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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
二章
20/50

逢引③

 出されたスイーツに舌鼓を打つ。

 さすが、王家御用達のお店。さっぱりとした杏ジャムとスポンジ生地に染み込ませたのだろうリキュールがアクセントのザッハトルテは、今までに食べたことがないくらい美味しかった。

 シンプルな見た目で味も複雑なものではない、だからこそ際立つ素材と職人の腕の良さ。

 ノエルも一口食べた瞬間目をわずかに見張り、驚いた顔をしていた。そばに置かれた紅茶も地方から取り寄せたブランドティーで、砂糖を入れずともすっきりした甘さがある。


「わざわざ足を運んだ甲斐があったな」

「本当に……。王宮の食堂に人材を引き抜けないのかな?」

「そう思う気持ちはわからなくもないが、わざわざ人が少ない郊外で店を開いているのも、何か理由があってのことだろう。それに、不特定多数が雇用されている王宮でレシピを流出させるとは思えない」


 ザッハトルテ自体、十年前に考案され、つい二、三年前にレシピが公開されたばかりだ。比較的新しいスイーツと言える。

 そのザッハトルテも店により様々な工夫がなされている最中で……。


「言ってみただけ。こんなに美味しいもの、あと数年はレシピを秘匿するに決まってる」

「また、食べたくなったら一緒に来ないか?」


 これはデートのお誘いだろうか。

 ただ、素面で言っているからさっきと違ってそういう意図はないのかもしれない。


「是非!」


 それに彼といるのは苦痛ではない。

 優しい婚約者になんだかんだで心を許しているのだ。

 しばらく雑談に勤しんでいると、ノエルが少し声を潜めた。


「伝え忘れていたが、あとひと月ほどしたら、しばらく会えない」

「どうして、と聞いてもいい?」


 ノエルに合わせてわたしも小声で話す。


「詳しくは語れないが、要人が王宮に来られるから、警護の配置決めを行う。時期はすまないが言えない」

「極秘の警護体制って、随分物々しいね。わかった、手紙は出しても大丈夫?」

「それも控えてもらえるとありがたい。全て済んだら私の方から連絡を取る」


 妙な言い回しだ。

 要人が王宮に滞在してしてしまえば、王宮内で噂は流れるし、隠し通せるものではない。

 警護の穴をついて刺客とかが紛れ込まないように、ぎりぎりまで内容を伏せているのだろう。要人が到着してしまえば、箝口令はある程度は解かれるはずだ。たぶん。

 それまで素知らぬふりをしていればいい。

 いつまでかかるのかわからないのは少し不安になるが。


「わかった。でも、あとひと月後だよね? それまでは手紙を送っても大丈夫?」

「もちろん。ただ、時期が早まる可能性があるから、手紙を返せなくなったら一旦出すのをやめてくれ」


 こくりと頷き、紅茶を飲んだ。

 少し冷めた紅茶が喉を潤し、窮屈な話題で凝った精神を解きほぐす。


「小麦やバター、砂糖の買い付けは誰にしたらいいのかな?」


 随分長く話し込んでしまった。この場に来た本来の目的を遂行しよう。


「それなら、従者が交渉してくれたはずだ。今頃馬車に積まれているかもしれないな」

「従者? そんな人いた覚えないよ?」

「婚約者と出かけるのに従者を連れていては無粋だと、傍迷惑な御仁が仰ったから、彼には違う馬車でここまで来てもらった」


 傍迷惑な御仁とは誰なんだろう。わざわざ本人がいない所でも敬語を使っていることを思えば、騎士団の団長とかなのかな。


「それと、小麦を撒くのは時期が決まっていて、冬に向かう今からでは少しズレるだろ? せっかくだからそれは次会う時のプレゼントにさせてくれ」

「交渉を全て任せてしまうことになるし、そこまでしてくれなくてもいいのに」

「それくらいしか、君の興味を引けるものがわからないのだから、仕方ないだろ? 因みに聞くが、宝石やドレスは好きか?」

「好きか嫌いかなら好きだけど」

「遠方の植物の種とか植物図鑑と比べたらどうだ?」

「種とか図鑑の方が嬉しい」


 ほらやっぱり、と溜息をつかれた。


「プレゼントはなるべく相手の好むものを渡すものだろう。何がいいかわからなければ、女性相手なら宝石が無難だが、君がそれ以上に好むものを知っているのに、わざわざ外す必要もあるまい」

