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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
二章
17/50

事情

 昼ごはんを食べ終わり仕事場まで戻ると、とんでもないことが起きていた。


「お前、こんなところで何をしている!」

「僕がどこにいようと、僕の勝手だろ!」


 いつも閑散としている薬草園に人が集まっている。その中心に、エブリーとロマンスグレーの男が向かい合って立っていた。

 互いに、顔を赤らめて怒鳴りあっている。


「チェスター園長。これどういうことですか? 何が起きているのでしょうか?」

「マリオンか、エブリーの親父殿が乗り込んできたようだ」


 上司殿も野次馬の中に紛れ込んでいたので、ちょっと様子を聞いてみた。

 エブリーの父親――貴族――が乗り込んで来ているらしい。面倒ごとの予感しかしない。

 もう一度、人垣の中の人物を見る。一人はエブリーで、もう一人は今からどこぞのパーティーでも行くのかと思えるほど、着飾ったおじさん。白髪混じりのグレーヘアーを後ろに撫で付けたその上にシルクハットを乗せ、片手にステッキを持っている。その手には指輪が何個も嵌められていた。

 平民ではないよね。貴族かな、でもこれが普段着だとすると悪趣味…………。自己顕示欲が強い成金みたい。


「ここの責任者は誰だ! さっさと出てこい!」


 この場合、わたしか上司殿どちらが出るべきなのだろう。薬草園の責任者はわたしだろうけど、全体的な管轄は上司殿になる。

 こんな面倒ごと慣れてないし、女というだけで舐められる世の中だ、出て行くべきかどうか悩む。だが、怒れる御仁をそのままにしておくのも問題だ。仕方ない。

 一歩を踏み出そうとした時、上司殿に手で制された。


「どうされましたか? 私、この植物園の園長を務めさせていただいている、チェスターと申します」


 さも今来たばかりだとでもいうように、不思議そうな表情をして、すたすたと上司殿が揉め事の渦中に飛び込んで行く。


「とても騒ぎになっていますよ。少し落ち着いてはいかがでしょうか?」


 穏やかな笑みを浮かべつつ、普段の口調を知っている身からすると一体こいつは誰だろうかと思うほど、慇懃な話し方をしている。しかも、相手を煽っているように聞こえる。相手もそれが分かってか、顔の朱が増した。

 こんなに短気だと、いつか血管切れて倒れるんじゃないかな。

 そう思ってしまうほどに、顔色が異様だった。こめかみに血管が浮き出て、眉間には峻峰が刻まれている。


「これが落ち着いていられるか! お前誰の許しがあって儂の息子にこんな泥臭い場所で働かせている!」

「許しって……。誰にも受けておりませんね。強いて言うなら、ここは王宮でございますから、王家の許しがあって()()()()()のでしょう」


 一応末端とはいえ王宮内での職業だ。無能は働くことができない。

 上司殿は少し呆気にとられたようだが、すぐに持ち直し、律儀に男に答えている。それでもその内容が理解できていないのか、尚も男は喚く。


「卑しい身分の者ならば、王族の方々のご厚意も有難いことでしょうな。だが、儂の家は代々続く伯爵家、スワルウェルだぞ!」

「それがどうされましたか」

「成人もしていない貴族の嫡子を雇うなど、常識がない。当主たる儂は承知しておらん!」


 爵位で物事を測っているのだろうか。測っているのだろうな。

 全くもって面倒な御仁だ。

 せっかく、ファミリーネームを言わないと言う暗黙の了解をエブリーに伝えたにも関わらず、全くの無意味になってしまった。

 王宮の中に外の権威を持ってこないでいただきたいものだ。それに――――


「王宮は広く門を開けております。それこそ、貧民であろうと貴族の子弟であろうと、能力と規定の年齢、王家に対する忠誠心さえ満たしていれば、職を斡旋しています。それに、未成年には後見人の自筆署名を提出させていて、彼にも提出させております。勿論、代筆でないことは鑑定済みです」


 王宮で働くのに、身元が不確かな人は入れない。

 貧民でも一代限りの貴族や準貴族になることができるとは言え、あまりに不審な人は弾かれる。王宮には監査を司る場所があるようで、そこで人物の経歴を調べていると聞いたことがある。

