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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
四章
38/50

夢路②*

前半がフレア様視点、後半が王太子の視点になっています。

 かしゃんとカップが落ちて割れた。


 ぐらりと傾ぐマリオンさんの体を、部屋に控えていた騎士が支えた。


「おい、大丈夫か?!」


 騎士は軽く揺すってもマリオンさんに反応がないのを確認すると、私のことをキッと睨みつけてきた。


「一体なにをした!!」

「お兄様を呼んでちょうだい。取引をしましょう?」


 なるべく平静を装いながら、そう声をかける。声が震えてはいけない。どこまでも傲慢に、隙を見せるな。


 私は、邪悪に見えるように笑みを浮かべた。


「貴方では話にならない。王太子をお呼びになって」






「お前、なにをした」

「なにも。証拠などないでしょう?」

「お前以外に誰がいるっていうんだ」


 兄である王太子が、怒鳴りたいのを必死で抑えている様子を鼻で笑う。


「取引をしたいなど、犯人だと公言しているようなものじゃないか」

「私はマリオンさんの解毒薬を知っているので、取引をしたいと申し出ただけで、毒を盛ったとはこれっぽっちも言ってないわ。私が持参したものに毒物はなかったでしょう?」


 蓋が開いたままになっているシュガーポットをぼんやり眺めながらいう。絶対にボロを出すわけにはいかない。


「だとしても、だ。盛られたばかりの毒物の解毒薬を知っているなど、おかしいだろ。もし本当に無実なら、さっさと解毒法を提供すればいい」

「私も何度も申し上げているはずだわ。この取引を飲んで頂けるのでしたら、中和剤を差し出しますと。解毒薬を知っているのも、たまたまよ」


 足元を見られてはいけない。いかに無茶な要求であったとしても、不利な交渉であったとしても、気持ちが負けてしまっては、得たい結果は得られないのだから。

 この方法をとると決めた時、私は覚悟も一緒に決めた。望んだ結果が得られるのなら、友情がなくなったとしても、構わない。


 ウィスタリアに平穏を与えることこそ、私が今ここにいる意味。この国に来た意味なのだから……。


「埒があかない。それで? お前は何を望む気だ。地位か? 栄誉か?」

「あなたは変わらないのね。そんなもの、今はもう必要ない。必要なのは、王弟を保護するための騎士と滞在許可よ」

「おう、てい?何を言っているんだ? 王弟なら隣室にいるだろ」


 そう、正当な王弟は公爵である夫だけだ。だが、もう一人隠された弟がいる。

 地位の低い妾妃の子どもなど存在自体他国に知られるわけにはいかない、と隠された王弟が。


「王族として認められている正当な王弟はね」


 この国にも妾妃はいた。それが彼の国に居ないとは限らないではないか。

 幸いにして私の母親は伯爵家の生まれだったから、腫れ物を扱うように遇されたが、妾といえど隠されることはなかった。

 だが、ウィスタリアは違う。


「この国でも妾の子どもは母親の爵位で扱いが変わるわよね。私も王女としてではなく、貴族の子どもとして育てられたわ。でも、それが平民なら? この国には居ないけど、奴隷なら? その子どもは王宮でどんな扱いをされるのかしらね」


 母親の地位で全てが決まる。平民として、ましてや奴隷としてならどんな扱いを受けるのか。王の血を引く子どもを平民や奴隷のように扱うのか。王侯貴族の巣窟で?

 地べたを這うような境遇であることは想像がつくだろう。


「まさか……」

「そのまさかよ」

「なんて火種を持って帰ってきたんだ!」


 頭を抱えている兄を横目にウィスタリアの現状置かれている立場に想いを馳せる。


 宮奴と言われる王宮に仕える奴隷の女の子ども。それがウィスタリアの出自だ。

 それなのに、王族の血を引くと一目でわかる瞳の色をしていた。菫よりも淡く柔らかな、でも確かに紫の瞳。それは、王や夫の青に一雫紫色を足したような瞳の色よりも、よほど明瞭に血の濃さを物語っていた。


 それに、ウィスタリアは本当に心が読める。物語として伝えられるほど昔、建国の王が使っていたと言われている魔法を、彼だけが使えてしまう。


 後ろ盾なく、誰よりも王の素質を持つ者。それを厭わない、煩わしく思わない権力者はどれほどいるだろう。


 後ろ盾があっても、素質もそうなくても腫れ物を扱うようにされてきた経験から、ないと言い切れてしまう。

 権力者でなくとも、地位のある者に目をつけられるのが嫌で、関わり合いを拒絶することがほとんどだ。


「ここしか、彼が生き残れるところがないと思ったからよ。成人して完全に臣下に降ってしまったら、命が狙われることはないわ。でも、それまでに暗殺されるか、王権簒奪の旗印にされかねないと思ったから……、だから、私はここに来たの」


