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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
二章
16/50

魔法

「で、ですね、後輩がなんで植物園に就職しようとしたのかわからないんです」


 久しぶりのノエルさんとのお茶会、ではない。

 今日はこの前とは違い、騎士団の食堂で一緒に昼食を食べている。

 今まで、ノエルさんが自分のテリトリーに誘ってきたことがなかったから、食堂でご飯を一緒に食べようと誘ってきたときは、嬉しくて一も二もなく頷いた。

 なんだろ? 一段階親しくなれたような……。

 実家に帰っている間に、彼女に何か思うことがあったのかもしれない。今までも親しくさせてもらっていたつもりだったが、今はより距離を詰めようとしている気がする。


 何はともあれ、仲良くなれることはいいことだ。

 ついでに、悩み事の共有でもして、もっと距離を縮めたいなあ。


「緑の魔法使いか。マリオン、その彼、植物以外の魔法を使っているところを見たことあるか?」


 騎士団の食堂の特別メニュー、がっつり多めのチキンソテーを優雅に食べながら、ノエルさんが問うてくる。

 ノエルさんは優雅で気品に溢れるお顔立ちをしているのに、結構大食いだ。わたしの優に二倍以上の量を食べる。その様は圧巻だ。


 そんなノエルさんに応えるために、彼を雇い入れてからの様子を振り返った。植物を極小化させたり、毒性を上げてみたり、碌なことをしていない。

 でも、確かに、植物以外の魔法を使っているところは見たことない気がする。


「そういえば、なかった気がします。彼の魔力ならもっと色々なことが出来そうですが、不思議ですね」

「おそらく、その子はあまり魔力が強くないのだろう」

「え、でも、確かに、魔術師になれそうなくらいの魔法を使ってました」


 にこりと笑って、ノエルさんはティーカップに手をかざす。すると、さっきまで仄かに湯気が出ていたティーカップに氷の膜が張った。いや、中身も完全に凍っている。

 え! ノエルさんも魔法が使えるの?


「魔法というのは本人の気質に関係するものだ。確かに、才能がないと魔法が発動しない。だが、多少なりとも魔力を持っていると、強い魔法を使うことができる者もいる。特に自分にとって身近なものや好ましいと感じるものには力が出やすい傾向がある」

「ノエルさんは氷の魔法が使いやすいのですね」

「使いやすいというより、他の魔法は火種ひとつ使えない」


 使い道はないなと笑う。

 確かに火や水の方が汎用性は高い。だが、氷もなかなか便利な力だと思う。


「夏場でも涼しそうな能力ですし、食材の保存に氷は欠かせませんよ」


 生肉や生魚の保存が捗りそうだ。そう言うと、ノエルさんが目を丸くした。


「料理なんてしたことがないな。使用人がしてくれているから。まさか、冷蔵室としての使い道を説かれるとは思わなかった」


 宿舎に住んでいれば食堂が、家ならシェフがいるのだから、貴族が料理することは滅多にない。

 やはりノエルさんは貴族なのか。そりゃそうか、近衛なんて殆どが貴族で構成されていそうだ。

 末端職の植物園でさえ過半数は貴族の縁者なのだから。


 でも、わたしは料理するのが好きだ。実家を出てからずっと王都の借家に住んでいる。邸宅でも別宅でもなく借家に。

 初め両親はいい顔をしなかったが、わたしの気迫に根負けしたのか最終的に折れてくれた。そして、使用人も通いの人を一人だけにしてもらった。だから、わたしは令嬢というには異端なくらい自由気ままに生活している。


 ただ、一人暮らしをするにあたっての借家は屋敷ではない。小さな一軒家だ。だからか釜は部屋にあるが、氷室などあるはずもなく、足の速い食材は翌日までに使い切るのが鉄則になっている。


「料理をよくするので、ちらっとそんなことが浮かんでしまいました」

「料理か、そういえばこの前の茶会で軽食を作っていたな。随分と手慣れているようだ」


 ノエルさんの薄氷の瞳がわずかに細められ、笑みを形作る。それに対して、大層なものは作れませんが、と言い少し苦笑した。

 食堂の料理人や屋敷に雇われているシェフと比べると、赤子のような腕前だ。請われたところで望むようなものが作れるとは思えない。


「迷惑だったら断ってくれても構わない。何か日持ちのする菓子でも作ってはくれないか?」

「いいですよ。甘いものがお好きなんですか?」


 今まで、そう言ったことを聞いたことがない。お茶会の時も何もリクエストしたことなかったのに、なぜ唐突に菓子を頼むのだろう。

 気になって、少し聞き返したら、


「おそらく、好きな気がする」


 変な返事をされた。

 なにそれ。

 今日ほどノエルさんがわからないことはなかった。

 なんで自分の食の好みを把握してないんだろう。わずかに眉間にしわを寄せ、瞳を悩ましげに伏せられており、とても好きなものの話をする表情ではない。

 ちょっとよくわからないけど、ノエルさんからの頼まれごとなら引き受けよう。なんせ、友達だし。


「日持ちなら、焼き菓子がいいかもしれないですね。ビスケットなんかは携帯食ですし」

「ビスケットは苦手だ。保存食だろ、あれは。遠征や学舎時代の演習の時に食べた。菓子だとは思えない」

「それよりかは甘いと思いますよ」


 そう言っても僅かに顔を顰めている。そこまで嫌いなら無理強いすることはできない。

 おそらく、行軍に使うような保存食ビスケットを引き合いに出しているのだろう。ドライフルーツや干し肉と同レベルの。

 騎士だから、乾パンなんかも軍事食として目に映りそうだ。

 ならばそれから少し外れたものを考えなければいけない。


「パウンドケーキなんかはどうでしょう?」


 お酒に漬け込めば、日持ちするに違いない。あとはお菓子とは違うがジャムなんかはどうだろうか。


「美味しそうだ。ぜひ頼む」


 嬉しそうなノエルさんに是と言い、今週末の予定は決まった。

 それにしても、今日はノエルさんの表情がよく変わる。少し固いが、それでも無表情と僅かな微笑みだけの顔よりもとてもわかりやすい。

 心を開いてくれたのだろうか。とても嬉しくて、ふわふわした気分になった。

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