友達②
「それはそうと、このお茶随分と変わった色をしているな」
「これは大陸の東にある国で飲まれるお茶だそうですよ」
ごちゃごちゃ考え事をしていたら、ノエルさんはお茶が気になったのか、ドレスとは違う話題を振ってきた。
興味深そうにティーカップの中をのぞいている姿は、少し幼く見える。
確かにこの国のお茶はアッサムやダージリンなど種類はあれど、色は大体同じようなものだ。
ハーブティーもあるが常飲する者は少なく、特定の種類のものしか出回っていないため薄黄色が普通。
それに引き換え今日出したお茶は鮮やかな朱色。
驚くのも無理はない。
「酸味が強いな。この前の薄緑色のお茶の方が飲みやすかった」
お茶会も回を経るにつれて、趣向を凝らし、珍しいお茶を入手するようにしてきた。
いつも同じものでは飽きると思って。
先日の物はまた違う東の国で作られているお茶だった。
ノエルさんはそちらのお茶の方がお好みのようだ。
朱色のお茶を口に含む。
甘酸っぱい味が口の中に広がった。
「お疲れではありませんか? ストレスがあると酸味が強く感じられるそうですから。わたしには甘酸っぱく感じます」
このお茶は体調によって味が変わると言われている。
甘酸っぱく感じる時は健康。苦かったり、酸っぱすぎたり、辛かったりする時は体が不調の時だ。
「酸っぱすぎて飲めそうもない。変わったお茶なんだな」
そういうと、ノエルさんはティーカップを置いた。
飲めないほど酸っぱいとなると、悪いことをしてしまった。
嫌がらせをしたつもりはないが、居心地が悪い。
「でしたら、お口直しに何か食べられてはどうですか。味の保証はできませんが、張り切って作らせてもらいました」
「君が作ったのか。もしかして、いつもそうだったのかい?」
ノエルさんがフォークとナイフを両手に持った状態で固まってしまった。
自らキッチンに立つなんて端女のようだと思われただろうか。
何も言われていないのに、咎められたような気持ちになって少し俯いてしまった。
それに気がつかなかったのか、ノエルさんの言葉は続く。
「凄いなあ。では、今日もご相伴に預からせてもらおう」
そう言ってケーキスタンドの下段にあるサンドイッチを口に入れる。
「今日も美味しい。やっぱり君は凄い」
凄い凄いとストレートな賞賛の言葉が面映ゆくて、先程とは違った意味で、俯いてしまう。
何故こんなに臆面もなく褒め言葉を言えてしまうのだろう。
ノエルさんの表情を伺うと、先程まで無表情だった彼女の顔に、僅かに笑みが浮かんでいた。
その笑みに囚われたように目が釘付けになった。
ノエルさんの微笑みはプラチナの価値がある。と思う。
滅多に浮かべることはない、希少価値の高いものだ。
それに、同じ人間と思えないほど綺麗。
「どうかしたのか? 食が進んでないようだが」
呆け過ぎていて、心配をかけてしまった。
わたしもいそいそとサンドイッチを食べる。
パンにマスタードを塗り、ハムときゅうり、レタスを挟んだだけの質素なものだ。
不味くはないが、取り立てて美味しいものでもない。
きっと、彼女なら普段から良いものを食べているだろうに、拙い料理を褒めてくれる心遣いが嬉しかった。
そのあと、中段のスコーン。上段のケーキを食べる。
スコーンを食べた時、少し硬すぎたと気がついた。
「失敗ですね」
「偶々だ。それにケーキは美味しいぞ」
彼女はケーキをフォークで一口大に切り食べた。
わたしもケーキを一口食べる。
ああ、これは失敗してない。よかった。
植物園のガラスの壁面から夕日が差し込む。
もう、お茶会はお開きだ。
ノエルさんが席を立った。
「今週中に父の領地に戻らねばならないから、暫く会えそうにない。王都に戻る日がわかれば連絡する」
そう、何気ない風に言ったものだから、思い出すのに時間がかかった。
わたしはさよならを言わなくてはいけない。
もしもの時のために。
「そのことなんですが、もし婚約がうまく成立すれば、仕事を辞めることになると思います」
「仕事を辞めるのか?」
「そうなるだろうと。本当は辞めたくないのですけれど、こればかりは仕方がないですね」
男ばかりの職場を相手が許すはずがない。
そんな分かりきったことを聞いてくるなんて、ノエルさんは婚約しても仕事を続ける気なんだろうか。
続けることが可能なんだとしたら、なんて羨ましい。
「家庭の事情に口は挟めないからな。……そうか、わかった」
ぽつりと寂しそうにノエルさんは言った。
「ええ。精一杯破談に持ち込もうとは思いますが、もしもの時は……。ノエルさん、わたしもう一度貴女に会えるように祈ってますね。御機嫌よう」
「意気揚々と破談という言葉を言われるとは思わなかったな。また会おう」
くすりと笑ってノエルさんが温室から出て行った。
声を出して笑うなんて、珍しすぎる。
いつもの唇を持ち上げる笑みではなく、可笑しそうに笑っていた。
奇跡かもしれない。それか、幻を見たのか。
知らず知らずのうちに笑いがこぼれ落ちた。
おかしな気分だ。
今なら、きっと望む未来が手に入る。そんな気がした。