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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第8章~真っ赤な音色~
117/177

117.響く想い~1~

――迎え撃つ準備は整った。



 ツルカ・フォン・ネーヴェは玉座に座っていた。まるで氷でできたかのように冷たく、贅沢にも座り心地が良いとは言えない椅子。


 普通に考えて、女王が座る椅子ではないのだが、こればっかりは誰にも文句を言えるものではなかった。なんせこれを作ったのはツルカなのだ。一度滅んだネーヴェ王国を建て直すときに作った急造品。この玉座の間だってそうだ。


 大勢の人が集まれる空間を、話し合いの行える空間を、まず真っ先に作ったのは他でもないツルカだったのだ。


 今更、その座り心地の悪さにわざわざ不平不満を口するつもりはないし、その小さなお尻は冷ややかな感触に慣れてしまっていた。


 だからこうしてこの椅子に座って来客を待つのも苦ではなかった。


 アウリールからの知らせを受けて、急いで準備をした。そして彼女が来るのを待った。



「そろそろね」


 来客の予感を捉えたツルカは、目を瞑ったままそう呟く。


 直後、その声に呼ばれたかのように、その大きな広い部屋に一人、真っ赤な服を着た女性が入ってくる。


 左腕があったであろうその部分からぽたりぽたりと滴り落ち、彼女が歩いてきたであろう部分に赤い足跡を作っていた。


「とりあえずこんにちは、テレーズ。あなたに会えるのを楽しみにしていたわ」


「ええ、(わたくし)もよ。ツルカ・フォン・ネーヴェ」


 感情のこもらない声でテレーズは言う。


「さて、それじゃあいくつか質問をしたいのだけれど、いいかしら?」


 ツルカのその言葉に、テレーズは首を縦に振った。


「手早く済ませてくれるならいいわよ」


「まず一つ、あなたは私を食べに来た、そうよね?」


「もともとそのつもりだったわ。けれど予定変更。あなたの身体そのものが欲しくなっちゃった。老いることのない体らしいじゃない。(わたくし)身体(いれもの)にぴったりだわ」


 テレーズの言葉に、ツルカは感情を伴わず「そう」と一言だけ息を吐いた。


 少し顔を俯かせたツルカは、そのままの声音で繰り返す。


「番人はみんなあなたが殺したのよね?」


「そうよ。特に変わった瞳を持ったあの魔女は美味しかったわ。とっても勇敢で、真っ直ぐで、味わったことのない味だった。あんなに美味しいモノは、今後一生出てこないでしょうね」


「――それだけ分かれば十分だわ。……ねぇ、テレーズ。この国の在り方を知っているかしら?」


 ツルカのその問いに、テレーズは眉を顰める。


「……侵略しない、させない。そういう国だったわよね?」


「ええ。侵略はしない。ネーヴェ王国として、他国の土地に土足で踏み入れるようなことはしない。けれど、それは国単位での話よ」


「……どういうこと?」


 次の時にテレーズの言葉に答えたのは、ツルカではなかった。


 テレーズはその感覚を覚えていた。体中が焼けるように熱くなるその感覚を。


「こういうことよ」


 その言葉に、テレーズは顔をあげる。ツルカのその小さな姿が、ぼやけて見える。


 その理由はテレーズの体にあった。


 身体中に感じる熱さ。その正体は、テレーズの体を貫いた幾つもの氷柱だった。ツルカが氷柱の向こう側にいるせいで、ぼやけて見えたのだ。


 その時になって、感じていた痛みが、熱さではなく冷たさだったのだと遅まきながら気づいた。


 テレーズの体を貫く氷柱は、どうやら床から生えるようにして伸びていて、彼女の体をその細い先端で、捕らえるように串刺しにしていた。


「……マリアはね、とても正直な子だったわ」


 ツルカは突然立ち上がると、テレーズを串刺しにしている氷柱の方に向かいながら、何の脈絡もなくそんな風に口を開いた。


「とても頑張り屋で、努力家で、本当は魔女になれるような実力ではなかったのよ。それでも彼女は魔女になってこの国を守ると決意してくれた」


「何を言って……」


 テレーズは口を挟もうとするが、それにはお構いなしにツルカは続ける。


「サクラは、ものすごく遠くの国から来たのよ。ずっと東の小さな島国。魔女になりたくて、この国の噂を聞きつけて遠路はるばる来てくれたの。最初は言葉も通じなくて大変だったけど、それでも彼女は誰かの役に立つために、自分の意味を見出すために、その力を振るうと私に誓ってくれた」


