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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
終章
42/50

理由①

「マリオン、起きてくれ」


 ノエルがわたしの手を握りながら祈るように呟いていた。

 目覚めた瞬間視界に入るのが愛おしい婚約者とは、わたしは恵まれている。

 ノエルの言葉に答えるように手に力を込めた。弾かれるように、彼はわたしの顔を凝視した。

 そんなに見られると恥ずかしいんだけど?


「おはよう」

 声がひどく掠れた。

 何でだろう……?

「おはよう。遅い目覚めだ。随分待った」


 そういうとノエルは、いつもはほとんど微動だにしない表情をくしゃりと崩し、泣きながら笑みを浮かべた。

 珍しい……。こんなに珍しい表情は婚約を破棄すると意気込んでいた時のお茶会以来だ。あの時の大笑いも珍しかったが、今回の方が上を行っている。


「喉が渇いているようだな。これを飲んで」


 そう言ってノエルはレモンを浮かべた水差しを差し出してきた。

 ありがたくそれを受け取り、飲み干す。水が体に染み渡るようだった。


「フレア様とお茶会をしてたはずなんだけど、なんで寝てたのかな? それになんでノエルが隣に? 部屋に入る前に別れたよね。仕事があるんじゃないの?」


 でも、もう夜明けか。もしかしたら半日以上寝てたのかな。

 窓から差し込む日差しが先程から微妙に強くなってきていた。

 昼過ぎに王宮に来て、次の日の明け方に眼を覚ますって……、。わたしだったら、ノエルが突然意識を失って半日も寝てたら心配になる。

 ノエルも心配してくれたんだろうか。だから、目が醒めるまで隣に付き添ってくれたのか。


「マリオンを王宮に呼んでから今日で三日目になる。それと、この部屋は姫様がいた部屋ではない。違う部屋に移してもらった」


 ノエルが言ったことが理解できない。特に前半部分。


「なんで、三日も……」


 疲れてた? いや、しばらく休職中だったし、ありえない。

 フレア様が心配だ。従者が誘拐されて心労で顔色が酷かったのに、そんな人の前で意識を失ってしまうなんて。しかも、三日間も。


「ねえ、フレア様に会わせて!」


 これ以上、心労をかけたくない。夢の中で泣いていた女の子の姿が頭によぎる。

 あれはわたしの作り出した夢の中の幻。でも、どうしても心がざわついた。


「できない」

「え?」


 まさか拒否されるとは思わなかった。

 いつのまにか能面に戻ったノエルの顔をまじまじと見る。

 もしかして幻聴だった? そう思いかけた時だった。


「マリオン。それは、到底、許せるものではない。絶対に」


 いつも以上に平坦な声が、わたしの聞き間違いだという考えを否定した。


 それから何度言っても、ノエルは首を縦に振らなかった。

 また、診察してくれた医師には、今日は一日ベッドから出ないようにと言い渡されてしまい、自分からフレア様のところを訪ねるという思惑も潰えた。


「昼にはまた来る。それまでおやすみマリオン」


 ノエルはそう言うと出て行ってしまった。






「ひまだ」


 丸二日も寝ていたのだから、体は睡眠を求めてない。横になりながらしばらく天井の幾何学模様の角を数えていると、ノックの音と人が部屋に入ってくる衣摺れの音がした。

 ノエルが何か忘れ物でもして戻ってきたのだろうか。そう思って、ドアの方を見ると、紫色の瞳が特徴的な男性が立っていた。


 ああ、あの色合い。セルジオさんだ。

 でも、あれ? フレア様はウィスタリアが居なくなったと言っていなかったか?

