128.寂れた町で、少女は悔いる
台所を片付けたジャスミンは、逃げるようにして宿を出た。一刻も早く誰も自分のことを知らない、一人の場所に行きたかったのだ。
「はあ……」
溜息をつきながら宿を出たジャスミンは、宿のある通りを一度だけ首を振って左右を確認してから、見た感じ人が少なかった左側に体の向きを合わせると首を下に傾けながら歩き出した。
――何もできなかった。
閑散とした町の雰囲気はそんな彼女の心情に追い打ちをかける。
実際、ジャスミンの思ったことは何一つ誇張しているものではなく、本当に何もできなかったのだ。
台所でリルが倒れ、発作を起こした後にジャスミンは動けなかった。足に力が入らず、喉を潰されたかのように助けの声も上げられず、目から入ってくる恐ろしい情景に頭は真っ白になった。
苦しむリルをただ見ているだけだった。
エルは「対処できなくて当たり前」と言った。けれどそれはジャスミンにとっては言い訳にしかならなかった。
追いかけるものがウィケヴントの毒事件の犯人だと決めたのは自分だ。それなのに、毒についての知識を何一つ知ろうとしていなかった。
エルに聞けばすぐに分かることなのに、それを疎かにしていた。毒の症状すら知らなかったのだ。
「ダメだな、私……」
そんな、自分を卑下する言葉が一筋の涙と一緒に零れ出た。
そんな涙を、気持ちを振り払おうと思って、歩く足を速めた。誰もいない街路を走った。
ただただ走った。
何もできなかった自分を忘れたくて、捨て去りたくて。
魔術学校を飛び級で、さらには首席で卒業したジャスミンはこんな気持ちになるのは初めてだった。
今までは、周りの人間に嘲笑われてきたことがどうしようもなく悔しかった。だから頑張って勉強して、見返してここまで来た。
それなのに、どうしようもなく悔しかった。こんな時に何もできない自分がただひたすらに悔しかった。
その悔しさを払うためにとにかく走った。走ることでしか忘れ方を知らなかった。
走って、走って、走って――。
「――あれ?」
気がつくと、まったく知らない場所に来ていた。
家が両脇に立ち並ぶ細い道。人の気配はなく、冷たい風が道を通り抜ける。
「寒っ……」
この閑散とした風景がそうさせたのか、それとも本当に寒かったのか、ジャスミンは体を抱くように両腕を前に組んだ。
その寒さが攫って行ったのか、気がつけば先ほどまで心の中を支配していた悔しさは少しだけどこかに消えていた。
少しだけまだ涙の溜まっている腫れた目を服の裾で拭うと、閑散とした細い街路を向き直って引き返した。