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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
四章
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余暇③

 結局、香水は渡されたままになった。

 別れの記念に貰ってくださいとのことだ。意味がわからない。

 でも、振られた相手からプレゼントが返品されても居た堪れない気持ちになるのはわかるので、大人しく香水の件は引き受けた。貰ったからには少しでも役立てられるように詳細に感想を書くことにしよう。


 ものに罪はないのだから、使わないという選択肢はわたしにはない。


 さっそく頸と手首に香を垂らした。

 匂いは少し強めかな、もう少し濃度を抑えてもいいと思う。

 くどさはないけど、付けすぎると酔ってしまう。

 効果時間は大体半日くらい。でも、汗と混じって最後はあまりいい匂いとは言えないかな。

 やっぱり、トップノートとラストノートで別れてて、麝香は最後の方でわずかに感じられる程度か。


 思ったことを、紙に書き連ねていく。


「皮膚への炎症もないようだし、及第点かな」


 あとは少しの調整で何とか形になりそうだ。

 となると、わたしの役目はどういった類の香水が好まれるのか意見を出すことか。

 せっかく、隣国の客人であるフレア様の話し相手という、絶好の立場にいるのだから、好みを探ることもできるはずだ。


「はずなんだけどなあ」


 机の上にペンを投げ出し、呻く。

 今日で休日が十日目に達してしまった。

 暇すぎて干からびそう。


 今のわたしは接待役に任命されていて、一時的に薬草園の職員としての任を解かれている。それなのに、ちょくちょく顔を出していては職員に迷惑だ。

 やることもなく、行き場もない。

 何かやることでも見つけられたら、気を紛らわせられるけど。


 あれ? そういえば、ここら辺に……。

 机の上にある小物入れを開けると中途半端に刺繍が施されたハンカチが出てきた。


 数ヶ月前、ノエルに渡そうと思っていたハンカチだ。

 今まで人にあげたことのないものを考えていて、思い浮かんだのがレースと刺繍だった。

 男性に渡すのにレースはおかしいと思って刺繍にしてみたが、思ったように縫取りが出来ず、手元に置いたままになっていたのだ。


 フレア様の話し相手に抜擢されたり、色々慌ただしかったから、忘れてた。


 ギリギリ及第点レベルのハンカチを手に持ち、溜息をつく。

 時間もあることだし、縁取りをしてからノエルに渡そう。どうせ、しばらくしたら仕事に復帰させて貰えるだろう。

 そうすれば会う機会もあるのだから、その時に渡せばいい。

 幸いに刺繍糸は種類が揃っていた。さっそく手に針を持つ。


 慣れない作業に没頭していたからか、気がついた時には夕方になっていた。手元が暗くなってようやく気がついたほどだ。

 凝り固まった体を伸ばした後、気分転換に夕食の買い出しに出た。


 あと何日、休暇が続くのか。今まで昼間はあまり家にいなかったから、食料の買い置きが十分ではない。

 休みがしばらく続くのなら、まとめて買い物をした方が楽な気がする。だが、実際、休みがいつまで続くとも聞いていないので、明日明後日で呼び出される可能性を考えれば、買い置きは物が傷みそうでできない。


「ふう。重っ」


 紙袋を抱え、借家に帰ろうと歩いていると、前から荒々しい運転の馬車がやってきた。

 周囲にいる人のことなど御構い無しで、速度を緩めず、走り抜けてくる。


「ひっ!?」

「危ない」


 真っ直ぐこちらに走って来る様子に、一瞬足がすくんだ。轢かれると思ったとき、後ろからシャツの襟ぐりを掴まれ、後ろに引っ張られた。

 たたらを踏んだあと、尻餅をついてしまい、痛みでお尻が痺れた。でも、馬に轢き殺されるよりよっぽどいい。

 目の前を凄い速度で馬車がかけて行った。辻馬車のような形だが、窓に黒いカーテンがかかっていて、外から内の様子を窺い知ることはできなかった。それに御者も帽子を目深に被っていて人相がわからない。

 不気味な馬車が目の前を通り過ぎるのを眺めた後、頭上からする音で、誰かが隣に立っていることに気がついた。


「ったく。荒々しい運転だな。おい、大丈夫か?」

「は、はい」


 ささっと立ち上がって礼を言う。

 随分と上背のある人だ。わたしより頭一つ分くらい相手の背が高い。


「おう、そりゃよかった。転ばしてしまって悪かったな。ちょっと慌てちまって」

「いえいえ、助かりました。轢かれるよりよっぽどいいです」


 ぺこりと頭を下げて、転がった袋を拾う。尻餅をついた拍子に落っことしてしまったのだ。

 食材が傷んでないか後で確認しないと。


「じゃあな。気をつけろよ」

「は、はい」


 ぺこりと頭を下げた。頭を上げると、遠ざかって行く男の背中が見えた。


 ここの付近に住んでいる人かな。でも、あんな背の高い人、見たことがないと思うけどなあ。

 まあ、どうでもいいか。臀部に鈍い痛みを感じながら、袋を腕に抱えて借家に急いで帰った。



 そういえば、あの馬車、私の借家の方から来たけど、どこから来たんだろう。

 わたしの借家は貴族街ではないが、その境目付近にある。

 あそこより向こう側って、貴族の邸宅と城くらいしかないけど、貴族なら馬車の一つや二つ持っているだろうし、辻馬車にはならないはず。

 貴族街との平民街との境にある中央広場から人を乗せてきたのかな。


 少し疑問に思ったが、考えすぎだと思い直した。

 放火に巻き込まれたから神経質になってしまっているだけだよね、きっと。

 それより、今晩のご飯は何にしようかな。


 夜ご飯の内容を決めるため、腕にかかえた紙袋を覗き込んだ。

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