監視
ノエルの本気を感じる。
ノエルの指示で別邸に移動させられ、そこから王宮に通う日々が、もう一週間も経とうとしている。
日に何度も居場所の確認をされ、昼は一緒に摂るし、帰りは待たせている馬車まで送られる。
挙句にフレア様の話し相手の任からは解かれて、薬草園の香水作りに戻らされている。
「思ったよりも監視がきついです」
「深夜に徘徊したのがバレたんだから仕方ないだろ。よっぽど病み上がりのお前が心配なんだろうよ」
あの日、フレア様と話した後部屋に戻る途中で、警備している兵に窓越しに見つかってしまった。
なぜ、あの人は上を向いたのか。そして、なぜ、わたしはあの場所を歩いていたのか、つくづく運がないと思う。
ただ、不幸中の幸いとはこのことで暗くて公爵様のことは見えていなかったらしい。変に噂されずに済んだ。
問題はここからだ。
それを知らされたノエルが過去にないくらい怒って、行動の一切を監視されることになってしまったのだ。
「園長、そんなこと言っても限度ってものがありませんか?」
「すこし束縛がきついとは思ってるぞ?」
一刻おきに直接様子見に来るか、同僚に動向を伝えるように言うなんて……、わたしは容疑者とかじゃないのに。
束縛なんて言葉では甘すぎる。ここまでくると、軟禁一歩手前と言えるのではないか。
「で、愚痴を言うために終業後に残ってるわけじゃないだろ? 何しに来たんだ。さっさと帰らないと次は登城できなくなるぞ」
「あわわ、それは困ります!」
何が悲しくて婚約者の家で監禁されるかもしれない恐怖に震えなければならないのか。
しかも、恋人に対する嫉妬心だったらまだしも、あれは危なっかしい幼児を相手にしている様子だった。
初めて社交場に行った時の両親以上に監視がきつい。
ノエルはわたしの婚約者であって保護者じゃないはずなのに……。
「じゃあ、さっさと帰れ」
上司殿が冷たい。
そんな、しっしと追い払うように言わなくてもいいじゃないか。
「あ、その前にひとつだけお願いが」
「なんだ?」
こっそりと耳打ちすれば、怪訝な顔をされた。
「それは必要なのか?」
「間違いなく」
「量はどれくらいだ?」
これくらい、と試験用にエブリーからもらった香水の瓶を取り出した。
それの大体の目測を用紙に書きつけ、上司殿が頷いた。
「まあ、なんとかなるだろ」
「ありがとうございます!」
やったー。なんとか捩じ込めた。
フレア様はノエルからの報告では、後ひと月ほどで隣国に帰られるという事だった。
わたしは病み上がりのせいで監視が強いし、そうでなくともフレア様との面会は阻止されるだろう。だから、きっと会えるのは帰国日前日くらい。
その日に向かって、わたしは友人にできる、今のところ唯一の贈り物を作ることにした。
「で、遅くなるなら言伝てをくれと言った私の言葉はなぜ忘れられなければならなかったのか、理由を答えてくれるのだろうか」
帰りの馬車が止まっている停留所に行くと、ノエルに無表情に詰め寄られた。
日が西へ沈む。茜色の空が約束の時間から半刻以上過ぎていることを主張していた。
「急な残業で」
「残業なら、それこそ近くにいる騎士に一言言ってくれればいい。あそこは赤服の巡回ルートにも入っていただろう」
いやいや、あなたのお仲間の白服でさえこんな私用で捕まえるのは勇気がいる。
それを他部署に言えと?
そんなことしたら睨みつけられそうだし、絶対に無理だから。
「顔見知りでない人に声をかけるなんて、職務の邪魔をしてしまう気がして、気が引けるよ」
「他人の職務にちょっとした雑務を挟むことを君が気にするとは思わなかった」
「ちょっと、それどういう意味!?」
聞き捨てならない。
わたしを他人に迷惑をかけることに戸惑いがない人、みたいに言わないで欲しい。
むっとして睨め付けると、呆れたように溜息をつかれた。
「そのままの意味だが? 私と初めて出会った時も禁域に足を踏み入れていただろう。あれは職務の邪魔どころか排除対象になるレベルのことだった」
「一年半も前のことで、しかも一度っきりのことなんだから、忘れてよ」
「何度も道に迷っている君を送り届けもしたが?」
そう言われると逃げ場がない。少しくらい逃げ道を用意してくれたっていいじゃないか。
「その時は、わざとじゃなかったよ。わざと用事を増やすのは気が引けるの」
「では、私に心配をかけるのは気が引けないのか?」
「私は幼児じゃないから、そんなに心配する必要ない!」
心配性な保護者なんて両親だけで十分だ。必要ではない。
だいたい、いままで一人暮らしで問題なかったのだから、これからも問題があるとは思えない。
「幼児でも心配だが、夕暮れどきに帰宅するのを心配しているのは君が女性だからだ。いくら王都は治安がいいとはいえ、夜に女性一人で出歩くのは危険だ」
「でも、いままで問題なかった。それに、ノエルとだって何度も夜に待ち合わせしてご飯食べたじゃない」
「それは、私がマリオンのことを男だと思っていたからだ」
「婚約してからだって、何度か夕方に帰ることがあったけど、何も言わなかったのに、なんで唐突に……」
それを言うと、眼光が鋭くなった。
言い訳のために言ったはずなのに、なんだか怒りが上昇した気がするのは気のせいだろうか。
いつもは優しそうな色合いの髪も今は闇色に紛れてくすんで見える。
冷たい色の瞳が射貫くような強さでこちらを見つめていた。
「それは私は認知していない出来事だ。それにしても、君には危機意識や、生きて行くための本能と言ったものが欠如している」
そして、重苦しいため息をついたかと思うと、馬車に乗るように促された。
そこでいつもは終わりなのだが、今日はなぜかノエルが乗ってきた。
驚いて、ノエルを凝視する。
対面の椅子に腰を落ち着けた後、ノエルは口を開いた。
「寮の部屋を引き払ってきた。明日から夜勤以外の日は共に移動する」
「なんでまた」
「送ってから、寮に戻るのは手間だからな。それに、マリオンを一人にさせるのは危ないと再認識させられた」
また事件に巻き込まれたわけでもないのに、なぜこんなことに。
一歩一歩と包囲網を狭められているような気がする。
本当に軟禁される未来が来てしまいそうだ。
あれ、でも、そういえば、世の女性は家に籠っているのが普通だったな。
上流階級ではわたしのように働きに出ていることの方が珍しい。
軟禁一歩手前の監視体制も、普通の淑女から考えると自由気ままな放任レベルのものだろう。
そう考えると、わたしの今までは背に羽が生えたような自由度だったのかもしれない。
世の普通はもっと窮屈なのだと思えば、ノエルの監視体制は優しさがある。
でも、やっぱり窮屈だと思うことをやめられそうになかった。