 遠くに逃げた末の弟を連れ戻し、殺すほど王は残虐ではないと信じたかった。

 欲深い佞臣はいないと思いたかった。


 だが、それは叶わなかった。

 私は震えそうになる声を叱咤しながら、兄を睨め付ける。


「近衛の一部を貸し出して頂戴! 隣国の王族の命がかかっているのよ!」

「ノエルを呼べ! それと黒服の隊長もだ!」


 事態の重大さに気がついた王太子が、焦ったように部屋の脇に控えている侍従に指示を出した。



 ***



 国際問題に発展するのは不味い。いくら隠されている後ろ盾のない末の王弟だとしても、だ。

 とんでもない爆弾を持って帰ってきたフレアの首を絞めたくなるほど苛立ちが募る。だが、それもまた国際問題に発展しかねないから、唇を噛むことで自分の苛立ちを紛れさせるしかない。


 ノエルと黒服の隊長を呼んでいる間に、正規の王弟がフレアの部屋に入ってきた。戸惑ったようにベッドで臥しているロペス令嬢とフレア、俺の間に視線を彷徨わせていたが、溜息をつき、フレアの側に付いた。


「先走ったことをしたな」

「方法が思いつかなかったんだもの」


 疲れたように呟いた王弟を見て、もしかしたら彼は何も知らされていなかったのではないかと思った。

 フレアは俺と二人でいた時に比べて幾分表情に隙ができた。

 泣きそうな、困ったような表情。それは、今まで一度だって俺の前で見せたことのない表情だ。

 俺の前ではいつも小馬鹿にしたように嘲笑するか、人形のように完璧な微笑で感情を表に出さなかった。弱みを曝け出すようなマネは絶対にしなかった。


 あいつがあんな人間みたいな顔ができるなんて……。目の前のことが信じられなくて、時間が止まったような気がした。

 しばらくして、ノエルが部屋に入ってきた。

 ノエルは扉を蹴やぶるようにして入ってくると、そのままベッドで寝かされているロペス令嬢の元に駆けて行く。

 そのすぐあとに黒服の隊長も室内に入ってきた。室内のメンバーを見て眉をひそめたその察知能力は流石としか言いようがない。


「お呼びと伺い馳せ参じました」

「隣国の従者の一人であるセルジオという青年の救助を命じる。部下を連れて極秘裏に捜索しろ」

「なぜ、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 黒服の隊長の質問も尤もなものだ。

 近衛兵は王族や他国の賓客の護衛をすることはあっても、その賓客の召使いや自国の貴族を護衛することはない。そういうものは衛兵の仕事だ。


「隣国の要人だ。これ以上を今は語れぬ」


 余計な情報を与えて間諜に聞かれでもしたら不味い。

 全て解決してから、各隊の上層部に情報の一部を開示するつもりだ。その一部の内容をどこまで含むかだが……。


 考えすぎて頭がズキンと痛んだ。

 視界の端でノエルがしきりにロペス令嬢に何か語りかけているが、起き上がるそぶりはない。だんだんとその声が焦りを含んだものから、嘆くような湿っぽいものに変わっていく。


 くそッ! 頭がいてぇ!


 なんだって恋人同士を引き裂くような真似するんだ!

 いや、分かってる。あいつが嫌いなのが、俺とノエル、あと親族関係の貴族ってことくらい。だから、ノエルに関係する、直接ダメージを与えられる相手を巻き込んだってことは。

 だが、配下からは、フレアはロペス令嬢を好いている様子だと知らされていた。珍しく、下僕ではなく、友人として接してると報告に上がっていた。


 だから、すこし油断していたのだろう。見張りはいるが毒味もさせなかった。

 その結果がこれか!


「ノエル、お前も黒服の隊長の指示で動け!」

「いえ、殿下。しばし休暇を貰いたく。マリオンをこのままにしておけません!」

「働いてないと碌でもないこと考えるだけだ。ロペス令嬢を目覚めさせる最速の方法は、お前がそいつにべったりくっつくことでも、後悔や懺悔することでもない。誘拐犯を見つけてそこの馬鹿に解毒方法を吐かせることだ」


 それだけ言うと、俺は侍女や侍従に眠り続けているロペス令嬢の面倒を見るよう言伝て、その場を後にした。


 近衛兵を動かすのだから、国王にお目通りをして事情を説明せねばなるまい。

 今日何度目か分からないため息を吐いて、謁見の間へと向かった。

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