後任②
わたしのいる薬草園は植物園の管轄の中でも職員が二人しかいない寂れた場所だ。
しかも、もう一人は御歳八十の老父。この前ぎっくり腰になって今は養生している。
彼に新人の指導をしてくれと言うのは酷と言うものだろう。
「ぎりぎりの人数で回してるからなあ。他から人を引っ張ってくるには無理があるし。今からでも募集をかけてみるか。お前が辞めても辞めなくても、薬草園には人がもう少し必要だろう」
確かに老父が休んでいる間、わたしの休みはゼロだ。
植物は水をやらねば枯れる。それに、手入れや草抜き、薬草の採取、乾燥とやることはいっぱいある。
流石に週一回は昼までしかいないが、それでもここ十日間ほど連続出勤している。
「引き継ぎは、今やってる作業の確認。器具の操作法。年行事に使われる植物と用途、育成法を紙で纏めて出すように。俺にはわからない分野もあるだろうから、必要だと思ったものも纏めろよ。家に引っ込む前に渡しに来い。当分は俺が代わりに薬草園の様子も見ておいてやる」
「暇人なんですか?」
「俺のことを言ってるのか? 無茶苦茶忙しいに決まってるだろ。経理できる人材がいないせいで園の書類関係は半分以上俺に回ってくるんだぞ。それに定期報告会もあるしな。植物園の実務だけ見れば少なそうに見えるかもしれないが、雑務が多すぎる。だから、見るって言っても検品や品種改良まで手は回らないと思え。水やって雑草を間引く位しか出来ないからな」
確かに、日が暮れた後もこの棟には灯りがついている事が多い。
思ったよりもこの職場はブラック気質なのかもしれないな。
「園長こそ助手を雇わないのですか?」
「予算が下りない。今年は薬草園の爺さんが休みがちだったから。給与が浮いているだけだ」
財源を握る部署にこの植物園は軽視されているのだろうか。
王宮という華やかな場所で働いているはずなのに、金が悩みとか世の中は世知辛すぎる。
「書類や金の管理ができる部下は欲しいが。お前の部署の方が色々まずいだろ? 今月入ってから休みの日数数えたか? 二日だ。もう月末だってのにほとんど一月働き詰めで休みの日数がなさすぎる」
そこまで言われてようやく気がついた。
老父が休みがち過ぎて定休日を何度も逃している。十日ほど前に休みをとったが、それ以前に休んだのはいつだったか。
夕方仕事終わりにノエルさんとご飯食べたり、昼で仕事を切り上げた時にお茶会をしたりしたが、一日中遊んだ記憶も、出かけた記憶も最近ない。
と言うか、彼女と会うのでさえ七日に一度くらいだ。
そして、それが一週間で一日だけある半休の日だったりする。
「わたしって思ったより働き詰めだったんですね」
「一日あたりの時間が短かったから気付かなかったのか? 呆けすぎだろ」
呆れたように上司殿はため息をついた。
いや、それ本当、自分でも思ってます。わたしってかなり鈍いらしい。
「確かにそうかもしれません。では人事の件、そのようにお願いします。新人を雇った後、指導できるか分かりませんから、なるべく丁寧に書類を書いてきます。失礼します」
部屋を辞す時、後輩と目があった。
全然存在感がなくてもう帰ったとばかり思っていたが、もしかして彼も上司殿に何か報告があったのだろうか。そうだとすれば、随分待たせてしまった。
わたしの方が後から来たのだから、わたしが待てばよかったのに、随分余裕がなかったようだ。
待たせてすまないと後輩に軽く謝ると、彼は気にしてませんと答えた。
そして、婚約上手くいくといいですねと宣った。
さっきの話を聞いていてわからなかったのか。わたしは仕事を辞めるつもりはない。
だから、絶対上手く行ってもらったら困るのだ。
無神経なことを言ってくる後輩に睨みを利かせると、また悲鳴を上げられた。
その声はなぜだか小馬鹿にしたかのような嗤いを含んでいるように聞こえた。