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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第7章~ハンメルンの町~
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108.情報屋~2~

 ネーヴェ王国は現在、どの国とも国交がない。とは言ってもそれは国家的に、ということである。主に商業的にどの国ともやり取りをしていない。物を輸入することもなければ輸出することもない。全てを自分の国で賄っているのがネーヴェ王国だ。


 だからこそというわけではないのだが、人の行き来に関してはそれほど厳しい制限はない。来るもの拒まず去るもの追わず、という形をとっている。それでも最低限の審査が必要なわけだが。だからネーヴェ王国にも時たま「旅人」というものが訪れることがある。


 他国からこのネーヴェ王国に興味を持ち、訪れる人たちも少なからずいる。そういった人間は特に厳しい審査のもと入国を許可されている。


 そんな「旅人」に依存している職業も少なからず存在する。それが「情報屋」だ。



 情報屋は別に店を構えているわけではない。売っているものが形のないものなのだ。店舗なんてものはいらないだろう。


 だから、どこに行けばその情報屋に会えるのか分からない、はずなのだが。


「そいつはなんだ」


「情報屋だよ、ジーク」


 ジークハルトの質問に、マイクロフトはさも当たり前のことのように答えた。


 マイクロフトがその脇腹に抱えているのは子どもだった。随分と背の小さい少年で、苦笑いをしながら頭の後ろを掻いている。


「あはは……どもっす。それと、マイクの旦那、そろそろ降ろしてもらえないっすかね?」


「おお、すまないね」


 マイクロフトに下ろされると、少年はビシッと背筋を伸ばした。


「改めて、初めましてっす、ジークの旦那。俺は情報屋のクルトって言います。どうぞよろしく」


 そう自己紹介をしたクルトという少年はにっこりと笑って白い歯をジークハルトに見せた。


「知っていると思うが、ネーヴェ警吏隊のジークハルト・ドジソンだ。

……それにしてもこんな子どもが情報屋だったとは……」


 ジークハルトにとっては見下ろすほど身長が低い。ジークハルトが一般男性より少しだけ背が高いというのもあるが、それでもその少年はかなり小柄に見えた。おまけにその顔立ちも比較的幼げだ。


「やだなぁ、これでも俺、十八っすよ。お二人ほどじゃないっすけど、これでもちゃんとした大人の端くれなんすから」


 そう言って笑って見せる顔も、その童顔に張り付いているせいでとてもではないがジークハルトには十八歳には見えなかった。


「さて、それじゃあ彼の情報をもとに私たちの旅先を決めようじゃないか。何かしら手掛かりになるものは持ってきたんだろう?」


 そう問われてジークハルトは首を一度だけ縦に振った。


「ああ、まあ。しかし本当にちょっとしたことだ。それだけで旅先を決められるとは思わないんだが」


「そのための情報屋だよ。そこから木の根のように情報を広げていけばいい」


「おっ、なんすか? 旅に出るんすか? どこに何しに行くんすか? ちょっと教えてほしいなー」


 そんな二人の会話から金の匂いを嗅ぎつけてか、クルトはニヤニヤとした表情をその童顔に浮かべながらそう口にする。


「まぁ、その辺も含めていつもの喫茶店で話そうか」


 マイクロフトが提案すると、クルトは元気な声で「了解っす!」と一言あげて、歩き出すマイクロフトの後ろをついて行った。


 ジークハルトもその二人の少し後ろを追いかけるように歩き出した。




§




「それで、お二人は何で旅なんかに出るんすか?」


 席についてすぐに、クルトはその質問をジークハルトとマイクロフトに投げかけた。


「それに関しては情報を開示することはできないかな」


 マイクロフトが笑って答える。


「ほほう、なんか首突っ込んじゃいけない感じの案件ってことっすね。殺人とかそっち系っすか?」


「なぜ、そう思う?」


 クルトの言葉に今度はジークハルトが問いを投げかける。


「簡単なことっすよ。人に言えない、つまりは俺みたいな一般人には言えない事ってことは何らかの秘匿された情報ってことっすよね? そんでもってあの推理小説で有名なマイクロフト・ワーカーが絡んでいるってなると、そんなの何かの事件しか考えられないじゃないすか。あれ? 違ってます?」