 フレア様の言うウィスタリアはセルジオさんのことだ。なんで、セルジオさんがここにいるのだろう。


「久しぶりですね、マリオンさん。巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」


 床に額ずく勢いで頭を下げられた。

 街中にいる物乞いだとてそんなに頭は下げないだろう。

 それなのに、なぜ王族の従者になるほど地位のある人がするのだろうか。

 低く見積もっても準貴族の子弟、本人自体に爵位がある可能性もある。

 この国では王族の従者とはそれなりの身分の者がつく仕事だ。隣国でも違わないと思っていたが。


「セルジオさん。顔を上げてください。それと、できればドアを開けたままにしてもらえますか?」

「もちろんです。密室空間に2人きりなど、婦人の名誉に傷が付いてはいけませんからね。お言葉に甘えて、失礼いたします」


 セルジオさんはようやく、立ち上がった。


「あの、不躾ですみませんが、なぜセルジオさんはここにいるのでしょうか? わたしはフレア様にセルジオさんが居なくなってしまったと伺っていたのですが」

「マーフィー様はまだ話されていないのですね。では、僭越ながら私からご説明いたします」


 そこから語られたのは、信じがたいことだった。

 だって、フレア様がわたしに薬を盛っただなんて。しかも、セルジオさんが隣国の王様の異母弟でフレア様の義理の兄弟って、どこから驚けばいいのかわからない。


「でも、わたし、薬なんて盛られた記憶ないですよ」


 お茶はポットから直接入れられたもので、同じものをフレア様だって飲んでいる。お菓子も同様だ。


「菫色をしたものを口に含みませんでしたか?」

「角砂糖がそのような色合いで……、でも、流石にそんなものに含まれてたらバレて解毒薬をすぐに作られるのではないですか?」


 あんなに変わった色の角砂糖、わたしが意識を失った段階で調べられているだろう。


「食紅に特殊な薬品を混ぜたもので、特定のものと一緒に摂取すると、強い睡眠作用を発現する薬が王家には伝わっています。普通の方法では到底検出できない代物です」

「フレア様がそれを使ったと?」

「間違いないでしょう」

「なぜ、そんなことを?」

「おそらく私が攫われてしまったからです」


 なぜ、セルジオさんが攫われたからといって、わたしに薬が盛られるのだろう。わたしとセルジオさんの関係は、辛うじて知り合いと言えるくらいだ。

 そこまで考えた時に、以前セルジオさんが言っていた言葉が、思い出された。


「ノエルを困らせるためですか?」

「半分当たりで半分間違いです」


 半分は当たりなのか。

 苦いものが口の中に広がった。


「彼なら困らせていいと思っていたのでしょう」

「困らせて“いい”?」


 それは似ているようで少し違う。

 確認するように呟けば、セルジオさんが頷いた。


「私は今回、お忍び中の公爵の従者という立場です。私自身は、この国で安全を保障されるような身分にありません」

「え、でもあなたも王弟なのですよね?」

「わたしは妾の子どもですから、王族に連なる者ではありません。それに、貴族でもない半端者です」


 セルジオさんは自嘲するように笑った。


「何者でもない人物を血眼で探してくれるほど、この国は親切ではない。そこで、貴女に目をつけたのでしょう」


 え、何でわたし?

 全く話のつながりが見つけられない。

 ノエルの婚約者とはいえ、わたし自身はしがない子爵家の娘だ。

 目をつけられるほどの価値はないと思うのだが。


 理解できないと思いながらセルジオさんを見ると、ここまで言って何で分からないの、とでも言うように不思議そうな表情で見てきた。


 なぜ、それだけで分かると思うんだ。わたしは、これまで王宮の端っこで草木を育てる仕事をしてただけの下っ端職員なのに。


 華々しい世界の裏側とか、人間関係など知らない。

 というか、わたしがそれに関わっているとはとても思えない。


「もっと噛み砕いて言ってください」

「すみません。たしかに、お前は言葉が足りないと指摘されたことがございます」


 さもありなん。

 わたしはセルジオさんの言葉を視線で促す。


「貴女に何かあればまずマーフィー様が動かれるでしょう」


 その言葉に頷く。

 婚約者でなかったとしても、ただの友人でも彼はきっと動いてくれるに違いない。


「それに、王宮内で貴族の子女が害されたとあっては、問題を解決しないわけにはいかない。解決方法が提示されている問題に取り組む意思がないのでは、貴族からの信頼に陰がさします。それに、高位貴族、しかも王太子の側近の婚約者、これほど打って付けの人物はいません」


 つまりは、他の人を動かすための駒として使われた?

 でも、何で……。


「……友達だって仰ったのに……」


 あの言葉は嘘だったのだろうか。


「だから、申し上げたではありませんか。彼との間柄をフレア様に知られてはいけないと」

「『友人関係にヒビが入って』しまうからですか?」


 たしかそんなことを以前、セルジオさんは言っていた気がする。

 でも、こんなにもあっさりと裏切られる友人とはなんだろう。

 セルジオさんを見ると、彼は小さく頷き言葉を付け足した。


「『大切なことに優先順位をつけておられる』方だからです」


 セルジオさんが切なそうに微笑んだ。

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