 氷柱の根元まで来ると、ツルカは今度はその周りを回るように足を動かす。


「トラバは……やんちゃだった。とてもじゃないけど、番人にふさわしい性格ではなかったわ。人の話も聞かないし、一人で突っ走るし、本当に手の焼ける子だった。それでも彼女は誰よりもこの国を愛していた。それだけで、番人には十分だったのよ」


「何が言いたいのかしら?」


「ベッキーは臆病な子よ。本当に臆病。いつもビクビクしていて、それが可愛い所でもあったんだけれど。魔術の才は誰よりもあった。この国で三本の指に入るぐらいには。もちろん、一本は私だけれど。

 ……ヘスナは純粋な子だったわ。まるで疑うことを知らない。本当に見ているこっちがハラハラするような子だった。何回も悪い男に引っかかってたのを今でも覚えてる。でもそんな純粋さは、そう簡単に持てるものじゃなかった。人を信じるって、結構難しいのよ。それをあの子は誰に対しても変わらずに微笑みかけることができた。笑顔の素敵な子だった」


 幾つもの氷柱の周りをぐるりと一周したツルカはその場に立ち止まる。


 すると彼女の足元を囲むように、丸い円が現れ、まるで植物が地面から顔を覗かせるようにツルカを乗せたまま上に伸び始めた。


「クルラは我慢強い子だったのよ。いつも我慢して、自分のやりたいこととか全部抑え込んでた。私も最初はそれに気づいてあげられなくって、しばらくしてから読書が好きだった彼女に本を送ってみたの。あの小屋にいては暇を持て余しちゃうからね。そしたらすごく喜んでくれたのよ。私も嬉しかった。

 セラは、自分を出すのが苦手な子だった。口下手で表情に変化がないの。でも誰よりも周りが見えていて、周りのことを考えていた。人の感情の機微に敏感だった。それがあの子のいい所だったのだけれど、本当に残念」


「さっきから誰の話を……」


 ツルカを乗せた氷の柱は、ちょうどテレーズのもとまで上昇すると、テレーズとツルカの目線が同じになるところでピタリと停止した。


()()()()()()()()()()()()()()()


 重く、張り詰めたような、それでいて静かな声で、ツルカは言う。


「私はね、国としてはあなたの国――ゼラティーゼ王国を侵略するつもりはない。けれどね、私は『氷の魔女』として、あなたを殺そうと思うの。あなたの存在はどうしようもなく危険なの。その真っ黒な瞳も、いつ限界を迎えるのか分からない。そんな魔女を放ってはおけないわ。

 可能なら救いたかった。けれどここまで落ちぶれていたら救い上げられるものも救い上げられない。だからきっと、あなたにとっての救いは“死”だと思う。だから私はあなたを殺すわ」


 氷のように冷たい声で、ツルカはその言葉を口にした。


 その瞬間、テレーズを貫いている氷柱が、その温もりを奪わんとばかりに彼女の体の表面に氷を張り巡らせはじめる。


「殺すとは言っても、あなたは一度死んでいるから殺すことはできないかもしれない。だから氷漬けにして眠ってもらうわ。そうしたら、眠っているうちに体の中の精霊たちが出て行って、本当の意味であなたは死ぬ」


(わたくし)が……死ぬ?」


 体を覆う氷を気にすることなくテレーズは呟いた。直後、彼女はまるで水瓶をひっくり返したかのような勢いで笑い出した。


(わたくし)が死ぬ!? そんなわけないでしょう!! 死ぬのはあなたよ、ツルカ・フォン・ネーヴェ!! あなたは(わたくし)身体(いれもの)になるの!! その中身の(あなた)は死ぬのよ!!」


 その声と一緒に、ツルカの耳にぽたりと何かの滴る音が届いた。


 ぽたり、ぽたりと。その正体は誰かが流した涙でも、ましてやテレーズの左肩から零れる血液でもなかった。


「氷を、溶かしてっ……!?」


(わたくし)は死なない。(わたくし)は永遠にこの世界にあり続けるの。ずっと、ずっと……」


 テレーズを覆う氷も、彼女の身体を貫いていた氷柱も、その姿を完全に失っていた。


炎魔術(ランメ)


 テレーズが呪文を唱えた瞬間、大きな炎が熾きあがり、その広く白い室内を真っ赤に染め上げた。

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