夢路④*
前半がセルジオ視点、後半がノエル視点です。
「おい起きろ」
長い夢を見ていたようだ。
薄暗い格子のある地下牢なのはそのままだが、両手両足が使える。
体に縛られていた名残で痺れがあるためまともに動かせないが、わずかに身じろぎをして意地で体を起こした。
声をかけてきた人を見ると、雲がかかった月のような淡いクリーム色の髪が、薄暗い地下で目立っていた。
「えーっと、ノエル・マーフィー様でしたか?」
普段白い隊服を着ている彼がなぜか黒い隊服に身を包んでいるのも不思議だが、助け出すメンバーに彼がいるのかも不思議だ。
近衛が動かされたとなるとフレア様はマリオン嬢を質に取ったのでしょうか?
もしそうなら、血の繋がった親族の頼みは聞かないが、マリオン嬢のためになら動けるのだと証明されてしまった気がして少し残念です。
「声を抑えろ。立てるか? 縄は解いたが……、無理そうなら私が背負おう」
背負う? 私を背負う気でいらっしゃる?
彼は心を読まれても怖くないのでしょうか?
それとも、紫の瞳の逸話を知らないかただの伝説で実話ではないと思っているのでしょうか?
こんな場所で沸き起こっていい感情ではなかったが、むくりと疼いた好奇心とわずかな苛立ちを紛らわせるため、提案に飛びついた。
「申し訳ないのですが、まだしばらく動けそうにありません。お願いします」
「では失礼する。背負うのはいいが寝てくれるなよ。寝こけている男を背負いながら動くのは骨が折れるからな」
「もちろんですよ」
人は寝ると重くなると言われている。
脱出の時に敵に見つかったら、背負いながら戦うことになるだろう。そこまで迷惑はかけられない。
私はマーフィー様の首に腕を巻きつけた。
体格が少ししか変わらない人に背負われるのは奇妙な感じだ。
でも、これ幸いと彼に接触し、心の内を聞き取る。すると、怒りと焦り、混乱が触れたところから流れ込んできた。
表情は少し固いくらいで、ほとんどいつも通りの無表情ですのに、全く内面が釣り合ってらっしゃらない。
それと、驚いたことがもう一つ。
彼は私が心を読むことに薄々感づいていますね。
薄っすら感じる嫌悪感。でも、それを上回る凄まじい激情。
なるほど、私に触れるのを躊躇わない理由が分かりました。
それほど彼を追い詰めることに成功した義姉様に心の中で賞賛を送りましょうか。
一矢報いることができましたね。ようございました。
義姉様のことで彼には少し腹が立っていたが、溜飲が下がった。
でも、叶うならば……、彼女にも私がしてもらったように幸せを分けてくれる人がいればと願っております。
***
人と触れ合うのは嫌いだ。それにこいつは心を読む。
それでも一刻でも惜しいから、隠された王弟であり姫の従者であるこいつを背負った。
心を読むという確信はない。憶測だ。
だが、ただの私生児を隣国の王が危険視するのはおかしい。普通なら同母から生まれた王弟の方が標的になるはずだ。
しかし、王弟である公爵が国王に命を狙われていると隣国に放っている間者から聞いたことはない。
なら、血筋以外に何か王族の象徴たるモノを兼ね備えているとみて間違いないだろう。
紫色の瞳。それだけでは神輿として担ぐには弱い。
なら、神話の時代の産物である心読みの能力ならどうだろうか?
伝説の再来と言われるのではないだろうか。それなら、圧倒的不利な血筋を覆しうる。
隣国の王が排除したがる理由も分からなくもない。
だが、そんな面倒ごとに国境を超えて巻き込んでくれるな。
しかも何故、よりにもよってマリオンを巻き込む。信じがたい暴挙だ。
それにしても何故、姫は私とマリオンの関係性に気がついたのか。近しい関係だと気が付いていなかったら、あのような脅しはしなかっただろう。
「答えたくなければ、答えなくていい。セルジオ殿が姫様に私とマリオンの関係を進言したのか?」
「いいえ」
是と返ってくるものだとばかり思っていた。驚きで歩を止める。
「……、ならなぜ」
「マーフィー様にとって効果的な揺さぶりをかけたのか、ですか? 放火があった日、あの時お二人の様子を怪しまれておいででした。おそらく、手の者に探らせたのでしょう」
「貴方はこちらの事情を知らなかった、と?」
そんなはずない。
彼は、姫の命令でマリオンに抱きついたことがある。その時にマリオンの心を読んでいるのは間違いない。
「いえ、知っていましたよ。それに奥方様に知られないようにとマリオン嬢に忠告もしたのですが…………、彼女には本当に申し訳ないことをしました」
なぜわざわざ姫側の人間が忠告?
