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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第8章~真っ赤な音色~
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118.響く想い~2~

 その熱の及ぼす影響はツルカの足元にも及んでいた。


「くっ……」


 ツルカの足場となっている氷の柱でさえもその姿を少しずつ水へと変えていき、やがてツルカはその小さな足を支えていた足場を失った。


 ただ、そんな状況にその身を翻弄されるほどツルカは非力ではなかった。


「あなたがそういう魂胆なら、無理やりにでも捕らえるわ」


 ツルカは空中で身をひねると、まるでそこに地面でもあるかのように空中に立つ。


 炎が燃え盛る中で、ツルカは左手を前方に向け斜め下に伸ばす。


「気を失う程度に痛めつけてあげる」


 その一言の後、広げられたツルカの左の掌に、まるで吸い付くように燃えている炎が収束していく。


 それをゆっくりとツルカは握り潰すと、


「燃え尽きなさい」


 そう言って左手の人差し指を真っ直ぐにテレーズの方に向けた。


――刹那。


 ひと際大きな音を立てて、テレーズの足元が盛大に爆発した。その爆風にテレーズは吹き飛ばされながらも残っている右手を地面につけて、両足とで姿勢を保ちながら引き飛ばされた体に衝撃が加わらないように滑らかに着地する。


「何を……」


 口を開くのも束の間。


 立ち上る黒煙から顔を覗かせたのは幾つもの剣だった。剣が何本も――。


「氷っ!?」


 テレーズの目に剣のように見えていたのは、剣の形をしたただの氷だった。レイピアのように切先を尖らせたそれは、先ほどテレーズを捉えていた氷柱よりも細く、それでいて鋭かった。


炎の盾(ランメ・ルト)!」


 その氷の剣がテレーズの体を貫こうとしたとき、咄嗟に呪文を口にした。後ろにのけぞるテレーズの眼前に現れた炎の壁によって、氷の剣は消えるようにしてその炎に飲み込まれた。


 それにテレーズは安堵の表情を見せるも、長くは続かなかった。


「今度は何よっ!!」


 体が動かないのだ。先ほどのように氷の柱で串刺しにされて動けないわけでも、氷漬けにされて動けないわけでもない。


 指一本動かせないのだ。片膝と、右手を床につけた状態で、まるで体がその空間に固着したように。


「動けないでしょう?」


 白い霧、氷の剣が解けて蒸発したことによってできたその霧の向こうから聞こえる幼げな声。


「何よ……何なのよ……あなた、(わたくし)に何をしたのよっ!!」


 霧の向こう側にテレーズは叫んだ。うっすらとした人影が少しずつ大きく鮮明になっていく。音を立てることなくテレーズにその人影は近づいてくる。


「あなたと私の違いって、何か分かる?」


「……は?」


 霧の向こうから飛んできた質問にテレーズはわけが分からないといった表情で息を漏らす。


「まだ三十年、四十年そこらしか生きていないあなたには分からないと思うけど、魔女にとって、魔術を使う人間にとって“時間”は何よりも重要よ。多くの知識を吸収する時間、吸収した知識をモノにする時間、それともう一つ、無詠唱を習得する時間」


 前の二つは、誰にでも言えることだった。それはテレーズも理解した。どんな知識でも技術でも身に付ける時間と使いこなせるようになる時間が必要なことぐらい、テレーズにも分かりきっていたことだ。


 テレーズの耳に引っかかったのは最後の言葉だ。


「無詠唱……?」


 無詠唱というのは、魔術を使う際に呪文を口にしないやり方のことだ。別に特別なことではないし、魔法陣を使えば無詠唱で魔術が使える。


 だからこそ、ツルカが無詠唱をまるで特別なことのように言ったのがテレーズには引っかかったのだ。


「ああ、無詠唱っていうのは魔法陣を使わない詠唱のことを言っているわ。ごめんなさいね、紛らわしくて」


「どういうことよ……」


 詠唱や魔法陣は魔術という現象に繋がる精霊に命令を送る、いわば言語のようなものだ。それらなしで、魔術は成しえない。


「精霊ってね、目には見えないけど生き物なの。目もあれば鼻もあるし、口もついていれば考える脳だってある。だから、魔術を使っていると段々とお互いのことが分かってくるのよ。この人は今こういう魔術を使いたいんだなぁ、とか、この精霊は今少し調子が悪いなぁ、とか。言葉や文字で伝えなくても、そういうのが分かるようになるの。

 それが無詠唱。魔術を使うものと、使われるものの間の信頼関係よ。これが芽生えるまで、八十から九十年を要する。私もできるようになったのは最近だから。つまり、何が言いたいかって言うとね――」


 そこまで言うと、霧から姿を現したツルカは一つ咳払いをして続ける。


「あなたは私に絶対に勝てない。あなたが一つの魔術を詠唱している間に、私は二つの魔術を使うことができる。私が使った魔術にあなたが抵抗しているときに、私は次の一手を打てる。だから最初から、あなたに勝ち目はないのよ、テレーズ・ゼラティーゼ」


 そう言われたテレーズは、絶望に顔を歪めるでもなく、悲しみに顔を俯かせるでもなく、怒りに歯を食いしばるでもなかった。


「そう……ね」


 ただ、口角を吊り上げ、少し赤く染まった歯を見せて――笑ったのだ。


「うん、そう。確かに(わたくし)にはそれだと勝ち目はないわね。でも残念。あなたは(わたくし)を侮りすぎた。それがあなたの敗因よ」


「妄言もその辺に……」


 ツルカが呆れた表情でそこまで言ったときだった。


 背筋が凍るような殺気を感じたのだ。後ろから襲い掛かるように迫ってきた殺気。いや、迫ってきてなどいない。急に現れたのだ。


「まさかっ……!!」


 その殺気の正体を確認すべく、ツルカは後ろを振り向く。


 その直後、誰よりも赤い鮮血が噴水のような勢いで溢れ出し、白い床を一瞬にして赤い海にした。


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