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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
一章
4/50

友達①

 今日は待ちに待った女友達とのお茶会。

 朝早くから起きて水やりと草抜きをした。

 普段ならそこから薬草を天日干ししたり、機材の点検をしたりするのだが、今日は約束があるため必要最低限しか仕事をしない。


 正午に温室で待ち合わせしてるから、それまでに用意をしないと。


 待ち合わせ場所にしている温室の扉を開けると、そこには上司殿と後輩、あと数人の同僚が見えた。


「何か会議でもありましたか?」


 温室管理の人だけでなく、上司殿や他の数人の顔触れを見ながら首を傾げる。

 もしかして、わたしは会議をすっぽかしてしまったのだろうか。


「いや、何もない。まあ、頑張れよ」


 上司殿は何を頑張れと言っているのだろう。不思議だ。


 仕事のことだろうか。それとも婚約者か。

 後者だとすれば大きなお世話だ。

 他の面々も口々に大丈夫だとか頑張れとか言ってから、温室を後にした。


 ぽつんと取り残されたような形になった。本当に皆して何なのだろう。


 人気のなくなった温室をぐるりと見渡す。他の面々と一緒に温室の管理人も出て行ったため、貸切状態だ。

 しかし毎度のこと。

 それまで温室を使っていたとしてもノエルさんがくる前に皆散っていく。


 女子会の空気に耐えられないのだろうか。


 まさか、……いつも利かないあの人達が気を?


「どうでもいいか」


 噴水の前に少しくすんだ色のテーブルを移動させてテーブルクロスをかけた。

 その上に一輪挿しの花瓶、カトラリー、ケーキスタンドをセットし、テーブルの隣にワゴンを置く。

 その上にティーセットを置いて準備完了だ。


「これでいいかな?」


 ケーキスタンドの中身は借家で手作りしたものだ。

 淑女の趣味というには微妙なものだが、実用的で気に入っている。


 準備をしていると随分時間が経った。

 日の陰り具合から多分温室に来てから、一刻は過ぎただろう。

 いつもならとっくにノエルさんが来ていてもおかしくない時間だ。何かあったのかな?


