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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
二章
24/50

告白②

 ティーポットの中に入っている冷めたハーブティをカップに入れる。

 カップの淵をなぞり、ランタンの灯りをハーブティに向けた。


「このハーブティの色は青いんだよ」


 炎の色が映って赤っぽく見えるが本来の色は空のように鮮やかな青色。

 唐突にそんなことを言ったせいか、エブリーの動きが少し止まった。


「……それが何か?」

「このハーブティは酸味のあるものを入れると紅茶と似たような色に変わるの」


 わたしが初めてそれを飲んだ時とても驚いた。たしかにストレートで飲むのとレモンを垂らすのでは少し味に変化は出る。でも、そんな味の変化はささやかなものなのに、色の変化は劇的で真反対のものになっていたのだから。


「でも、色が変わったところでこのハーブティの名前も本来の味も変わらない。エブリーだって魔法が使えても使えなくても、わたしにとっては大した違いなんてない」

「僕の魔法はこのティーで言うところの色と同じですか」


 エブリーは自分の空になったカップを見下ろす。不思議そうに首を傾げるその幼げなようすに、笑いがこみ上げてきた。

 さっきまで気を張って話していたのが嘘のように、子どもらしい反応だ。


「色を個性と思ったらいい。個性というと大層なものに聞こえるかもしれないけど、特定の人を表す言葉の一つでしかないのだから」

「意味が分からない」

「エブリーならそうだね。わたしの後輩で、髪は赤銅色、眼は緑色、背はわたしより低くて……、ちょっと繊細。そこに魔法という特徴がつくかどうかだけ。ただの個人を識別する判断材料でしかない。そう考えると魔法を使えなくなるなんて、髪の毛が全部抜け落ちて禿げになるのと同じ重みしかないと思えるんじゃないかな?」


「そ、それ、十分な重みですよっ。ははは、は」


 励ましたつもりだったのに、笑われてしまった。真面目に言ったつもりだったからちょっと恥ずかしい。

 それにしても、そんなに髪の毛の価値は重たいのか。知らなかった。

 どうせ歳を取れば毛は薄くなるし、男性なら若ハゲもいる。いっそ、青年のうちに禿げてくれれば、顔の見分けがついて楽なのに。

 でもみんなスキンヘッドになるとそれはそれで見分けがつかない気もする。


「でも、少し気が楽になりました。相談に乗って下さってありがとうございます」

「どういたしまして。わたしではアドバイスもあげられないけど、吐き出すだけで少しは軽くなることもあるかもしれないから、また何かあったらいつでも言って」


 日が暮れて随分と経つ。ランタンの火を頼りにティーセットを片付け、帰る準備をする。


「そういえば、先輩は寮に住んでませんよね? どちらに帰られるのですか?」

「城下で民家を借りているの」

「ということは、屋敷ではないのですね。こんな夜に女性の一人歩きは危険です。送らせていただきます」

「わざわざいいのに」

「いえ、元はと言えばこんな時間まで付き合わせてしまった、僕のせいです。それに、僕も寮ではなく別宅に住んでいるので、少し遠回りするだけですから」


 少しではない。貴族の邸宅がある場所を抜けたところに庶民の家があり、その一角にある民家を借りているのだから、結構な遠回りになる。

 だが、それを言ったところでエブリーは引かなさそうだ。


「なら、お願いするね」


 仕方なくそういうと、エブリーは嬉しそうににこりと笑った。





 中央広場を抜け、しばらく進んだところで借りている家が見えた。

 わたしが借りているのは使われなくなった小さな民家だ。部屋というには広いが、市井の家の中でも小ぶりな家で、貴族にとっての一室分くらいしか敷地がない。だが、水回りもしっかりしていて気に入っている。


「もう借りてるところが見えたから、ここまでで大丈夫。送ってくれてありがとう」


 そう言って、手を振って別れる。そのつもりだった。


 それなのに。

 ねえ、何で腕を掴んでいるの?

 はしりと掴まれた手首を振り返ってまじまじと見つめた。


「何か言い忘れたことでもあった?」


 視線を腕から外し、エブリーの方を向いた。

 もしかして、他にも何か相談したいことがあったのでは? そう思って聞いたのだが、そうではないらしい。

 う、とか、あっ、とか不明瞭な声が漏れている。

 なんだろう。お腹でも痛くなったのか?