 そんなクルトの推察に、さすが情報屋だ、とジークハルトは思った。


「いや、間違ってはいないんだが、あえて言うと殺人ではない。それと、これ以上は詮索するのはやめておけ。国に消されるぞ」


 そんなありきたりな脅し方で黙らせることにした。情報屋という事は、常にその耳は金の音を捉えている。いつどんな情報が抜き取られているか分かったモノじゃない。


「そいつは怖いっすねぇ。そういうことならなるべくこちらからの詮索は避けますよ。んで、どんな情報が欲しいんすか?」


 ジークハルトはその言葉を待っていたと言わんばかりに、少し身を乗り出して口を開いた。


「このネーヴェ王国の外で、ネズミが大量に生息しているところを知らないか?」


「……ネズミっすか?」


 その質問にクルトだけでなくマイクロフトも不思議そうな顔をした。


「妹君の夢にネズミでも出てきたのか?」


「ああ」


 マイクロフトの言葉に適当な相槌を打つ。


「ネズミっすか。ネズミなんてどこにでもいるっすからね。ここに沢山生息してる! っていう確かな情報はないっすけど、ネズミのせいで作物とかが被害に遭った町なら知ってるっすよ」


「それはどこだ?」


「ゼラティーゼ王国にあるハンメルンっていう町っす。あそこが確か一年前にネズミの被害で結構騒動してたらしいっすよ」


 ハンメルンという町の名前自体、ジークハルトは知っていた。なにせジークハルトはもともとゼラティーゼ王国兵士だったのだ。知っていて当然ではあるのだが。


「あのハンメルンがネズミ被害? 観光地としてそれなりに栄えていたんじゃないのか?」


 ジークハルトの知るハンメルンの印象は二十年前の状態で止まっていた。


「そうなんすけど、ネズミ被害が出たのはここ二年ぐらいっすね。旅行者の誰かがペットとして持ち込んだものが逃げ出したとか」


「他にはどこかあるか?」


 ずっと黙って話を聞いていたマイクロフトが口を開く。


「んー、他にそういう話はないっすね。大規模なネズミ被害だとそのハンメルンぐらいっす」


「もう一つ尋ねるが、ハンメルンの町には地下室みたいな場所はあったりするか?」


 ジークハルトはダイナのもう一つの証言について今度は尋ねた。このクルトという少年であれば何かを聞けば少なくとも何らかの新しい情報を得られると見込んでだ。


「なんかそういう噂はあるっすね。ここから少しコレ高くなっちゃいますけど、聞きます?」


 そう言ったクルトは右手の人差し指と親指をくっつけて輪っかを作って見せてきた。


 その動作が意味するところ、つまりはお金が結構取られるという事だ。しかしそれほどの情報となると、握っておきたい。


「構わない。金はマイクが払ってくれるからな」


「はっ!? ちょっと待ってくれ、私だって自分の生活があってだな……」


「ネタは金を出してでも買っとけ。プロだろう?」


「くっ……!!」


 そんなジークハルトの安っぽい挑発にマイクロフトも何も言い返せずに黙り込んだ。


「おっ、マイクの旦那が払ってくれるんすか。こりゃがっぽり稼げそうっすね」


 そんな風にクルトもマイクロフトをからかった。


「分かった分かった……金は出すよ。それで、そんな大金な情報の中身はなんだ?」


 諦めるような声で、半ば投げやりな感じでマイクロフトが脱線していた話を戻す。


 すると突然、先ほどまでへらへらしていたクルトの表情が引き締まった。


「この情報はマジでやばい情報なんで、心して聞いてほしいっす。……“アンネの灯火”って知ってるっすか?」


 小さく囁くような声でクルトはその単語を口にした。


「お前、“アンネの灯火”を知っているのか?」


 ジークハルトもマイクロフトも目を丸くしてクルトを問い詰めた。


「その様子だと、“アンネの灯火”自体は知ってるっぽいっすね。どこまで知ってるっすか?」


 そう問われ、ジークハルトはツルカとの会話を思い出す。


「ゼラティーゼ王国を中心に活動している宗教団体と聞いたが……」


「誰に聞いたっすか?」


「ツルカ女王陛下に」


 そう答えるとクルトは「なるほど」と小さく呟いた。


「女王サマはそれ以上のことは知らない感じっすかね?」


「そう言っていたが」


 ジークハルトの目の前に座る情報屋の顔つきは真剣そのものだった。ただへらへらしているだけの少年だと思っていたが、今の様子を見ると、かなり真剣に「情報」に向き合っていることが窺えた。


