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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
一章
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衣装②

「それはそうと、お相手はどのような方なのでしょうか?」


 店員さんは奥にあるドレスを見繕いながら聞いてくるのだが、わたしも彼のことをよく知らない。


「侯爵の嫡子で、本人も子爵位を持たれているはず。お年が二十六歳で王宮で騎士をされている方、かな」


 わたしが言えるのは額面的なことだけだ。

 人となりなど全然知らない。

 それどころか、王宮で騎士を続けているのかどうかも、実際の所は知らない。


「侯爵の縁者ですか」

「そうだよ」

「申し訳ございません。流石に、既製品ですと上流貴族階級の方の服装と比べて見劣りすることになります。今からでも、オーダーメードにいたしませんか?」


 時間があればそうしている。

 だが、今までの経験から服の製作に時間がかかるのを知っている。

 繁忙期である社交の時期ではないが、顔合わせまでに出来上がるとは思えない。


「待てる時間は半月まで。急な話だから、そんな時間はないんだよ」

「お日にち的に、服を詰めるのでやっとといったところでしょうか。力不足で申し訳ございません」

「別にいいの。だって、わたしは下級貴族だから、お相手も大目に見てくれる。社交の時期とは違うから、服を新調するだけの財があるとは思ってないと思うし。それに、それで途切れるならそれだけの縁だったってことだから」


 前年の服を着ていくと流行遅れになる。

 既製品を買うとサイズが微妙にあっておらず、不恰好に。

 こんな時期に余裕も持たせず顔合わせの場をセッティングしたのだから、多少の不恰好は許してほしい。

 上流貴族と違い、下流貴族は時期外れにドレスを買い込むほど裕福ではない。


 というか、それを許さないような相手ではやっていける気がしない。

 わたしなんて、ここ数年、社交のためのドレスさえ新調していないのだから。



「それで、わたしに合うサイズのドレスはあった?」

「こちらのものでしたら、丈つめでなんとか背丈や腕の長さを合わせることがでます」


 そう言って十数着ほど持ってきた。


「詰めるのにはどれくらい時間がかかる?」

「そうですね、七日ほどでしょうか。物によって日数は変わりますが、どれも七日以内には仕上がります」


 それなら安心だ。なんとか間に合う。


「今年の流行りはどういったものなの?」

「そうですね。色は、若い方でしたら、パステルカラーでしょうか。夫人の方は少し濃いめの、落ち着いたものを好んでいるように思います。コルセットでくびれを見せて、パニエで大きく膨らませるのはここ数年変わっていませんね」


 わたしは誰かに嫁いでいるわけではないが、パステルカラーを着られるほど、若くはないだろう。

 となると落ち着いた色が無難か。

 最近、シャツとズボンで動くことが多かったから、襟ぐりがあいた服に尻込みをしてしまう。

 何で胸元まではだけているの! ドレスって通年通してこんな服ばっかりだし、寒々しい。


「これはどうかな?」


 なるべく色が抑え気味で、首近くまで布があるものを指差す。


「流石に色味が濃すぎる気がします。光りものはどういったものを使われるご予定ですか?」

「小ぶりのダイヤがついたピアスを」

「ご予算はどれほどでしょうか。よろしければ、宝飾具もございますよ」


 やはり少な過ぎたか。

 あと手持ちであるのは古いデザインの指輪だけだ。今時のドレスに合うようなものではない。

 大人しく、何か見せてもらおう。


「何かオススメはあるの?」

「ええ、こちらはいかがでしょうか」


 そう言って、背後の棚から持ってきたのは両掌くらいの大きさの箱だった。その箱の蓋を開ける。


「少し、派手ではない?」

「ピアス以外、使われないのでしたら、これでも控えめなくらいです」


 箱の中身はパールの髪飾りだった。

 パール自体は小ぶりなものだが、数が多いし、何より髪飾り自体が大きい。

 今まで男っぽい服装をしてきた分、普通の令嬢としての装いというものに慣れていないわたしには、いろいろと敷居が高い品物だった。


 やっぱり派手じゃない? でも、店員さんの方がわたしより絶対審美眼があるはずだし。


「一度、ドレスと合わせて試着されてはいかがですか? サイズは後で詰めるのであっていませんが、雰囲気はつかめるはずですよ」


 意を決して髪飾りを手にとってみた。


「そう、なのかな? なら、そうしてみる。さっきのは濃すぎるとして、これなんかはどう?」

「ええ、とてもお似合いになられるだろうと思います」


 指差したのはグラデーションになっているドレスだ。上の方が深藍で裾に行くに従い、淡青色になっている。


 試着するときも奥から人が出てきて、手伝ってくれた。どうやら役割ごとに人が雇われているようだ。


 ドレスを着るのが久しぶりすぎて、コルセットを締められた時、昼食で食べたものを吐くかと思った。

 その後、髪も纏めてもらった。

 紐でくくっていた髪がほどかれ、緩く結い上げられる。そこに髪飾りがつけられた。


 自分が着ているとなると面映いが、数年前に夜会で着ていたものに比べ幾分落ち着いた装いだ。これ以上、地味にするのはおかしいだろう。


「お気に召されましたか」

「ええ、これはいつ仕上げることができる?」

「そうですねこちらの商品、丈はあっていますので、あとは詰めるだけです。だいたい五日ほどで仕上がります」

「では五日後の夕方にまた来る。代金は今渡せばいいの?」

「受取日当日で結構です。今後ともどうぞご贔屓に」


 それから五日かけて引き継ぎ書類を製作し、上司殿に提出した。

 その後、トランクに荷物を詰め込み、店に向かいドレスを受け取る。そのまま馬車に乗って家に向かった。

 実に三年ぶりの里帰りだった。

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