 ただもう一つ問題になるのが、子どもの就職だ。能力があれば受け入れるが、貴族の子弟をそうやすやすと王宮に入れてしまっては問題が起きる可能性がある。普通、貴族の縁者はどこぞの学院に入れられてから、領地を継ぐなり、士官したりする。

 貴族の子どもが就職するとなれば、家出か没落気味かのどちらかが殆どで、後者なら別に問題ないが前者なら問題となる。

 それならば未成年の就職を認めなければいいだけの話だが、平民は子どもだろうと就労している者は大勢いる。広く有能な人材を掻き集めたかった数代前の王が未成年でも十を超えていれば、雇えるように王宮の人事規則を変えたのだ。

 その変えた部分が後見人制度だ。未成年が就労するにあたり、試験日に三枚の親族又は後見人の署名を求めている。

 普通は両親と勤め先の親方や学院の担任に署名を貰うものだが、エブリーは誰に貰ったのだろう。

 忿怒(ふんぬ)の形相の父親でないことだけは伺える。ともあれ、それは正規な書類だ。


「彼が働くにあたっての問題はないはずですが、何が問題ですか? 伯爵殿」


 にべもないとはこのことだろう。すっかり愛想笑い消し去り、上司殿が真顔でエブリーの父親に詰め寄る。男はわずかに身を引いた。後ずさりした先が砂利道だったのか、地に足をつけた時、じゃりと音がした。そのことで、自分が気圧されていることに気が付いたのだろう、歯軋りしそうな面立ちで食ってかかった。

 なんだか、最後の悪あがきに見える。大人気ないったらない。


「儂の言うことが聞けんのか! 法服貴族の癖に、楯突く気かっ」

「ふむ、確かに王宮で働かせてもらっている身ですので、法服貴族で間違いないでしょうな」


 淡々とした声がその場を包む。完全に上司殿のペースに呑まれている。

 上司殿が男との間合いを詰め、しかしと言葉を続けた。


「この場は王宮であり、私は植物園の園長を務めております。この場限りでしたら、私の権威は貴方よりも強い」


 一代限りの称号だが、役職により様々な爵位を授けられるものだ。勿論、役職が上であるほど授けられる地位も高い。外では見下されがちだが、王宮内では世襲で受け継がれた同位の貴族の権力を凌ぐ。

 園長ならぎりぎり伯爵と同じくらいかな。経費もまともに落ちないような 末端部署だけど。


「あまり、不当な言いがかりをつけるようでしたら、騎士に突き出しますよ。あとそれから……、――――、――」


 何か上司殿が男に耳打ちすると、先ほどまでの威勢も何処へやら、顔を紙粘土みたいに蒼白にさせてがたがた震えだした。遠目でよくわからないが、焦点も定まっていない気がする。


「本日のところはお引き取り願えますか?」


 そう上司殿がわざとらしい笑みを見せると、男はこくこく頷き、野次馬を押しのけて植物園の敷地から脱兎のごとく逃げていった。

 同僚や先輩の中から這い出て、上司殿に近づく。


「何を仰ったんですか?」

「ちょっとな。まあ、もう来ないだろ」


 さっきのあれは脅しか。

 でも、どうやって? 上司殿って生家は高位貴族かなんかだろうか。でないと権力を笠に着る奴を追い払えるとは思えない。

 この前、上司殿は貴族じゃないと思ったが、間違いだったようだ。わたしの目はきっと節穴なんだろう。

 でも王宮では貴族位なんて関係ない。それに上司殿は貴族であろうとなかろうと、わたしの上司で敬意を示す相手だ。


「それもそうですね。わたしが出ないといけないところ、庇っていただきありがとうございました。エブリーちょっと遅くなったけど、仕事の続きをしよう。じゃないと、今日は残業確定になる。野次馬たちもさっさと散った散った」


 植物園は王宮の暗黙のルールを遵守している。だから、今日わかってしまったことには目を瞑るべきだろう。

 上司殿の実家もエブリーの家庭環境も、今日わたしは何も見なかったし、聞かなかった。

 ……、まあエブリーが相談したいことがあるなら、暗黙のルールを破ることくらい吝かではないけど。

 幼さの残る顔に似合わない厳しい表情のエブリーを一瞥して、そう心の中で呟いた。

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