「国の最高権力者がそれだけしか知らないってのは、完全に鎖国の影響っすね。女王サマも、国の外の情報は仕入れてるっぽいっすけど、やっぱり細かいこととなるとなかなか目が向かないんすかね。

 先に言っておくと、“アンネの灯火”については女王サマより知ってるっすよ。聞くっすか?」


 その問いに、首を横に振るつもりはジークハルトにもマイクロフトにもなかった。


 首を縦に振り、唾を飲み込み、クルトの次の言葉を待つ。


「話の流れ的に分かると思うんすけど、“アンネの灯火”はそのハンメルンの地下に拠点を構えてるっていう噂っす。

 噂っていうのも、あいつら隠れるのが上手いんすよ。だから確定した情報ではなく、あくまで噂という事で。

 それと、なんか結構誘拐事件とか起こしてるっていう話も聞くっすよ」


 “誘拐事件”と言う言葉に、ジークハルトもマイクロフトも同時に、猛烈な速さで反応を見せた。


「なに?」


「それは本当か?」


「あくまで噂の領域っすけど、噂があるってことはそれに類似した事実があるってことっすから。根も葉もない噂ってことも考えられるっすけど、よっぽどのことがない限り信じても大丈夫だと思うっすよ」


「そのことについて詳しく教えてくれ」


 もしこれがトカリナ誘拐事件のこと、もしくは関係のあることだとすれば、話は大きく変わってくる。


 そうなれば行先はハンメルンで確定だ。


「なんだか、ハンメルンの町に住む子どもたちが二十人近く誘拐されてるっす。しかも全員女の子。だから“アンネの灯火”は人身売買なんかもやってたりするんじゃないかと思うんすよ。もしかして、そっち系っすか?」


 そんなクルトの言葉はすでにジークハルトの耳には届いていなかった。


 ジークハルトとマイクロフトはお互いに顔を見合わせ、お互いの意志を確認するように頷き合った。


「決まりだな」


「ああ」


 これで旅の行先は決まった。


 話を聞く限り、どうにもハンメルンに何かある気がしてならなかった。


「ありがとう、クルト。有益な情報が手に入った」


「そいつは良かったっす。そんでお代なんすけど……」


 クルトはマイクロフトの方をちらりと一瞥する。


「おっと急用を思い出した。すまんが二人で決めてくれ。私はこれにて失礼するぞ」


 そう言って逃げるようにして喫茶店を出て行った。


「あの人、逃げ足だけは速いっすね」


 若干呆れたようにクルトがそう言った。


「まあ、許してやってくれ。……代金か。この際、女王陛下に支払ってもらおう。そのついでに王国専属の情報屋にでもなったらどうだ?」


 ツルカであれば、自分より多くの情報を握っているこの少年を欲しがるはずだと思っての提案だった。


「それは名案なんすけど、俺みたいな一般人がなれるもんなんすかね」


「“アンネの灯火”について知っている、と言えば会うことぐらいはできるだろう」


「マジすか、ちょろいっすね」


 そんな失礼極まりない言葉が喫茶店に響く。


「とりあえず、そういう事だから女王陛下に会いに行くといい。ジークハルト・ドジソンに言われてきた、と伝えてくれ」


「了解っす」


 その言葉を聞いてジークハルトは席から立ち上がった。


「今日はありがとう、クルト。おかげですべきことが決まった」


「そいつはどうもっす。何をしようとしてるかは知らないっすけど、まぁ、頑張ってください」


 にへら、と顔を緩め、ひらひらと手を振るクルトを背に、ジークハルトも喫茶店を後にした。


面白かったらポイント評価、感想等々よろしくお願いします。

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