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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
二章
23/50

告白①

 酔いそうなほどの匂いが風に乗って少しだけ散る。

 ふうと息を吐きながら、お気に入りのお茶を淹れてエブリーの前に座った。


「待たせてごめん。ついでにお湯も取ってきた。ゆっくり話を聞きたいし、一緒にお茶でも飲まない?」


 もうとっぷりと日が暮れているが、さすが王宮、薬草園は離れた施設なのに、足元が困らない程度には明かりがある。

 でも、せっかくのハーブティーの色が分かりにくいか。


 今日は数種類のハーブを掛け合わせたオリジナルティーで、日の光の下で見たら真っ青な色が楽しめる。

 色が見えないことを少し残念に思いつつ、一口飲んだ。


「もし味が渋かったり、酸っぱく感じたら蜂蜜持ってるからいつでも言って」

「そんなものをいつも持ち歩いているんですか?」


 くすりと笑う声がする。

 暗いからあまり表情が分からない。


「僕の家は魔法伯と言われる魔術師の家系なんです。でも、当主である父に魔法の才能がなかった。だから、父は魔法に執着しています」


 魔法伯とは馴染みのない言葉だが、きっと魔法の名家のことだろう。ならば自分が魔法を使えなかったことは苦痛だった筈だ。

 エブリーは植物を操る魔法をよく扱うけど、それ以外の魔法を見たことはない。不得手なのだと思っていたし、やっぱりと言う気持ちが強くなる。

 やはりノエルさんの言う通りエブリーには魔法使いを名乗れるほど才能がなかったのだ。


「僕が魔術師になれるくらい魔力があるって分かった時、父は泣いて喜んだ。魔術師の家系が途絶えなくて済むと。それが分かった日に父が懐中時計をくれたんです」


 得心がいったと思ったが、どうやら違うらしい。


「懐中時計って今朝使ってた?」

「そうです。貴族でも子供が持つには高価なものですから、驚いたでしょう? これは祝い品なんですよ」


 そう言ってポケットから大切そうに懐中時計を取り出した。

 その時計を見つめる表情は暗くてよく見えなかったけど、声はとても凪いでいた。


「お父様が好きなんだね」

「ええ、とっても」


 目は自分より一回りは歳下の少年なのに、その声音は少し大人びて聞こえた。何か大事な感情を押さえ込んだかのような声。


「でも、だから僕が魔法を使えなくなったことが認められない。父には魔法の呪縛が強過ぎます」

「魔法が使えない? 使えていたものが使えなくなるものなの?」


 魔法なんて才能で、魔力と才能があれば死ぬまで使えるものだと思っていた。だけど、そうではないのか。

 わたしの質問を肯定するように、エブリーはゆっくりと頷いた。


「一年前、通ってた学院でぼや騒ぎがありました。講義棟が丸々焼け落ちてしまいました」

「それってぼやどころか火事なんじゃ……」

「学院は魔法使いと魔導師の養成所ですから、火事などすぐ消し止められるので、山火事規模のものでなければぼやの範疇です。まあ、そのぼや騒ぎの中心部に僕は居ました。というか、ぼやの元凶が僕の同級生でした」


 そういって、エブリーはガゼボに置かれたランタンに魔法で火を灯そうとした。

 彼が植物以外の魔法を使うのを初めて見た。驚きに目を見張り、その火種をまじまじと見つめる。

 その火はゆらゆらと風も周りに吹いていないのに不規則に揺れ、突如大きな火柱を立てたが、しばらくすると落ち着き、小さな火種をランタンに灯すことができた。

 灯りがともり少し明るくなったことで、エブリーの表情が見えた。


「ああ、やっぱりダメだ」


 泣きそうな悔しそうな表情でそれだけ呟くと、エブリーは続きを話し始めた。


「その時間、僕のクラスは火の魔法を使う授業をしてました。規模の大きな魔法ではなかったので、室内での演習をしていました。その時、同級生の魔力が暴発して巨大な火柱が立ってしまい……、ぼや騒ぎが起きました」

「ひ、火柱!? その中心地にいた子ちゃんと生きてる?」


 戦の折に魔法や魔術が武力として使われるのだから、危険なことは分かっているつもりだったが、術者本人が日常生活で危険に晒されるとは思ってもみなかった。

 彼らは皆、生まれながらの才能でコントロールできるものだと思い込んでいた。


「死にましたよ。巻き込まれた人を含めて三人も。僕は魔法で焼かれる人をただ眺めていました。何もできずに。自制をなくした力はすぐに自分達に牙を剥く。僕はその時初めて魔法が怖いと思いました。……、いえ、今も怖いんです」


