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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第9章~出会い~
123/177

123.受付

 少女に連れられるようにして露店街を後にした僕たちは、手を引かれるがままに訪れた宿で、宿泊の手続きをしていた。


「ちょっと待っててくださいね! 今、手続用の紙を持ってくるんで!」


 少女はそう言うと、僕たちを受付の前で立たせたままどこかに消えていった。


 宿が無事見つかったのはいいのだが、まるで不安しか感じない印象の宿だ。


 床は軋み、壁には穴が開き、天井からは何かの動物が駆け回る音がする。若干香るカビの臭いが鼻を刺激してくる。


 別に我慢できないほどではない。ぱっと見た感じだが埃や塵の類はないし隅々まで掃除がされているのは見て取れる。


 人を受け入れるうえで必要最低限のことはできているようだった。


「お待たせしました!」


 先ほど奥に消えていった少女が、手に紙とペンを持って駆け足でこちらに向かってくる。


「えっと、何泊する予定ですか?」


「とりあえず一泊で」


「あの、えっと。使える部屋、というか綺麗な部屋が一つしかないんですけど、お二人とも同じ部屋で大丈夫ですか?」


「そんなに汚れているのか?」


 僕が聞き返すと、少女は顔を少しだけ逸らした。


「まぁ、なんというか、床が抜けそうだったり、雨漏りが酷かったり……」


「なるほど……」


 確かに、宿としてはそんな部屋を提供するわけにはいかないだろう。


 正直な話、ジャスミンと同じ部屋には泊りたくはないが。


「それなら相部屋で構わない。寝てる間に床が抜けたりとか、顔に雨水が落ちてきたりっていうのも嫌だしな」


 ちらりとジャスミンの方に目を向けると、どうやら僕の言葉に賛同しているようで、小さく頷くような仕草をした。


「分かりました。それじゃあ一部屋……っと」


 そう言って少女は黒髪を揺らしながら、若干おぼつかない手つきで手元の紙に『一部屋、一〇五号室』と書いた。


「……あっ、お食事! お食事はどうされますか!?」


 少女はそう言うと思い出したかのようにして顔をあげる。


「そうだな……」


 正直、食事に関してはどこかのレストランなり喫茶店なりで済ませようと思っていたのだが、こうして食事まで提供してくれるのであればその行為に甘んじよう。


 わざわざ外に出るのも面倒だ。この宿で済ませられるのであればそれに越したことはない。


「それじゃあ、よろしく頼む」


 そう答えると少女はそのパッとしない顔を一層輝かせて、


「はい!」


 大きく頷いた。


「そうだ、宿泊代はいくらだ?」


「いりません!」


「は?」


「え?」


 少女の言葉に、満面の笑みに、僕もジャスミンも困惑の息を漏らした。


「でもそんな、ご飯も出していただくし……」


 戸惑いながらジャスミンが言う。


「そうだ。さすがにタダで泊めてもらうわけにはいかない。あんたもそれじゃあタダ働きになってしまう」


 僕もジャスミンの言葉に付け加えるようにして代金を払う旨を伝えた。


 しかしどうやらこの少女は僕たちのその言葉に首を横に振った。


「本当に、いらないんです。そもそもこの宿、私が経営するようになってから今日の今日までお客さんが来たことありませんでしたし。来てくれただけで、泊ってくれるだけで嬉しいんです。お金のことは気にしないでください。私、野菜も作ってるんです。それを今日みたいにたまに露店街で売ってるんです。それで十分生計は立てられますから」


 にっこりと笑って言う少女に、僕もジャスミンもこれ以上何も言えなかった。


 今のゼラティーゼ王国はとてもではないが国外の人間が足をわざわざ運ぶような国ではない。


 治安が良くないのもそうだが、何よりも女王が圧政を敷いているのが良くない。だからきっと、この“無名の町”にこうして僕たちのような宿泊客が来ることがないのだろう。


 ならば、思う存分もてなされてやろうではないか。


「そういうことなら、お言葉に甘えて宿泊代は払わない方向で行こう」


「はい、お願いします」


 ぺこりと深いお辞儀。その動きについて行くように少女の黒髪がさらりと音を立てるようにして垂れ下がる。


 少女は頭をあげると受付台の方から出てきて、僕に鍵を手渡した。


「お部屋は一〇五号室です。お昼ご飯、まだですよね? 今作って持ってくるので適当に寛いでいてください」


「何から何までありがとう」


 鍵を受け取った僕はそうお礼を言った。


 別に、僕たちは客なのだからわざわざお礼を言うのもおかしな話かもしれないが、それでもここではこうして言葉として伝えておくべきだと判断したのだ。


「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。リル・リヴィエールと言います。短い間ですがお世話させていただきます。よろしくお願いします」


 そう言って黒髪の少女――リルは先ほどと同じように深々と頭を下げた。


「エル・ヴァイヤーだ。こっちの小さいのはジャスミン。一晩だけだがよろしく頼むよ」


「誰が小さいですって?」


 そんな風に文句が聞こえたが、この際は無視しておこう。


「それじゃあエルさん、ジャスミンさん、また後程お食事をお持ちしますね。何か用があったら一階の台所まで来てください。それじゃあまた……」


 今度は小さく頭を下げると、リルはまた奥の方に消えていった。直後、食器やら調理器具やらを取り出すような金属音が耳に届く。


「僕たちも部屋に行こうか」


 先ほどの僕の一言に未だに腹を立てているのか、ジャスミンは仏頂面で「そうね」と短く答えただけだった。


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