贈物②
いつまでそうしていただろう。
手汗が滲んできた気がしてならない。
「セルジオさんは卑怯者ですね」
わたしは元より、フレア様に会いに行くつもりでいた。
でも、ノエル以外にそのことを伝えていない。
だから、臆病になる気持ちもわかる。
でも、だからって……。
――隣国の王弟が連れてきた従者は心を読む。
ノエルから聞いた言葉を心の中で反芻する。
心を読んで予防策を立てるなんて……。
「せこい行為だって分かってますか?」
「はい。でも、願いが叶うなら、いくらでも卑怯者になります。来て下さるんですね」
断定した言葉で言われた。
ムッとして手を振り払う。
「行きますよ。……、穏やかな人生を送りたいなら、そういうことやめた方がいいと思います」
「ほんとうに、ありがとうございます。……、マーフィー様に気持ちをお伝えにならないのですか? きっと上手くいくと思いますよ」
「っなにを!」
仰っているのですか。
羞恥で頬が赤らんでいるのが、自分でも分かる。
キッと睨み付けると、ようやく人間味のある温かな笑みをセルジオさんは浮かべた。
もう消えそうだなんて思わない。少し揶揄ったような笑みだ。
「ささやかなお礼です。長話をいたしました、では失礼します」
それはアレか? お得意の心を読んだ結果分かったこと?
だから、それは普通じゃないって。普通はもっとこう、手探りで……、そんな反則技みたいなものはなしで、気持ちを伝え合うものじゃ?
そういうのが卑怯だって言ってるんだけど!
いや、でも、相手を操ってるわけでもないから、アリなのかな?
だめだ、混乱する。
第一、本当にに心を……、ノエルの心を読んだのかも定かじゃない。
うだうだ考え込んでいるわたしに対する、一歩を踏み出せって言う、ただのお節介の可能性もあるわけで……。
笑みを浮かべたまま、去って行くセルジオさんの背を見送っていると、入れ違いにエブリーがやって来た。
「あまり見ない顔の人がいました。お知り合いですか?」
「うん。この前までの特別任務で知り合った人」
「客人でしたか。それで、今日はどこからすればいいですか?」
「今日の業務は……」
もう臨時業務はなくなっている。
ルーチンワークあるのみだ。でも、二人ですると昼までには終わってしまう。
ふと、足元に目をやると、草木に霜が付いていた。
そういや、今は冬か。春初めには決算期があるな。
早くから始めれば、後々追われることもないかも。
まだ、全部はできないけど、どうせそうそう臨時業務もないだろうし、前年のものを見本にすればいい。
毎年、ほぼ写しみたいなものだったし。今年だって、イレギュラーは香水作りだけだった。
「書類整理かな」
「うわぁ、この場所にもそんなものがあったんですか!」
驚いた様子で呻いているエブリーはもしかして、事務作業が苦手なのだろうか。
学校にも途中までとはいえ通っていたはずなのに、……。
呻くエブリーの背を押して、併設している控え室に入る。
「エブリー、ありがとうね」
「礼には及びませんよ」
書類の見本を渡す時、こっそり耳打ちすると、エブリーは照れたような笑みを浮かべた。
そういえば、エブリーはもう成人したのだろうか。出会って半年しか経っていないのに、少し見ない間に随分と落ち着いたなぁ。
みんな、成長しているし、前を向いて歩いている。わたしも、ノエルについて思い悩むのはやめよう。砕けるつもりはさらさらない。
どんな告白をすれば受け入れてもらえるのかな。
少し考えただけで、恥ずかしくて仕方がないが、それを誤魔化しつつ、エブリーに書類の書き方を指導した。
昼間にノエルに連絡を取って、就業後にフレア様に会う約束を取り付けた。
「マリオン。もう外が暗い。やはり、会うのはやめて家に戻ったらどうだ?」
「わざわざ時間を空けてもらったんだから、そんな失礼なことできるわけないよ」
憮然とした様子で、フレア様のいる部屋までノエルが案内してくれる。この時間、ノエルも休憩をもぎ取ったようだ。
白服の皆さんに迷惑をかけている気がして申し訳ない。
「ノエル。フレア様との話が終わったら伝えたいことがあるの。だから、業務に戻るの少しだけ待ってもらえる?」
扉を開ける前にノエルに声をかける。
心は決めた。後は伝えるだけだ。
ノエルは不思議そうな表情をした後、頷いた。
部屋の中には、フレア様と公爵様、セルジオさんが全員いた。
「マリオンさん。待っていたわ。そこに掛けてちょうだい」
示されたのは、フレア様の真向かいにあるソファーだった。
大人しくちょこんと座る。
ノエルが部屋の隅に移動し、睨み付けるようにフレア様を見ているのが視界に入った。
「お久しぶりです。フレア様」
「貴女はまだ、私の名を呼んでくださるのね。とっても、迷惑をかけたのに」
バルコニーで話した時にもちゃんとフレア様と呼んだはずだ。でも、もしかしたら、対面して話すのは、より一層の緊張感があるのかもしれない。
「そう呼べと仰ったのはあなたです。それとも、お友達をやめますか?」
少し意地悪をいうと、フレア様は顔面を蒼白にした。
「冗談です。人間関係がそんなにすぐに破綻するとは思わないでください」
「マリオンさん……、ありがとう」
フレア様の瞳が少し潤んだ。キラキラと輝くその瞳は青玉のように輝いていて透明感を持っている。
やっぱり、綺麗な人だ。それに、素直な子どものような人なのかもしれない。
「でも、人間関係は維持する努力も必要です。次このようなことがあれば、わたしはフレア様の友人の席を降りると思います。でも、フレア様はもうこんなこと、なさらないでしょう?」
「もちろんよ。ほんとうにごめんなさい」
「では、金輪際この事については問いません。フレア様、本日伺いましたのは、遠くに向かう友人とその家族に別れを告げるためです」
そうして、部屋の中を見渡せば、公爵様やセルジオさんと目が合った。
セルジオさんは声に出さず、口の形だけで『ありがとう』と伝えてくる。
ああ、昼間に触られたせいでばれてる。
サプライズのつもりだったのに。
わたしは、ポケットに入れていた小瓶を出してフレア様に渡した。
「これはなに?」
薄紫の液が入った小瓶を不思議そうに見つめた後、フレア様は首を傾げた。
「香水です。頂いた麝香を少し使って、製作しました。明日になれば、植物園として量の多い、公爵夫妻にふさわしいものを渡す予定ですが、今日は個人的な制作物です。蓋を開けて嗅いでくださいますか?」
フレア様は言われるがまま、蓋を開けて匂いを確かめたあと、驚いたようにこちらを見てきた。
「マリオンさん、あなた……」
「気に入っていただけましたか?」
言葉が繋げられない様子のフレア様に、問いかける。
こくりと頷いたあと、フレア様はソファーから立ち上がって、セルジオさんの方に向かった。
「ウィスタリア、これ貴方に差し上げるわ」
「宜しいのですか?」
わたしの心を読んだあとなのだから、その言葉は礼儀上のものだと嫌でもわかる。
「これは貴方が持つべきものよ」
フレア様はセルジオさんの手にその小瓶を押し付ける。
小瓶を受け取ったセルジオさんはとても嬉しそうに、幸せそうに、にこにこと笑った。




