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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
三章
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露見①

 部屋に入ってすぐ回れ右して出て行きたくなった。


 今日は夫婦お揃いなんですね。それなら話し相手にしかなっていないわたしはお暇させてもらえませんか?


 少しおっかない公爵が席についていた。ここに来てから一週間ほど経つが、日中揃って部屋にいるのは初めてだ。


「おはようございます。フレア様」


 公爵と直接、言葉を交わしたことはない。

 紹介もされていないのに、格上のものを直接名前で呼ぶのは不敬とされている。

 どうしたものかと思いながら、ちらりと目線だけを公爵に向けた。


「そういえば紹介していなかったわね。これは夫のルチアーノ。ルチアーノこちらはマリオン・ロペスさんよ」

「はじめまして、ではありませんね。以前お会いいたしました。私はルチアーノと言います。母国では過分にも公爵の地位を与えられております」

「近衛隊長と評議員の議員を兼任もしているのよ。仕事人間でしょう?」


 仕事人間と言うか、本当にそれ人間なの?

 王弟だから、名誉職的なものかもしれないけど、それにしても役職を掛け持ちすぎだ。

 普通の貴族なら領地運営だけでもてんてこ舞いになる。それなのに領地運営の片手間に他の役職もこなしているなんて。

 なんとも答えることができずに乾いた笑いが漏れた。


「ご紹介に与りました。わたしはマリオン・ロペスと申します。実家は郊外に領地を与えられた子爵で、今は王宮の薬草園で働いております。よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 公爵はすっと手を差し伸べてきた。

 握手か。でも、わたし手袋とか嵌めてないんだよね。

 使用人同士の握手なら素手でも気にならないが、貴人となると戸惑われるのは、なけなしの令嬢としてのプライドのせいか。どうしよう、と腕を中途半端に上げた状態で、彷徨わせていたら、向こうに無理やり手を取られた。


「何か疾しいことでもあるのですか?」


 えっと、なんで握手をしなかっただけでやましいこととなるの?


「フレアに立ち食いを勧めたことや……、他にも」

「え、ど、どこでそれを!!」


 まさかフレア様が報告したのか。そう思って、フレア様の方を見たが、「あら、なんで貴方が知ってらっしゃるの?」と言っていることから、告げ口したのは彼女ではないことが分かる。


「他にはなさそうですね。私の国では相手の体の一部に触れる事は信用の証です。つまり手を出している相手を無視する行為は自分にやましいことがあると自白しているようなもの」


 どう言う事なのだろうとフレア様の方を見る。


「事の発端はこちらの国では王族の始祖は心を読めたことによるものなの。手を取ったり体に触れたりすると相手の考えを読み取れたらいしわ。だから、二心がある人は絶対に王族の人の手を取らないの」

「心が読めるからですか? でもそれはお伽話ですよね?」


 魔法には法則がある。基本的に生命体に関与する魔法はないとされているのだ。

 例外が植物に関する緑の魔法と治癒魔法。

 心を読むのは魔法の範疇ではない。


「王は心が読めると言われているわ」


 言われているとは、なんとも中途半端な答えだ。本当に心が読めるなんて、とてもではないが信じられない。

 だが、あまりの気迫とまだ握られ続けている手が話に妙な真実味を持たせていた。じっとりと手汗が滲む。


「わたしが手を取らなかったのは手袋をつけていなかったからです。申し訳ございません。そのような意図はありませんでした」

「そのようですね。私も少し、神経質になりすぎていたようです」


 ずっと顰めっ面だった表情がわずかに和らいだ。

 地の表情がおっかないわけじゃなかったんだ。なんで警戒されてたんだろう。


 ようやく離された手は緊張で汗ばんでいた。



「それと、フレアを立ち食いに誘うのはやめてください」


 しっかりと釘を刺されてしまった。


「すみませんでした」

「マリオンさん、謝る必要はないわ。久しぶりに楽しかったもの」


 くすくすと笑いながらフレア様が公爵の頬に手を添えた。


「貴方は心配性すぎるわ」

「だが、何かあったら……」


 困ったように眉を寄せながら、公爵はフレア様と見つめあっている。部屋の中に入ってきた時とは違う意味でお外に出たくなってきた。

 なるべく二人を視界に入れないように、視線を斜め上に向ける。


 それにしても、何かあったらって、わたしはそんなにフレア様に悪影響を及ぼす存在だと思われているのだろうか。

 だから、睨まれていた? それだったら今も睨まれていてもおかしくないし。いや、もう立ち食いなんて絶対に勧めないけど。なんなら、過去、令嬢として生きてきた時の記憶をフル稼働させて、それなりにまともな振る舞いをするつもりだけど。

 とりあえず、目の前の雰囲気がピンク色になる前に現実世界に戻ってきていただこう。


「もうはしたない行動は絶対にいたしませんので、ご容赦いただけませんか?」

「注意している理由がわかっていないことがわかりました。貴女とは膝を突き合わせてお話する必要がありそうです」


 えっと、わたし何か地雷を踏みましたか? 先ほど和らいだはずの雰囲気が硬化した。

 フレア様の方を見ても、驚いたような表情をしているだけで、助けようともしてくれない。何かおかしなことを言ったっけ?





 そこから半刻ほど常識講座が行われた。もちろん主導は公爵だ。


「お分かりいただけましたか?」

「はい……」


 分かったけど、その常識は間違いなく、わたしには関係のない世界のものだ。

 どこの世界に毒味役なしでの飲食の危険性について知っている子爵令嬢がいるのか。いるかもしれないけど、そんな人は王族の食事の場に控えている一部の侍女だけだ。


「えっと、フレア様も一服盛られたことが……?」


 ふふと誤魔化すように笑われた。えっ、王宮怖い。

 まって、それって隣国の話だよね? それともこの国で?


「マリオンさんと立ち食いをしたことで、一つ学べたことがあるわ」

「何ですか?」

「たまたま入った店の食べ物はとっても安全だということを、よ。だって、仕込む時間もないんですもの。毒味の必要だってなかったわ。あの時、私があそこにいるって、誰も知らなかったからできたことでもあるのでしょうけど」


 公爵も渋い顔をしているが、なるほどと納得した。


「フレアが珍しく不用心なことをしたと思っていたが、考えがあったのだな。だが、やはりもう控えてくれ」

「偶々だから大丈夫だと思っただけよ。頻繁にすると向こうも何をしでかすか分からないから、対策が取れないものね」


 向こうってどこのことだ。

 恐ろしすぎて、会話に入っていく気になれない。とりあえず、今後絶対に立ち食いも食べ歩きもしないでおこう。


「ロペス嬢もよろしいですね」

「分かりました。今後絶対にそのような不用心な真似にフレア様を付き合わせないと、誓って申し上げます」

「理解していただけてよかったです」


 そう言って公爵はゆるりと頬を緩めた。

 張り詰めていた空気が弛緩し、周囲を見る余裕ができた。

 そこで、ようやく壁際にフレア様の護衛役として婚約者がいることに気がついたのだった。

 彼も王族の護衛をする部署に所属しているから毒味役がいる食事風景など見慣れているだろうし、もともと高位貴族だから物騒な話もよく知っていそうだ。


 先日からわたし墓穴掘り過ぎな気がするよ。

 食べ歩きをするはしたない上に危機感のない女認定されてしまった可能性を考えて、心の中で深くため息をついた。


 うん、もう絶対に立ち食いも食べ歩きもしない。

 絶対にだ。

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