「何故、そこまでプレゼントにこだわるの?」

「婚約者に何も贈り物をしない薄情者にさせないでくれ」


 婚約者へのプレゼント。そう考えると不自然はない。

 いや、その場合やっぱり宝石とかドレスの方が自然な気がするが、色々考えてくれているのだと、ほんのり胸が温かくなった。


「でも、そうなるとわたしも何か贈り物をしたほうがいいかな」

「マリオンからは、いままでも十分貰っている」


 何か渡したことがあっただろうか。記憶を漁っても思い出せない。


「そう眉間に皺を寄せては型がついてしまう。……やはり、気が付いてないのか」

「何か言った?」

「なんでもない」


 ぼそっと、気がついてない、とか言わなかっただろうか。でも、確証が持てないし、わたしに言いたくないことなのかもしれない。

 ほとんど無表情に見えるが、表情を読むのに長けているわたしに死角はない。これは困った顔だ。

 流石にこんな顔をされて踏み込む気にはなれない。


「まあ、贈り物をしてくれるというなら、それはそれで嬉しいが」

「何か欲しいものとかある?」

「なんでもいい」


 そんなわけない。誰だって趣味にあったものを貰った方が嬉しいに決まっている。

 と言っても、じゃあ屋敷とか高価なものを頼まれてもプレゼントできないけど。


「適当に答えないでよ。せめてヒントだけでも教えて」

「いや、本当になんでも嬉しい。いつもの物で十分だ」


 いつものって何? わたしはこの人に何を渡したのだろう。

 全くもって、わからない。ついでに言えば、いつも渡しているものとは違うものを贈りたい。無意識に渡しているものではなく、ノエルのことを考えて選んだものを。

 それには、まずいつも何を渡しているかが重要で。


「何かあげた覚えないんだけど、わたしは何を渡してるの?」

「そんなに悩まなくていい。適当なものでいいし、無理にくれなくてもいいから」


 ああ、そうやって誤魔化して!

 教えてくれる気はさらさらなさそうだ。いっそ誰にも渡したことがないものなら、プレゼントに相応しいのでは?

 それって何だ?


 全然思いつかない!

 難しい。悩んでいると注意力散漫になる。おかげで、行きと違って、帰りでは全く二人っきりを意識せずに済んだ。

 お土産というか、目的のブツである、バター、小麦粉、砂糖が入った紙袋を手渡されて、城下町に戻ってきたと気が付いたくらいだ。片道一刻はどこに消えてしまったのだろう。

 夕日に照らされた石畳は時の経過を鮮明に映し出しているわけで、わたしはどうやらノエルを置き去りにしてトリップしてしまっていたらしい。


「家まで送らなくて大丈夫か?」

「結構です。今日はありがとう」


 流石に婚約者とは言え、独り身の住居に通すわけにはいかない。わたしの容姿で間違いが起きるとは思えないが、念のためだ。

 馬車が走り出すまで見送り、わたしも家の方に向かって歩き出す。後、お菓子作りに足りないのは卵とドライフルーツ、酒。ジンジャークッキー作るなら生姜か。ラム酒とリキュールは家に常備しているし、卵とドライフルーツは明日買う予定だ。

 生姜はどうしようか。そういえば、植物園にあった気がする。

 あんまり褒められた方法ではないが、少し失敬させてもらおう。市場に出回っているものより、成分がしっかりしているだろう。

 そうと決まると、帰路を急ごう。小麦が入った紙袋を抱えるのは少し重い。

 借家に荷物を置く時には、秋の終わりだというのに額にじんわりと汗をかいていた。




 保管庫から乾燥させた生姜のかけらを二、三もらう。直に鞄に入れては匂いがつきそうだったから、ハンカチに包んだ。


「珍しいな。お前が保管庫からものを持ち出すなんて」


 上司殿の声が聞こえて、飛び上がりそうになった。心を決めて、背後にある扉の方を振り返ると、手に紙束を持った上司殿が立っていた。逆光になって顔色を読めないのが惜しまれる。

 誤魔化しても大丈夫? 余計に咎められたりしない?

 でもここで誤魔化さないと、始末書を書かされたりとか……。


「で、何を取ろうとしたんだ?」

「これです。すみません」


 ばれてしまっては仕方がない。そうそうに観念して、解放してもらおう。

 ハンカチの結びを解いて生姜を見せると、なぜか紙束をぱらぱらとめくり何か書き込んだ。


「今度からは勝手に取ろうとするなよ。まあ、今回は何に使うつもりか言ったら、くれてやってもいい」


 そう言って、紙束から顔を上げた上司殿は非常に悪い顔をしていた。


「お咎めはなしですか?」

「生姜は基本、秋の収穫物だろ? そこにあるのは一年前のものだ。いくら乾燥していても半年以上保存していては、風味も効果も落ちる。だから、前年度の分は研究用の分量を除いて破棄することになってる」

「なら、用途なんて一々聞かず分けてくれてもいいじゃないですか」

「何言ってんだ。廃棄量もこの通り、紙に記すことになってるに決まってるだろ。王宮内のものは植物であろうと、備品と同じ位置付けだぞ。実害がないから、理由だけ言えば俺が適当に報告書をまとめてやるって言ってやってんだ」


 報告書とは手に持った紙束のことだろうか。

 いままで保管庫から植物を失敬している同僚が何人かいた。まさか、こうやってわざわざ報告書にまとめていたとは知らなかった。

 皆んなやってるから大丈夫だろうと思っていたが、どうやらわたしは間が悪かったらしい。

 仕方なく上司殿に、知り合いに甘さ控えめなジンジャークッキーを作るために忍び込んだのだと、間抜けな理由を話して解放してもらったのだった。




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