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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第7章~ハンメルンの町~
106/177

106.暗闇に光る赤い宝石~3~

――何も見えなかった。


 それは単にこの町が暗いだけなのか、はたまた本当に目が見えていないのか分からないが、確実に見えている物はなかった。



 二十年前のあの日、全てを失った。家族も、友人も、夢も、希望も。順調な人生だったはずだ。優しい両親に何不自由なく育てられ、良き友人を持ち、学校の教員からも信頼されていた。


 それがあの日、あの女に狂わされた。



 あの女は、初めは優しかった。親切に、笑顔で接してくれていた。それがいつの間にか、あんな悪魔の形相を浮かべるようになっていた。


 怖かった。自分が何かされるのではないかと思い、逃げ出したくなった。


 案の定、その予想は的中した。女は拷問紛いのことを始めた。爪をはがされ、腕の骨を折られ、食事もろくに取らせてもらえず、何度も何度も殴られた。


 だからこうして隙を見て逃げ出したのだ。



「――逃げ、なきゃ」



 走る足はおぼつかない。骨と皮だけの足では力も入らない。今自分がどこを走っているのかも分からない。


 ただそんなとき、声が聞こえた。その声は若い少女の声で、どうやら追いかけてきているようだった。



――またあの場所に連れ戻される。



 そう思った。


 二つの翡翠色の光が少しずつ迫ってくる。きっとそれは、あの女が放った使い魔か何かなのだろう。


 追いつかれれば、捕まってしまえば、殺される。



「捕まえたっ!」



 少女の声が、鮮明に耳に届く。


「あっ……」


 力の入らない細い腕を、何かが掴む。それに驚き、恐怖心を抑え込みながらその相手を確認した。



「赤い……瞳」



 そう呟いた二つの翡翠の正体は、本当にただの少女だった。茶髪の、透きとおった翡翠色の美しい瞳。


 年も十歳より少し上ぐらいに見える。その少女の様子は自分とは違い、真っ当な人間のそれだった。



――ああ、こんな少女を巻き込むわけにはいかない。



 そう思い、その少女が呆気にとられているうちに、なけなしの力を振り絞って、その小さな腕を振り払った。



――どうか、追いかけてこないで。



 そう祈りながら、どこに向かうでもなく、ふらつく足を動かした。なるべく早く、少しでも走るように。



 少しして後ろを振り返ると、少女の姿はなかった。そのことにどこか、安堵した。



「いつまで逃げるのかしら?」



 その声が、安堵の表情を一気に恐怖に塗り替えた。


「逃げても無駄よ、『獄炎の魔女』トカリナ・リャファセバル。あなたは私の道具なのだから、道具が勝手に逃げちゃダメでしょう?」



――ああ、嫌だ。



「ほら、さっさと帰るわよ。あなたの瞳はまだ少し赤いの。真っ黒になるまでもう少しいじめてあげるから、頑張ってちょうだいね」



――痛いのは嫌だ。



「動こうとしても無駄よ。あなたのその体で、これ以上動けるわけがないじゃない」



――怖い、戻りたくない。そもそも、どうして自分がこんな目に……。



 その思いを、声に出せないのが辛かった。黙って従うしかないのが悔しかった。


「さあ、帰りましょう、私たちの家に……」


 腕を引っ張られ、引きずられる。ズリズリ、ズリズリ、と。地面のざらついた感触さえも、もうよく分からない。光もぼやけてよく見えない。


 女の鼻歌だけが、その存在があることを認識させようとするように耳に届く。



――殺してやる。何もかも、この女ごと消し飛ばしてやる。自分は運命に捨てられた、見限られた。ここで死ねと言われたようなものだ。ならば、何もかも道連れにしてやる。



 そんな思いも、誰にも届かない。


 しかしその考え方こそが、この女にとって必要だったことを、トカリナは知る由もなかった。


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