「先輩。僕、先輩のこと好きです! 付き合ってください!」


 あれ、今、幻聴が……。まだ、若いと思ってたけど、ついに耳が遠くなってしまったか。耄碌したものだ。

 老い先長いというのに辛い。


「先輩! マリオン先輩! ちゃんと聞いてください!」


 ついつい空の星を眺めていたら、また空耳が……。

 いや、もう諦めよう。わたしはそんなにお年寄りじゃない。


「わたし言ってなかった? 婚約者がいるって」

「直接は伺ってません!」

「それって知ってはいるってことだよね!? どうしてそれで告白しちゃおうとするの?」


 頭痛がする。

 どうして年増に言い寄るんだ。しかも、婚約者付きの。


「婚約者がいても構いません。そんなことで、僕の気持ちは変わりませんから」

「わたしが構うの。知り合って数ヶ月しか経ってないのに、好きもなにもあるの?」

「僕は先程の先輩の言葉で救われました。それで十分です」


 さっきのお悩み相談のことか。そんなこと、それなりに後輩思いな人なら誰だってする。と思う。たぶん。


 わたしは何の選択肢を誤ったのだろう。


「わたしとあなたじゃ年齢差がありすぎる」

「歳で相手を決めるのですか」

「歳は重要な結婚条件に含まれるよ。わたしがエブリーの成人待ってたら行き遅れに拍車がかかる」

「僕はあと数ヶ月で成人を迎えます。だから、問題ないでしょう!」


 思ったていたよりも歳が上だったようだ。それならそれでもっと分別を持ってもらいたい。

 それに、あと数ヶ月だろうが未成年は対象外だ。


「問題ありまくり。わたしは婚約者と別れる気なんてない。だから言い寄ってこないで」

「婚約者なんてどうせ政略結婚なんでしょう。僕じゃダメなんですか」


 悄然とうつむく様は少しかわいそうになる。だが、それを慰める気はちっとも起きなかった。


「婚約者に不貞を疑われたりしたら困る。だから、今の台詞はなかったことにして」

「嫌です」

「なっ!」


 即座に却下されるとは思わなかった。

 若者の形振りの構わなさは恐ろしいものがある。略奪愛が許されるのはロマンス小説の中だけだと学んできて欲しい。


「だって先輩さっきから婚約者のことを全く話さないじゃないですか。普通、婚約者のことを好いているのならそう口にするはずでしょう? だから、歳だけが不服なら成人したらもう一度、告白します。だから、せめて今は僕が貴女を好きだということだけ心に留めておいてください」


 ガツンと頭を殴られたような気分になった。

 わたしはノエルを最上の婚約者だと思っている。ただ、恋をしているかと言われれば分からない。いい人だとは思っているが、それが恋情からくるものか親情からくるものなのか判断に困る。

 もしかしたら、わたしはノエルに友情に近い何かを感じていて、それを恋心だと思い込もうとしているだけなのかもしれない。


「留めておくつもりはない。もう遅い。だから、要らないことを口走ったんだ」


 動揺しているのはばれなかったようだ。

 わたしが言ったことが衝撃だったのか、エブリーは泣きそうにくしゃりと顔を歪めた。

 その瞬間に緩んだ手から腕を抜き、手を振った。


「ばいばい。おやすみ、エブリー」


 わたしは振り返らずにその場を早歩きで去った。そうしないと、エブリーがまた付いてくる気がしたからだ。無駄な恋心など砕け散らせるに限る。

 わたしにとってエブリーは部下で後輩。それだけだ。


 ただ、エブリーに言われたことが胸に痼りのようにつっかえていた。

 もしかして、愛していない人と婚約し続けるのは、結婚するのはいけないことなのだろうか。不誠実なのだろうか。

 わたしはノエルのことを本当はどう思っているのだろう。近くにいると緊張するし、彼の言葉に胸が跳ねることもある。ただ、それは慣れない人にどぎまぎしているだけだったり、滅多にない女の子扱いに舞い上がっているだけではないのか。自分のことが自分で全く分からないし、信用できない。

 わたしはちゃんとノエルのことが好きなのだろうか。

 ぼんやりと空に浮かぶ月を見上げてから、家の中に入った。


 その月は、淡いクリーム色をしていた。

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