逢引①
ノエルと同じ名前の女性がわたしの友人にいて、その人からの頼みでお菓子を作る予定なの。だから、週末に買い物に行くつもりなんだけど、ノエルにも何か作ろうと思って、好きな食べ物とか教えてくれる?
意訳するとそんな言葉を連ねた手紙を認めて封をし、適当な騎士に手渡した。よく考えるとわたしは彼が住んでいる場所を知らない。お見合いの時に聞くのをすっかり忘れていたのだ。
有名人すぎて誰もが知る人だから、婚約者と同じ騎士に渡せば間違いないだろう。
宛名はフルネームで書いてしまったが、彼のことを知らない人は潜りだ、暗黙のルールにも当てはまらない。
騎士もやけに笑顔で手紙を渡すことを頼まれてくれた。
そして翌日の就業時間、上司殿を通してなぜかデートの誘いが来てしまった。
いや、デートなのだろうか。一緒に買い出しに付き合ってくれる旨が手紙の最後に記されていたのだ。
因みに、彼の特別好きな食べ物はないらしい。残念だが好き嫌いはないとあったので、甘さ控えめなジンジャークッキーでもプレゼントしよう。
「園長はわたしの婚約者と懇意の間柄なんですね。今度から手紙渡す時、頼まれてくれますか?」
受け取った手紙を読みつつ、園長の方をちらりと見るとにやと笑われた。
「俺が透かして中身を見ていいならな。逢引する時にでも宛先を聞けばいいだろ」
別に手紙の内容を読み上げていたわけではない。だから、手紙の内容を知っているとなると。
――――見たのか。人の手紙を無断で!!
手紙の封蝋は剥がれていないし、封自体も切られていない。小細工がすぎる。
下世話なことに無駄な能力を使うのはやめていただきたい。絶対に彼を経由して手紙を出すのはやめようと心に決めた。ついでにノエルにも忠告しておこう。
とうとう週末になった。
待ち合わせ場所に指定されたのは大聖堂付近にある噴水だ。借家から辻馬車を拾い向かっているのだが、予定より四半刻ほど早く着きそうだ。
ちらりと自分の身なりに目を向ける。ふわりと夏らしいフレアスカート、その下には編みブーツを履いている。上は衿と袖口に銀糸で刺繍された絹のブラウス。上品なものだが、貴族的ではないしどちらかというと商家のお嬢さん的な服装だ。目的が買い物なのだから、身軽でいいだろう。そう思いたい。
手持ちでこれ以外の服は、男物数着とこの前のドレス、あとは同じようなスカートとワンピースだけだった。貴族の子女が普段着にするような、ちょうどいいドレスの持ち合わせはなかった。
この前のドレスとて顔合わせに着るレベルの衣装ではなかったのだし、それには何も突っ込まれなかった事を思えば、きっとそんな事を気にする質でないのだろう。いっそ、お忍びだと思ってくれれば万々歳だ。
そうは思ってもやはり気になるもので、髪だけでもと思い、いつもの一つぐくりではなく、髪を編み込みハーフアップにしてみた。
慣れない服装はちょっと気恥ずかしいが、二人で歩くなら最低限女として見られる格好をすべきだろう。
大聖堂前の大通りに降ろして貰い、噴水の方に歩いて行くと、休日とあって人がごった返していた。
これはちょっとまずいかも。
人波に飲まれるほどではないが、数えるのも面倒なほど人がいる。それも、若い男女が。
ちらほら貴族かと思える仕立ての良い服を着ている人も見えるとなれば、頬に冷や汗がつたうのは仕方ないだろう。
どれ? いえ、誰がノエル!?
人の顔を見分けるのが極端に苦手で、未だに職場のほとんどの人を服の形と階級章、髪色で見分けている。
普段なら王族の警護をしているノエルは友達のノエルさんと同じ白服のはず。でも、今日はどんな服で来るかわからない。この前の顔合わせでは黒い服を着て髪を括っていた。
もし全然違う服装で来たら分かる気がしない。
噴水に近付きちょっと悩んだが、向こうが見つけてくれるだろうと信じて、適当に人間観察に励むことにする。
貴族の人がひとりふたり。あ、あそこの人はきっとカップルね。お忍びなのかな?
わたしと同じような町娘姿の女と少し大きな服を着た青年がにこにこしながら話していた。服の生地は麻でサイズもあっていない。そこだけ見ると家族のお古でサイズが合っていないようだが、よく見ると汚れもなく服が真新しい。
それにカップルの両方とも粗末な服では隠せない気品に溢れていた。
特に男性側は、子爵令嬢であるわたしよりもよっぽど動きに華がある。あれは子どもの頃から躾けられたからできる動きだ。
もしかして、上位貴族と下位貴族のカップルでご家族の賛同を得られていないから、密会でもしているのかな? でも、何か違う。
女性の方が少し周囲を警戒しながら、男性と話している気がする。動きは上品だが、少しぎこちない。視線も男性だけに向けられていないし、時折退路を確認するような動き、何より男性を守るような位置に立っている。
気のせいかもしれないが、彼女の本職は護衛か何かだろうか。女性の護衛とは珍しい。
じっと奇妙なカップルを見ていたら、カップルの男と目が合い、とびきりの笑顔を見せられた。
見過ぎたか。
驚いて後ずさると、背に軽い衝撃がした。
「すみません」
人にぶつかったとわかり、身を反転させ頭を下げる。頭を上げたとき、相手の顔を見上げて驚いた。
薄氷のような瞳、肩にかけるように緩く結ばれたクリーム色の髪、上気した頬。瞳と髪の配色と妙に整っている容姿、ここにいるということはノエルなのだろうか。頬に赤みがあり、この前会った時と比べ人間味がある。
「待たせた」
「時間ぴったり、待ってないよ。走ってきたの?」
大聖堂の前は巨大な日時計になっていて、時間がわかる。だからこそこの場所を待ち合わせに選ぶ人が多い。
ちらりと時計を見ると、待ち合わせ時間になったばかりだった。