余暇①
火事があった日から休暇が出されている。
何日も唐突に休みが出ると暇なものだ。こんな長期休暇いつぶりだろう。
「半年前のノエルとの顔合わせ? でも、あれは自分で申請したし、これとはちょっと違う」
用事もあったし。でも、今回は、本当に何もすることがない。
暇で暇で仕方がない。
「だからって、休日にここに来るのは完全にワーカー・ホリックだよね」
お久しぶりの植物園の執務室の扉前。扉をノックすると、上司殿がちょうどいたのか、返事が返ってきた。
「失礼します」
さっと室内に身を滑りこませる。
資料に顔を向けていた上司殿が、顔を上げ、驚いたのか動きが止まった。
久しぶりの上司殿は少しだけ窶れていた。わたしが受け持っていた仕事の皺寄せが来ているのだろう。
「お前、休みだろ」
「暇すぎて来てしまいました。香水作り進んでいますか? やはり生花がないのが鬼門ですかね」
「いや、それはエブリーが時期外れに花を咲かせたから問題ない」
エブリーは植物の魔法は問題なく使える。確かに、彼にかかれば時期外れの花を狂い咲かせるのも、容易いことかもしれない。
身近になかったから、魔法の活用法に気がつかなかった。
「エブリーが……」
そういえば、振ってから会っていない。
気まずくなるだけだから、会いたいとは思わないけど、あの時もうちょっと言い方があったと今ならわかる。好きな人に圏外って言われるのが堪えるって知っていたら、もっと傷つけない言い方を考えた。
「なら、わたしがいたところで何もできませんね。香水の調整も城下の技術者が主体となってしていることでしょうし。できることと言えば、どのような香りを好んでいるのか、直接フレア様に尋ねることくらいでしょうか。でも、今は休暇中だからそれも無理です。早く働きたいなあ」
「休めるときに休んでおけ。それに事件があった後だろ? 姫様だって気を遣ってくださってるのだろうよ」
火事の犯人は未だわかっていない。
狙いすましたかのように、階段がある部分を中心的に燃やされていたことから、内部犯が考えられる。でも、奇妙な点が何個もあって、まだ目的さえはっきりしないらしい。
「暇すぎると余計なことばかり考えてしまうので、忙しいくらいが丁度いいです」
「どうした? らしくない。落ち込んでいるのか?」
落ち込んではいる。でも、婚約者に相手にされてなくてとは言い辛い。
だから、何個かある考えたくないことの中の一つを掬い出して話すことにした。
「落ち込んで……。どうでしょう。そういえば、わたしの婚約の仲人は王太子様だそうですよ。この前、ノエルに伺ったのですが。そうと知らず、王太子様と会ってたらどうしようかとは思ってます」
「どうしようって、もう何度か出会っているのを、今更どうする気だ?」
「え?」
「は?」
もしかして、と思っていたけど、まさか本当に会っていたのか? しかもその時、上司殿もいたの?
いつのこと?
驚きすぎて固まった状態のまま聞き返すと、上司殿も固まっていた。
「まさか、今まで気付いてなかったのか? 嘘だろ?」
「いつ、どこで!? わたし、何か失礼なことをしませんでしたか?」
いや、その場面で嫌われていたら、側近であるノエルとの婚約を強引に推し進めたりしないか。でも、何があったのかわからない。
血の気が引く思いで、上司殿に縋る。
「大したことを話してない。ノエル殿と友人関係にある人物が気になられたようで、植物園にいらしていただけだ」
「でも、大した会話もしてない人物に縁談話なんて持ってきますか、普通」
持ってこないですよね。絶対に。
しかも、行き遅れの女の縁談なんて、お気に入りの部下に持っていく内容ではない。揶揄いや嫌がらせの類ならありえるけど。
「いや、会話は少ししかしてないが、面白がって何度も出入りしてたからな」
「何を面白がる要素が……」
「似た者同士の噛み合わない会話をだ。こっそり、お前とノエル殿の様子を窺ってらしたぞ」
何のことだかわからない。
しかも、似た者同士とは何だろう。わたしと彼ではまるっきり何もかも違うではないか。一緒なのは貴族で王宮で働いていることくらい。
花形部署の美形と末端部署の行き遅れでは、重なるところはほぼない。
「ほら、お前、ノエル殿のことを女だと思い込んでただろ? て、まさか、まだ思ってたりするのか?」
「いえ、それは先日、勘違いに気がつきました。それがどうしたんですか?」
恥ずかしいから、さっと目を逸らして答える。
そうだ、上司殿の前でも、ノエルのことを女性だとして何度も話した。もしかして、その話を王太子様にしたのか?
ちょっと恨みそうになりながら、話の続きを促す。
「面白いことに向こうもお前のことを男だと思っていたようでな」
初対面で男に間違われるのはよくあることだ。今更驚いたりしない。
「また、でしたか。皆さんよく間違われますよね。服装のせいなのでしょうけど」
「そのダボダボの服を着てればそうなるよな。だが、彼はそこから一年近くも勘違いしたままだったぞ」
「は?」
数度会ったら女だと大体の人は察してくれる。
たまにしか会わない人なら、ずっと間違われたままでもおかしくはないが、わたしはノエルと頻繁にお茶をしていたはずだ。
どこにいった。わたしの女子力。
「えっと、いつ、彼はわたしが女だと気付かれたのですか?」
「顔合わせの時だと。ほら、お似合いだろ?」
「……、たしかにお似合いですね」
引きつった笑みを浮かべて、それだけ言うのが精一杯だった。
間抜けさと迂闊さがお似合いだ。
「そのお似合いな二人を陰で笑ってたんですね。園長も王太子様も人が悪い」
「そう怒るなって。殿下がいてくれて助かったこともあるんだし」
「行き遅れのことですか。別に、いざとなったら独り身でもと腹を括ってましたよ」
「それもあるが、エブリーの親父殿のことだ」
唐突に思ってもみなかった人物が話に上がった。数ヶ月前クレームをつけに来た御仁がどうしたというのだろう。
上司殿はニヤっと片頬を持ち上げ、歪な笑みを浮かべた。
「ほら、国家権力様様だっただろ」
「まさか……」
「そ、そのまさか。ここには、王太子様がよくいらしているので、見られたら品性が疑われるのではないですか? と言ったら一発で逃げ帰った」
あの時、顔を青白くさせて逃げて行ったのはそれが理由だったのか。でも、それって脅し……。
「勝手に名前を使われたと知られたら、怒られるのではないですか?」
「報告済みだ。ちなみに、お咎めなし」
「そうですか」
公認の脅迫だったらしい。
王太子様は本当にタチが悪い方のようだ。
「わたしの婚約も悪ノリの一環ですか」
「いい話だろ。将来有望株の婚約者。しかも、束縛してこないし、理解もある」
「まあ、そうですね」
仕事に理解があるのはありがたい。でも、束縛されないのは、わたしに興味がないからではないか。
口の中に苦いものが広がる。
それを顔に出さないようにして、笑みを浮かべた。




