102.真実に近い何か~2~
マイクロフトの言葉を聞いても、ジークハルトはそれほど驚かなかった。
薄々、そんな気はしていた。ただ、その可能性をジークハルトは早々に潰していたのだ。
理由は単純だ。一つ、“魔女”という存在をジークハルトはよく理解していたからだ。
嫌でも人に手を差し伸べる善人の塊。彼女らは本当の意味で純粋な心を持っているのだ。まるで子供のような。二つ、“魔女”が“魔女”の国を襲うメリットが分からない。わざわざリスクを冒してまで百年近く生きている『氷の魔女』ツルカ・フォン・ネーヴェの国で暴れる理由が分からない。
ツルカはジークハルトの知る限り最高峰の魔女だ。そんな魔女に喧嘩を売るような馬鹿者は居ないとジークハルトは判断したのだ。
だがどうやら、その考え方を改めなければならないようだった。
「そう考えた理由は?」
「簡単だよ。この国は魔術大国だ。嫌でも魔術の知識がついてしまうからね。そこから推測した結果なんだが、おそらく犯人は魔術で自分の見た目を認識できないようにしている。それできっと空から毒をばら撒いたんじゃないかと思う」
これはきっと妹のダイナが使う精神魔術に似ているものだ。視覚的認識を阻害する魔術。姿を見えなくするだけでなく、相手によって見え方を変えていた、ということだろう。
「さて、私の導き出した“真実かもしれない何か”と君の導き出した“真実かもしれない何か”を照らし合わせてみよう。まず君の知ってしまった“アンネの灯火”について、これが魔女に関わる宗教団体ならば、ウィケヴントの毒事件に魔女が関わっている可能性は高まる。直接的か間接的か分からないが、辿っていけば必ず魔女に繋がる。ただ“アンネの灯火”についてはまだ分からない部分が多い。これそのものはまだ放置しておいてもいいだろう」
ひとしきりしゃべり終えるとマイクロフトは小さく手を挙げて強面マスターに向かって、
「アイスコーヒーを一つ」
そんな注文をした。
「次に、“毒は殺すことが目的ではない”ということだ。そこから推察するに目的は別にある。では犯人の目的は何か。
そこで、ウィケヴントの毒事件と同時期に起きた事件が何かないかと思ってみてみれば、私たちはもう“トカリナ誘拐事件”を知っているじゃないか。このことから君が推測した“ウィケヴントの毒事件とトカリナ誘拐事件は無関係ではない”という真実かもしれない何かはその信憑性を増した」
となると、この二つに関係があると見て間違いはないだろう。自分が立てた仮説が正しいことにジークハルトは少しだけ胸をなでおろす気持だった。
「次に、謎の危険人物だ。おそらくそいつが犯人で間違いないだろう。そして僕の持ってきた情報の黒い影とは同一人物もしくは共犯の関係にあるはずだ。たしか、ジークとジークの妹君がこの国に入ったときに一緒に入ったという話だったな?」
運ばれてきたコーヒーを一口飲んでからマイクロフトが尋ねる。
「そうらしいな。僕自身それを覚えていないわけだが」
「なら同一人物という説が濃厚だな。ついでに言えばその犯人が国外から来た人間という事が分かる。だとすればこの国の魔女の目を掻い潜ってくる奴がいてもおかしくないだろう。
私たち自身、この国から大して出ないから視野が狭まっているが、外に目を向ければ女王陛下よりも力のある魔女がいてもおかしくない。これが私とジークの“真実かもしれない何か”を照らし合わせてできた“真実に近い何か”だ」
その表情ににたりと笑みを浮かべてマイクロフトが言う。
「大して進んでいないように感じるな……」
「そんなことはない。私たちは確実に“真実”に近づいている。真実を導き出すのはいつだって数多ある事実と、人間の閃きだよ」
そんな探偵っぽいことを言うマイクロフトを見て、ジークハルトは少しだけ感激した。
本当に彼を頼って正解だった。知ることを諦めたどこぞの小さい魔女に比べても彼の方が役に立つ。
「そこでジーク、一つ提案があるんだが」
声から話題を改めてマイクロフトが切り出す。
「なんだ?」
「私と取材旅行と洒落込もうじゃないか」
その言葉を聞いて、ジークハルトは言葉を失った。静かな喫茶店で、強面マスターだけがその中で一人、食器をキュイキュイと音を立てて拭いていた。
そして一言だけジークハルトは声を漏らした。
「は?」
その声は、マスターが食器を拭く音をかき消すように喫茶店内に響き渡った。
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