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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
二章
19/50

逢引②

「少し場所を変えたい、付いてきてくれ」


 そう言うが早いか、ノエルはわたしの手を掴んですたすたと歩き出した。

 通りに馬車を止めてあったようで、入るように促される。御者はいるが、中に人はいない。

 個室で二人っきり、そう思うと頬が火照った。

 わたしが乗り込むのを確認すると、ノエルは御者と二、三言葉を交わし、自らも馬車に乗り込んだ。

 馬車の外に鋭い視線を向けている。

 しばらくすると鞭の音とからころと車輪が地をかける音、張り詰めた神経を緩めるように息を吐き出す音が聞こえた。


「誰かに追われてた……?」

「違う。悪趣味な野次馬がいただけだ、わざわざ追ってくることはないだろう」


 有名人は大変だ。外に出ただけで人を引き付けてしまうらしい。

 それにこの容貌だ。

 顔の見分けがつかないが、それでも優れた容姿だと言うことはわかる。さらさらの髪、騎士のくせに乙女達に嫉妬されそうなほど白い肌、睫毛も長いし、瞳の色も凍えるような色合いだが、透明感があって綺麗だ。容貌に惹かれる人も多いだろう。


「大丈夫か? 急がせたから気分が悪くなったのか?」


 まじまじと無言で見ていたせいか、少し心配させてしまったらしい。無表情のままだが、瞳が少し揺れている気がする。

 じっと見つめ合うこの状況は恥ずかしい。


「だ、だいじょうぶ。ちょっとぼんやりしただけだから」


 流石に貴方の顔面を見てたなんて言えっこない。


「だが、顔が赤い」

「気のせいだから!」


 ぷいとノエルから顔を背けて、窓の外を見るようにする。沈黙が落ちた。からからと車輪の音だけが聞こえる。

 しばらくすると少し気分が落ち着いた。

 窓の外からノエルに視線を戻す。


「これどこに向かってるの?」

「郊外にあるパティスリー・シャムル。王宮にも焼き菓子を卸しているようだから、いい材料を譲って貰えるかもしれない」

「王宮って……。わたしの作るお菓子はそこまで繊細な味してないから、普通の小麦やバター、砂糖で十分なんだけど」

「せっかくだから、材料もこだわってみたらどうだ? 中心市街地にも有名なパティスリーやベーカリーがあるらしいから、素材も近場で揃うのだろうが、せっかく二人揃っての休みだ、少しのんびり話をしたい。パディスリー・シャムルはカフェテリアが併設されているらしいから、お茶でも一緒にどうかと思ってな。嫌だったか?」


 その聞き方はずるい。

 もう馬車は走らせてしまった後だし、プラン自体は嫌ではない。ただ、会うのが二回目の人と二人っきりで長時間一緒にいるのが気恥ずかしいだけで。


「ううん。ケーキ巡りは一度行ってみたいと思ってたけど、仕事で時間が取れなくて。滅多に時間が取れないし、遠くの場所のものを食べられるのは嬉しい」

「そう、よかった。片道一刻近くかかるから、独断で馬車を動かして不味いことをしたかと思っていたから、そう言ってもらえると助かる」


 それにしても、手慣れている。デートの下調べをしていることもだが、下手な観光地よりも人が少なそうな郊外をチョイスしていることが。

 家柄がよく、花形の職につき、尚且つこの顔だ、寄ってくる蝶が多かったのだろう。

 そのくせ、婚約者は私だ。よほど結婚に興味がないのか、綺麗どころに飽きて悪食になったのか。

 少し失礼なことを考えながら、この人が婚約者でよかったと思った。

 楽だ。リードしてくれるし、表情はあまり動かないが優しく、嫌味がない。それに何より、理解がある。

 彼がわたしを婚約者として認めた理由は気になるところだが、恋人と結婚相手に求めることは違うと聞いたことがあるし。きっと何かノエルの琴線に触れる事項で及第点が取れたのだろう。何かはさっぱり見当もつかないが。


「そこで使用されている小麦は渡来品で甘みの強いものらしい。バターは自家製でこだわっているようだ」

「わざわざ調べたの? 凄い。舶来品の小麦か……、ここでは根付かないものなのかな?」

「せっかく一緒に出かけるのだから、楽しんでもらいたいと思ってな。小麦に食いつくとは、植物園で働いているからか?」

「どうなんだろう、考えたことがなかった。昔から食べられる植物は好きなの。いまじゃ笑い話だけど、子どもの頃は農業開発からの領地改革を夢想してたから」


 女の子は後継になれないとわかる時まで、ずっと。

 少ししんみりした気分になった。それを振り払うように、続けて言う。


「と言っても、品種改良をする所はまた別なんだけどね」


 わたしが配属されているのは薬草園だ。舶来品の研究や飢饉対策は植物研究所で行われている。

 わたしが過去に憧れたものと何故少し違う所で働いているのか、

 それは――

 やっぱり、辛かったから。

 植物園なら女性でも受け入れてくれる。そう思う一方で、家で挫折したことをし続けるのは苦しかった。

 でも、植物に関する仕事がしたくて、中途半端に薬草園の職員に応募した。


「仕事ではなく、趣味でしてみてはどうだ? わざわざやりたい事を諦める必要はないだろう。何事も続けていたら役に立つものだ」

「そ、うかな?」


 無謀だと笑われると思っていた。だから、笑い話に自分からしたのだ。

 本当はやってもいいと、言って欲しかったのかもしれない。


「当たり前だろ。結婚しても領地を継ぐのはまだまだ先になるが、その時に何か農作について聞くこともでき……」


 そこで、ノエルは言葉を詰まらせた。息は乱れていないのに、顔に赤みが増した。


「いや、ちょっと気が早かった。聞かなかったことにしてくれ」


 何を、と思って気がついた。

 さっき、結婚っていった!

 それに気がつくと、顔を直視しているのも居た堪れなくなって、馬車の窓を覗き込んだ。

 きっと頸まで赤くなっているから、顔を隠したところで無駄だと思うけど。


「……ありがとう」


 やりたい事をやっていいと言ってくれて。

 小声だったし、窓から外を見ながら言った言葉だから、ノエルに聞こえるとは思わなかった。ただ、感謝を心に留めることができなくて、口から零れ落ちた。


 からからとなる車輪の音に紛れて「どういたしまして」とノエルの声が聞こえた気がした。

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