれ、僕自身そういう感じだろうとは思っているから」
少し怯えたようなその少女に優しく微笑みかける。
「それで、その第二王子が私たち魔女に何の用だ?」
アルルに問われレヴォルは静かに答える。
「僕は君たちを逃がそうと思うんだ」