 コントロール出来て当たり前だとわたしはずっと思っていた。うまく出来なくても、魔法が発動しないだけなのだろうと、漠然と考えていた。

 だが、それは違うのだとエブリーが言う。


「あの時、僕は火を消すため魔法を使いました。でも、自分の魔力も暴発するのではないかと思うと恐くなって、魔法がうまく使えなくて、僕は火を消すことができなかった。その日からです、思うように魔法が使えなくなったのは」


「でも、よく植物に関する魔法使っているよね?」


「あの日使わなかった魔法は使えるまでに回復しました。でも、恐怖心が残っているのでしょうね。秩序をなくした火の魔法とその火を消すために使った一部の魔法が使えなくなりました。使えない属性の魔法が複数ある。それは魔法使いや魔術師にとって致命的な欠点です。はじめは、いつかは治ると思ってやってきましたが、全くそんな気配がない」


 エブリーがランタンを揺らした。それにつられて中に灯る炎も揺れる。


「さっき見せましたよね。僕はもう火種でさえ上手く使いこなせない」


 だからもう疲れたと、そう言うのだ。

 その言葉に何を返せば正解になるのか、エブリーの心を軽くできるのかわからなくて下唇を噛む。

 俯くとせっかく入れたハーブティがすっかり冷めてしまったことに気がついた。


「そんな時です。ここの募集を教員の一人が見つけてきたのは。塞ぎ込んでいる僕にここで働いたらどうだろうか、と。正直見捨てられたみたいで惨めだったけれど、もう魔法にしがみついているのも苦しくて教員と母、それと伯父に推薦状に署名を貰いました」

「だから、お父様がご存知なかったんだね。学校を辞めたこと」


 わたしが先日の件を思い出してそう言うと、エブリーはきょとんとして、次いで笑い出した。


「勘違いさせてしまいましたか。いつかは、とまだ諦め悪く思っているので、学校は休学扱いにしてもらってます」

「希望を持つのは素敵なことだよ。じゃあ火が怖くなくなったら学院に戻るんだね」

「もちろんと言いたいところですが、最近この場所も居心地がいいので、決断できないかもしれないですね。それに、魔法が戻る気配もないので、そんな先のこと考えられません」


 一抹の寂しさを覗かせそれでも笑うエブリーの顔は、泣き笑いのようで切なかった。

 だから分かった。エブリーにとって魔法は翼のようなものだと。翼をもがれた、いや風切羽を切られた鳥のように不自由なことなのだと言うことを。


「前まで使えていたのだから、きっと使えるようになるよ。悲しいことがあったから、心が整理できてないだけで」

「先輩も魔法を使えた方がいいと思いますか?」

「もちろん」


 それで自由を取り戻せるのなら、使えた方がいい。


「魔法が使えたら、エブリーが未来を考えられるようになるんだよね? 前に進むのに魔法が使えるのが必要なら、使えないと困る。過去に囚われているのは苦しいだけだよ」


 だから、最近顔色が優れないんだよね。

 それに、その前から痛々しいくらいに空元気だよね。


 わたしはエブリーのことを知らなかった。だから、彼が突飛な行動をしてもそれが彼にとっての正常なのだろうと思っていたけど、きっと違う。

 それを今頃になって分かった。もっと早く話しかけるべきだった。仕事の話だけだと相手のことが見えてこない。そのことに早く気がつくべきだったのだ。

 エブリーはついにわずかに笑みを浮かべていた口元さえ歪めた。少し嗚咽をこらえているようにも感じる。


「苦しいです。学院にいてもいなくても、かわらない」


 痛みを堪えるようにエブリーがへらりと笑った。


「でも、先輩。僕さっき、先輩は魔法が使えるのがいいと言ったのを聞いて、ちょっと勘違いしてしまいそうでした。魔法使いが魔法を使えなくなったら価値がなくなると言われたのかと思って……。魔法に囚われているのは父だけでなく僕もだったようです」



「わたしは生まれてこの方魔法が使えなくて困ったことがないから、魔法が使えない人を見てもなんとも思わないけど? でもそうだね……、それでエブリーが悩むならもう少し、分かりやすく言う努力をするよ」


 どう言えば傷つけることなく、言葉は伝わるのだろう。玻璃のように繊細で頑なな彼に伝わる言葉は何だろう。

 そう思って視線を巡らせると、先ほど持ってきたティーポットが目に入った。

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