 用意し忘れているものがないか確認しながらも、何度も温室の扉の方に目を向けた。




 随分待ったせいか、湯の温度が下がってしまった。

 扉の方を見ても、まだ来る気配がない。

 でも、もうそろそろだと思う。

 ノエルさんは真面目な方だし、約束をすっぽかすなんてしないはず。


 冷めた湯が気になるな。

 やっぱり、湯を替えに行こう。


 便利なことに温室には給湯室があり、いつでも湯を沸かすことができる。

 しかも、魔石が置いている。

 魔石は、魔法を使えないわたしにとって素敵な便利グッズだ。いちいち火をくべる必要がない。

 魔術師や魔法使いと言われる人は平気で空に火を出したり、水を出したりするらしいが常人には無理だ。

 魔石を使い沸かした湯をポットに入れてテーブルに近づくと、長身の女性が立っているのが見えた。


「先に座ってくださってよかったんですよ?」


「茶会の主催者の許しを得ずに席についていいものか思案していた。次からは座らせていただくことにする」


 少し低い落ち着いた声が耳朶を打った。

 ノエルさんはいつも礼儀正しい。品行方正を絵に描いたような人だ。

 初めて会った時は、歳上だというのに敬語を使われたものだから、居た堪れなかった。

 これでも随分砕けた方なのだ。


 軍服を着ていてもわかるすらりとした肢体。薄氷のように淡い水色の瞳。端整な顔立ちな上、無表情でいることが多いため、少し近寄りがたい。

 氷柱のような雰囲気を唯一緩和しているのが、彼女の髪だ。

 肩下まで降ろされた髪の毛は柔らかい薄めのクリーム色で、温かみがある。


「何かありましたか? 今日は非番でしたよね」


 せっかく熱いお湯を入れてきたのだから、さっさとお茶を淹れるに限る。

 蒸らし過ぎて渋くなってしまっては嫌だ。

 ポットから鮮やかな朱色のお茶をティーカップに注ぎ入れた。


「ちょっと家族からびっくりするような手紙をもらってね」


 お茶を自分とノエルさんの前にそれぞれ置く。


「まだいいと言っているのに、婚約者を決めたそうだ」


「奇遇ですね。わたしも似たような手紙を家族から貰いました。数日前の話ですけど……」


 世の中にはこのような偶然があるのか。興味深いことだ。


 それにしても、わたしより歳上だというのに、婚約話が来るとは流石美人なだけある。

 極端な美貌は年齢さえも超越してしまえるのかもしれない。

 だが、それなら丁度よかった。話の流れ的に彼女にドレスについて聞ける。


「そのことで、ノエルさんに相談したいことあるのですが」


「私に協力できる範囲なら何でも聞いてくれ」


 快い返事に私は悩みを打ち明けた。


「既製品で背が高い婦人用のドレスを扱っているお店って知ってますか? 男性でも着られそうなくらいの大きさの。なにぶんドレスなど自分で購入したことがなく、どうしたものかと思っています」


「マリオンは私が、女性用の洋服屋に行く質だと思っているのか」


 ひんやりと冷気が漂ってきて、ぶるりと震えた。

 声を荒げていないが怒っているのは間違いない。

 何が彼女の逆鱗に触れたのかは甚だ謎だが、恐ろしい。

 わたしより拳一つ分は大きい彼女ならきっと、いい店を知っていると思っただけなのに。


 もしかして彼女は休日も軍服を着込んでいるのだろうか?

 上は白い詰襟ジャケット、下は白色のタイトなズボンにブーツ姿を休日も着ているのを思い浮かべた。とてもありえそうだ。


 そう考えると、わたしたちは似た者同士かもしれない。


 なるほど、それなら仕方がない。

 わたしだって同じことを聞かれたら苛立つ。

 知ってるはずないだろうというに決まっている。


「すみません。無神経でした。では、誰かそういう事にお詳しい人はいませんか?」


「嫌味かと思ったぞ」


 別にそんなつもりは微塵もなかった。

 わたしの性格はそれほど悪くないと自負している。少し、読みが甘かっただけだ。


「知り合いに二、三いるにはいる。彼らに、条件に見合う店を聞いておこう。分かり次第、文を書く」


「そうしていただけるとありがたいです」


 彼らと言うことは彼女の同僚だろうか。

 騎士仲間が誰かは知らないが女性はそう多くないだろう。


 と言うことは、長身の彼女や奥様へのプレゼントで使うことがあるのだろうか。


 でも……。ちらりとノエルさんを見た。

 凄く姿勢がいいし、ティーカップを傾ける動作でさえ優雅だ。


 王宮内では、互いのファミリーネームは基本的に聞かない。

 それは、個人の能力や経験値によって、与えられる地位が違う事に不満を抱かせないためだ。

 王宮内で働くためには、準男爵以上の爵位が必要だが、出自がはっきりしている者で有能な人物なら、農民だろうと商人の倅だろうと叙爵され、働くことができる。

 滅多にないが元平民の上司に貴族の部下という組み合わせもある。

 そうなった時、爵位を笠にして上司の指示に従わないことがあってはならない。そのため出来たルールだ。

 高位貴族の縁者なら周知の場合もあるが、皆一様に知らないふりをする。

 だから、この暗黙のルールに従ってノエルさんのファミリーネームを聞かなかった。


 でも、なあ。完全に爪の先まで貴族って感じのノエルさんの知り合いって、漏れなく貴族だよね。


 はたして、貴族が出来合いの服を選ぶだろうか。

 わたしの家みたいな寂れた子爵家でも、針子や宝石商を邸宅に呼ぶのに。

 雰囲気で貴族とわかってしまうほど高貴な身分だろうノエルさん。その友達に既製品を扱っている店を知っている人などいるのだろうか。


 ノエルさんの好意はありがたいが、期待はしないでおこう。

 自分でも探さないと。

 そう思いながらティーカップを傾けた。

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