婚約者①
「また、背が伸びたんじゃないか。しかもその格好!」
そう言って絶叫したのはローエルお父様。
「まあ、手がぼろぼろじゃない。何をしたらそうなるの?」
そう言って驚愕に目を開いたのはテレサお母様。
「男の子みたいだね。久しぶり」
そう言ったのはカラムお兄様。
久しぶりだというのに、みんなの第一声が残念すぎる。
「お父様。お母様。元気そうで安心した。お兄様もお久しぶり」
そう言って、わたしは三年ぶりに会う家族に笑みを向けた。
両親共に、ドレスを用意してくれていたらしいが、成長期の終わりに三インチも背が伸びているのは想定外だったらしい。
サイズの合わなくなったドレスの隣に王都で買ったドレスを広げる。
「質は良くないけど、サイズが合わない服ほどみっともないものはないものね。背に腹は変えられないわ」
「マリオンがドレスに気を回せるとは思わなかったよ。これでなんとか婚約者の前に立てるね」
お母様は少しドレスの品質が気になるらしい。
もっと早く知らせてくれれば布から選んだのだが、一月未満ではそんなことできない。
逆に、お兄様はわたしにわずかなりとも服に気を配る女子力が残っていた事に驚いている。
「それに母さん、これ高位貴族との顔合わせに着ていくには微妙だけど、既製品だってことを考えればかなりいい方だよ。普段着なら十分すぎるくらいの品質だ。マリオンがこんな洋服店をちゃんと知ってる事に驚き」
確かに王都の店など全く把握してなかった。
知っているのは、自炊生活を送るのに必要な食料品店と輸入食品や飲料を扱っている店だけ。
さすがお兄様。わたしのことなんてお見通しというわけだ。
「騎士団に勤めている友人に教えてもらったの」
「それって、男の人だよね。下心あるんじゃないか?」
「まあ、そんな不埒な。ダメですよマリオン。そんな親になんの挨拶もなく、手を出そうとする人と会っては」
かなりおかしな誤解をされている。
教えてもらっただけで、プレゼントされたわけでも、一緒に買いに行ったわけでもない。
第一、ノエルさんは女性だ。
だが、その誤解はもっともなことだとも思う。
騎士団の入団条件に男性であることとはなかったはずだが、女性がいるとは思わなかった。
よほど剣の技術があったのか、地位の高い親族のごり押しがあったのか。
「気にしているようなことはないよ。お友達は女の人だから」
「まあ、女性の騎士がいらっしゃるのね」
「さすがマリオンの友達。変わってるね」
女だてらに騎士をしているのだ。やはり変わっているのだろう。
でも――
「とっても親切ないい人なの」
早く婚約をなかったことにさせて、彼女に会いたい。
最後に見た笑みを思い出し、早くも郷愁に駆られた。
わたしにとって帰るべきは三年ぶりの我が家ではなく、あの王宮の片隅なのだ。
顔合わせ当日。
ドレスに身を包み、久しぶりに髪を使用人に結ってもらった。そこにパールの髪飾りをセットする。
ピアスとお母様から借りたネックレスも身につけた。
白く肘近くまである手袋は淑女の証。
流行りから考えると低めだがヒールを履き、久しぶりの令嬢姿。
婚期をとおに過ぎたのに令嬢なんて笑えないけど、誰とも婚姻を結んでないのだからそう言うしかない。
待ち合わせの場所は相手の領地で一番の繁華街パルパトーラの高級料理店。海と面しているここでは異国情緒あふれる店屋が軒を連ねている。
普通ならお相手の家でもてなされるものらしいが、最近の流行りは堅苦しいしきたりではなく、こういう砕けたものだ。
とは言っても貸切になっているのか、他の客の姿はない。
店内に入ると一番広い広間に通された。どうやらお相手は先に来ているらしい。
店員により扉が開けられ部屋に通される。まずはお父様、お母様、わたしの順に部屋に入った。お兄様は最後に入り、扉を閉める。
なんだろう。脱走防止のための順番のように感じたのはわたしだけだろうか。
「お久しぶりでございます、侯爵様。このような席を設けていただき……」
お父様が口上を述べ、それに続きお母様が挨拶をする。次に、お兄様が挨拶して、その後にわたしの番だ。
「お初にお目にかかります。私、カラム・ロペスと申します。以後お見知り置きを」
お兄様がこんな口調で話しているのなんて初めて聞いた。なんだかむず痒い。
お父様が敬語で話すのは、デビュタントの時に同伴してもらったから知っていた。
目上の人に挨拶するときは敬意を持ってしなければならないと、慣れない敬語を使っていたのだ。
でも、お兄様と社交界に出向いたことはない。だからだろうか、普通なんだろうけど、なんだが居心地が悪い。
これからアレをしたらもっと居心地が悪くなるな、きっと。
でも、怖気付いたらそこで終了だ。
わたしは久しぶりのカーテシーをして、口上を述べた。
「お初にお目にかかります。ローエル・ロペスの娘、マリオン・ロペスと申します。お会いできて光栄です」
さあ、言ってしまうのよ。女は度胸!
「わたしにはとてももったいないお話ではありますが、仕事を辞める気はございません。それでもよろしいでしょうか?」
無理なら今断ってくれ。席に着く前だし、回れ右して帰るから。
頭を伏せている状態だから、周りのようすはわからない。ただ、酷く静かだった。
たっぷり十拍くらい経ち、ちょっと足が痺れてきたなと思ったとき、温度のない声がした。
「いつまでお辞儀してるつもりですか。顔をあげてください」
落ち着いた、だが、温かみも冷たさも全く感じられない無機質な声。
その声がする方に顔を向ければ、奥から人が近づいて来るのが見えた。