107.情報屋~1~
ぼやけた思考に響くのは、ニワトリの鳴く声、街を歩く人々の足音、カーテンを勢いよく開く音、そして。
「お兄ちゃん! 起きて! 朝だよっ!!」
妹の声だった。
「ん……? ああ……朝か」
そんな風に気だるげにジークハルトは体を持ち上げて、窓から差し込む眩いほどの太陽の光を全身に浴びる。
「お兄ちゃん、今日仕事は?」
そんなダイナの声に、未だに明瞭さを欠いている頭を回転させて口を動かす。
「あー……、今日からしばらく休むことにする」
「具合悪いの?」
「いや、別件でちょっとな……」
別件というのも、ダイナが夢で見た少女、とは言っても生きていればすでに大人になっているであろうが、トカリナ・リャファセバルについてのことだ。
「ボクが見た夢に出てきた子のこと?」
「ああ」
マイクロフトは突然、ジークハルトに取材旅行などという話をふっかけてきた。好奇心と、無駄な正義感に駆られたジークハルトはそれを了承してしまったのだ。
それ自体は別にいいのだが、一つだけ問題があった。
行き先が決まっていないのだ。どうやらマイクロフトも、国外にヒントがあると分かると反射的に取材旅行なるものを考え付いたらしい。
そのおかげで、国外のどこに行けばいいのかが決まっていないのである。
「なあ、ダイナ」
「なに?」
「その夢っていうのは、人生を大まかになぞる上でその描写の中に風景みたいなものは在ったりするか?」
ジークハルトが尋ねると、ダイナは少し上を向いて、手を顎に添え、考える素振りを見せた。
「風景かぁ。うーん、あったような気もするけど」
「どんな風景だった?」
仮にもし、ダイナがその風景を思い出せたのであれば、それを手掛かりに目的地は絞ることができる。
ダイナの夢の信憑性に関しては、ジークハルトには今までの経験で充分なものであることは承知の上だった。
「風景、ではないんだけどね、ネズミが沢山いたよ」
「ネズミ?」
「うん、ネズミ。地下室みたいな場所……だと思う。そこに沢山のネズミと、その少女がいた」
「他には?」
「ごめんねお兄ちゃん。これ以上のことはボクにもちょっと分からないなぁ」
その言葉にジークハルトは「そうか」と少しだけ残念そうに相槌を打った。
しかしそれでもジークハルトにとってはダイナの言葉は有益な情報だった。そもそも手元になんの手掛かりもない状態なのだ。何かしらの情報があるだけでも一歩とはいかずとも、半歩ぐらいは前進している。
「とりあえずお兄ちゃん、朝ご飯にしよっか」
そう言って満面の笑みを浮かべるダイナに、ジークハルトは小さく頷いた。