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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第7章~ハンメルンの町~
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100.ハンメルンの町~2~

「こちらがお部屋になります」


 通された部屋は外から見た通りの部屋だった。別段、荒れ果てた部屋というわけではないが、天井にはシミがつき、開け放たれた窓からは黄ばんだカーテンが逃げ出す勢いで外に流れている。


 その傍らにはベッドが二つ。布団はカーテンとは違い、綺麗に洗濯されているようで白いままだ。


 部屋の中心に長方形のテーブルが一つ、その両脇に黒いソファが二つ置かれていた。


「今お茶をお持ちいたしますので、どうぞ掛けてお待ちください」


 そう言ってからブレンは部屋を出て行った。



「意外と、ちゃんとした宿ね……」


 ブレンの出て行った扉をぼんやりと眺めながらジャスミンが呟く。


 確かに、外から見た通りの室内ではあるのだが、まだ寝泊まりできる環境は整っているようだった。


 しかしまあそれでも、必要最低限といった感じだ。


「でも、こんな状態じゃ、長居はできそうにないな」


 そもそもこんな町で食料の調達ができるのか。商店街と思しき場所は人がいなかったし、商品棚も何一つ置いてなどいなかった。さすがに物が売っている場所があそこだけという事はないと思うが。


 ゼラティーゼ王国が今の女王になってから荒れ始めているとは聞いていたのだが、まさかこれほどとは思ってもいなかった。


「お待たせいたしました」


 その声と一緒に部屋の扉が開く。


 見ると、ブレンが盆の上にティーカップを三つ乗せてそこに立っていた。


「ここに置いてある中で、最も良いお茶を淹れてまいりました。ささ、どうぞお飲みください」


 部屋に入ってくると一つずつ丁寧な動きでお茶の入ったカップをテーブルの上に置く。


 随分と慣れた手つきだ。おそらくこの宿も昔はかなり集客があっただろうに。


「この宿、畳むんですか?」


 お茶に手を伸ばすジャスミンがブレンに尋ねる。


 確かに、「最後の客」だとか「締めくくりたい」などとブレンが言っていたなと思い出す。


「ええ。ハンメルンもこの有様では、人も来ませんし、何よりも自分の生活も難しくなりますから」


「今、この町にはどれくらいの人が残っているんだ?」


「そうですね……ざっと三千人そこらじゃないかと。もともとは五万人ぐらいいる町だったのですが、今現在テレーズ王女の政治が、王都にしか行き届いていないこともあってか、この一年間でほとんどの者が王都に流れていきました。結果残ったのは年寄りと、私のような頑固者ばかりで……」


「今まで、どうやって生活していたんだ?」


 お茶をすすりながら尋ねる。それにしても、なかなかうまい茶だ。最も良いものと言うだけはある。苦みはあるが、どこか甘みも感じられる。


「食料は知り合いの農家に野菜を譲ってもらうぐらいですかね。簡単に育てられるものは自分で育てていましたが」


 その言葉から察するに、やはり商店街は機能していないようだ。本当にこれでは町というよりどこか小さな農村のような繋がり方になっている。


「その野菜とかって、私たちも分けてもらう事って可能ですか? 私たち、旅の途中で食料をこの町で調達したいんですけど……」


 ジャスミンが尋ねると、ブレンはにっこりと笑った。


「それでしたら、分けてもらえると思いますよ。この国ではもう硬貨の流通なんてもの止まっていますから、お互いがお互いを支え合ってみんな生活しているんです」


 保存に効くものが手に入るかどうかは分からないが、食料が調達できるのであればそれに越したことはない。あとで場所を教えてもらってもらいに行くことにするとしよう。


「それで、話の続きなんだが、二十人も子供が誘拐される事件なんて、普通ではないだろう。一体、何があったんだ?」


 受付台の所で話していた誘拐事件のことをブレンに尋ねる。別に、その話自体に意味はないが、興味があった。とは言ってもただの世間話の範疇だ。


 ネーヴェ以外の場所で起きた出来事を僕もジャスミンもほとんど知らない。知見を広げる一環として、こういった話を聞くこともたまにはいいだろう。


「……町の様子は見ましたか?」


「ネズミか」


「ええ、この町ではネズミの被害がここ二年ぐらいで倍増してしまいまして、農作物への被害、保存食の食い荒らし、家屋への被害が相次いでおりました。

 しかし一年前に笛を持った楽士が現れて、こう言ったのです。『私がこの笛でネズミを追い払って差し上げましょう。ただし、相応の代価を用意していただきます』と。

 私含め、この町の町民はその提案を飲みました。誰もがネズミの被害にうんざりしておりましたから。

 楽士はその笛の音色で、見事ネズミを追い払ってくれました。しかし愚かなことに、この町の町民は代価を何一つ支払わなかったのです。あろうことか楽士を気味の悪い者として町から追い出しました。きっと、それがいけなかったのでしょう。町に住む子供たちはその楽士に連れ去られました。

 これが、この事件の一端です」


 完全に、自業自得だ。


 こればっかりは約束を破って対価を支払わなかったハンメルンの町民が悪い。しかしそれにしても、人の恨みというのは恐ろしいものだ。その楽士とやらもよっぽど怒っていたのだろう。


「その楽士の人の特徴って分かったりします?」


 突然、ジャスミンがそんなことを言った。


「特徴、ですか?」


 ブレンが少し驚いた表情でジャスミンに聞き返す。


 嫌な予感がした。この少女がこの質問をする意味を一瞬で理解した。


「おい、ちょっと待てジャスミン。まさかお前、この事件にも首突っ込むつもりか?」


「だって、子供を誘拐する悪い人を放っておいたら、また誰かが被害に遭うかもしれないでしょう?」


 それもそうだが、わざわざ自分たちに無関係なことに首を突っ込まなくてもいいだろう。


「僕たちには関係ない。それにまだこの旅の目的も達成されていないのに寄り道なんてしていられるか」


「寄り道じゃないわ。もし見かけたら追いかけるぐらいの気持ちよ」


「それを寄り道って言うんだよ」


 この少女の、こういうところは本当に面倒だ。正義感が強いというか、厄介ごとに自分から巻き込まれに行くというか。


「特徴と言えば、笛を持っているほかにも独特な服を着ておりました。まるで道化師のような、色とりどりの服です」


 ジャスミンはその言葉を僕の横でメモしていた。本当に追いかけるつもりなのか。


「もし見かけたら捕まえますね」


 そんな風に軽口を叩いた。


 たかだか十四歳の女の子にそんなことができるとは到底思えないのだが。こうなってしまっては、この少女は止まらない。


「あー、もう、好きにしろ。僕は手伝わないぞ」


「そんなことぐらい分かってるわよ」


 それならいい。これ以上巻き込まれるなんて御免だ。


「さて、それじゃあそろそろ野菜を貰いに行くとしようか。そうだな……保存が効く漬物とかもらえたらありがたいな」


 残りのお茶を飲み干して立ち上がる。


「それでしたら、私の友人が作っておりましたよ。案内しましょうか?」


「ああ、頼む」


 そんな感じで世間話は終わりを告げた。ただこの世間話、どうやらジャスミンにはただの世間話に思えないようだった。



「ねえ、エル。後で話があるんだけど」



 そんな風にジャスミンが言ってきたのはブレンが案内していく後を追いかけている最中だった。


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