わけの分からない。さっきから、話が想像もしてない方にばかり行く。
「奥様が珍しく好意を抱いているご様子でしたので、彼女には奥様と友人になってもらいたかったのです」
好意を寄せる相手に毒を盛るか普通。
私を嫌っているからといって、なぜその婚約者にまで敵対行動をとる必要がある。
「彼女も打てる手が少なかったのでしょう。公爵の私兵を他国で大々的に動かすわけにも行きませんから」
「心を読まないで貰えるか」
先程からこの男は……、自分が一人でずっと話し続けているのに気がついているのだろうか。
気味が悪いというのもあるが、背中で喋られ続けていたら鬱陶しい。心中で呟いた疑問にまで答えなくていい。
「またやってしまいました。すみません。気を付けます」
それっきり男は黙った。
再び歩き出す。地下牢から出てだいぶ経つが、まだ誰とも会わない。それほど大きな組織ではなかったから、内部の人間は全て捕縛できたのだろうか。
貴族の私邸にしても珍しいほど大きな半地下だ。迷路のようだと言ってもいいだろう。
それでも、もうしばらく歩いた場所から階段があり、そこから出れば普通の貴族屋敷だ。
しかし、階段についたところで足を止めた。
「戸が閉まっている?」
階段先の天井から光が漏れていない。
来る時、開け放って来たのだから、誰かが触ったとしか考えられない。もしかしなくとも、鍵がかかっているだろう。
しかもこの匂い
「屋敷に火を放って遁走したのではないでしょうか? 助けは来ますか?」
「黒服連中は捕縛に動いている。しばらく待たないと、助けはこない。気付いてもないだろうからね」
突入と同時に分かれて動いた。もしかしたら、地下牢があることも黒服はまだ把握していないかもしれない。
「えっと、奥の方に行ってガタガタ震えて待つことにします?」
「燻製になる可能性はわずかでも排除したい。立てるか?」
「え、あ、はい。もう手足も痺れてませんから、ここまでありがとうございました」
熱せられて赤くなりかけている戸の部分を見る。まだ鉄が溶けてはいないから可能性はある。
魔法使いではないから、魔力など微々たるものだ。それでも、呪文を唱えることで少し補助をすると、わずかながら使える。
さっと手をかざして戸に使われている鉄を冷まして、鍵穴を探る。
よかった、まだ変形してない。細心の注意をしながら魔法で作り出した氷で細工すると、かちゃりと音がした。
「あいた」
ほっとした。
開ける前に踏みとどまって後ろにいる人物に声をかける。
「這い出して右側にガラス戸がある。伏せた状態で出て、決して煙を吸い込むな」
黒煙が出ていた場合、吸い込みすぎると意識を持っていかれたり、体が麻痺して動かなくなったりする。
それに毒性も強いことが多いから、直接火に焼かれずとも死ぬことさえありえる。
この前の火災の時は棟自体が燃えにくい作りだったためそれほど煙を気にする必要がなかったが、今は一階がどのような状態かも分からないから必要な忠告だろう。
ちらりと背後を振り向くと、頷いている男の姿があった。
よし、行くぞ。もし、柱が焼け落ちていた場合は、私が先に道を作らねばならない。
酷い状態でなければいいが…………。
もう一度、戸に使われている鉄を冷却し、一気に押し上げた。
視界は最悪だが、辛うじて火の手はこちら側にはそれほど回ってなかったようだ。壁の一部が焼け始めているが、まだ間に合う。
だが、立ち上がるのは危険なほど煙が立っていた。
仕方ない。勢いをつけて窓に体当たりし、ガラスを割る。大きな音がして、窓ガラスが砕け散った。受け身を取り、芝生の上に転がる。
その後すぐに、続くようにしてセルジオが飛び降りてきた。
咄嗟に立ち上がり、受け止める。
「思い切りがいいな。怪我を恐れて躊躇するのではないかと思ったが」
「ガラスで切ったくらいでは死にませんから。それよりマーフィー様がピッキング能力を保持してたことの方が不思議ですよ」
「……、仕込まれたからな」
前回、黒服の任務の助っ人に入った時に、なぜか仕込まれた。しかも、その仕事には全く必要のない技能だった。
当時は、なぜ盗人の技術を習得せねばならないのかと憤ったものだが、いつ何が役に立つかわからないものだな。
「とりあえず、帰るぞ」
早く婚約者を目覚めさせる方法を吐かせなければいけない。
人はどれほど食事を食べずに生き続けられるのだろう。
水差しを口元に運べばわずかに嚥下すると言っていたが、固形物は取れていないはずだ。
もうマリオンが眠り始めてから丸二日経っている。医師は水さえ補給していれば一週間は死なないと言っていたが、心配だ。
どうしても急く気持ちが抑えられないでいた。




