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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
一章
14/50

混乱*

ノエル視点。次からは主人公視点に戻ります。

 結局実家に戻れた時にはギリギリで、待ち合わせの前日になってしまっていた。

 だからか、すっかりロペス子爵令嬢の名前を聞き忘れていて、気がついた時には顔合わせの席に着いてしまっていた。


 これはまずいのではないか?

 一瞬そう思ったが、どうせ挨拶ぐらいは交わす筈だ。今知らなくともそう困らない、と結論づけた。


 それが間違いだったとは気付かずに。


「お初にお目にかかります。ローエル・ロペスの娘、マリオン・ロペスと申します。お会いできて光栄です」


 まず、その声に違和感を覚えた。次に名前で胸騒ぎがした。


「わたしにはとてももったいないお話ではありますが、仕事を辞める気はございません。それでもよろしいでしょうか?」


 まさか、とか。嘘だろ、とか。いくつもの否定の言葉が心の中で浮かんでは消える。その台詞はついひと月ほど前聞いたばかりのものだ。

 驚愕で震えそうになる体を叱咤して、彼女に近づく。声まで震えそうになっていた。だから、努めて平静を装う。いつもよりも声が平坦になってしまった。


「いつまでお辞儀してるつもりですか。顔をあげてください」


 もしかしたら別人かもしれない。わずかな可能性に縋る。だが、それも彼女が顔を上げたことで打ち破られた。

 十分に近づいた距離で見た彼女の顔は間違えるはずもない、友人のものだった。


 咄嗟に表情を取り繕ったが、驚きが隠せているかわからない。普段表情が薄いと言われているから、今もそうであることを祈るばかりだ。

 マリオンはまるで初対面であるかのように話を進めていく。かなり失礼なことを言っているが、私と知り合いだというのはおくびにも出さない。


 頭が冷えるにつれ驚愕は恐怖に塗り変わっていった。

 これは誰が仕組んだことだ? もしやマリオンが?

 今もさも婚約に興味がないふりをしているが、もしかしてこんな騙し討ちのようなことを画策していたのだろうか。男だと思っていたのもあったが、身分など関係のない友人ができたと思っていた。それは私の思い違いで、本当は打算でできた関係だったのだろうか。

 怒りのためか、握りしめた手から熱が逃げていく。酷くめまいがしそうな状況だが、心だけがすぅと冷めていくのを感じた。


 もうどうでもいい。

 二人っきりになったら、きっと化けの皮が剥がれる。

 そうなった時、彼女は媚を売るのだろうか、それとも馴れ馴れしく話しかけてくるのだろうか。どのような想像をしても吐き気がする。

 怒る母を押しのけ彼女と二人きりにさせてもらった。


 こんな茶番さっさと終わらせるに限る。


 心が冷めたためだろうか。酷く凪いだ気分だった。

 はじめに無難な会話をふりながらマリオンの様子を伺う。だが、いつまでたっても擦り寄ってくる様子はなく、居心地悪そうにしていた。

 それにいつまで経ってもよそよそしい態度だ。

 もしかして思い違いをしている?

 この段階になってようやく気が付いた。


 先ほどもわざわざ母を怒らせる必要はなかった。もっとうまいこと取り入ることができたはずだ。

 頭に血が上っていたため気が付かなかったが、彼女が黒幕ではないのではないだろうか。

 何より顔合わせの場で主張していることも、婚約よりも仕事である。


「それほど仕事がしたいんだな」


「はい。先程のご無礼を許して欲しいとは申しません。ただ、譲れないのです」


 私の言葉に答えるその声に迷いは一切ない。だが、念のため、他にもいくつか質問を重ねることにする。


「誰と婚姻しようと同じことになるだろうに、なぜわざわざ母を怒らせた? ここで退けても違う見合い話が降ってくるだけだろう」

「お生憎とわたしの年齢で見合いを申し込むのは、後妻が欲しい御仁か準貴族の子息くらいでしょう」


 この婚約を是が非でも続けようとする気概は一切感じられない。それどころか、断られることを前提に話している節さえある。

 貴族でなくてもいいとは、いっそ豪胆と言うべきか。

『彼』ではなくなってしまったが、私の友人はやはり変わっている。

 怒りで凝っていた心が解けていくのを感じた。性別が思っていたものと違っただけで、彼女自体が変わったわけではなかったのだ。

 怒りで眩んでいた目が醒めると、彼女がドレスを着ていることに気が付いた。当たり前に令嬢姿をしている彼女を見ていると、なぜ男と勘違いしていたのかと思う。

 背は高いが顔付きは女性的であるし、話し口調も男にしては丁寧だ。貴族の女性という枠組みで見ると違和感があるが、男と間違うほどのものでもない。


 下手な相手を婚約者として連れて来られることを考えれば、ここで彼女に決めてしまうのもいいだろう。貴族としてのしがらみや相手の見栄に付き合わされる心配は皆無だと思っていいのだから。


「私も王宮に勤めているし、君だけに制限をかけるつもりはない」


 彼女も別に仕事が続けられるのなら婚約者が誰であろうと問題ないはずだ。


「ノエル様はそれでもよろしいのですか?」

「領地を継ぐ時には仕事を辞めて、この地に共に住んでもらうことになるだろうが、当分先の話だ。両親も健在だから、結婚してもしばらく働く分に不都合はない」

「体裁が悪いですよ」

「貴女が気にするのなら、辞めたらいい。私の体裁など、自分の力で覆すから気にしなくて構わない」


 事前申告通りに顔合わせの席をぶち壊そうとして来たくらいだ、辞めるなんて選択肢はないだろう。

 その後いくつか言葉を交わし、婚約は継続することで決着が付いた。



「敬称は不要だ。特に人がいない時にそのような話し方では堅苦しいだろ?」


 もう婚約を破棄するために無駄な演技はしなくていい。そういったつもりだった。

 いつものようにノエルさんと呼んで欲しかった。

 これは恋情が関与してのことではない。突然、友人によそよそしい態度で接せられたら誰でも思うことだ。


 それなのに何を躊躇っているのだろう。


「の、ノエル」


 しばらくして、ただそれだけの言葉が彼女の口から漏れ出た。友人として付き合い始めてしばらくした時、ノエルでいいと申し出たことがある。その時、彼女はそれでも“さん”付けをしていたのに。


 動揺してしまったのが彼女にばれた。

 すぐにさん付けに直されそうになったが、咄嗟にそれを止める。

 なぜか呼ばれた時気分が良かったからだ。気恥ずかしく、でも暖かな気分になっていた。

 それから顔合わせは穏やかに過ぎていった。彼女の質問や変わったお願いを聞いていたら、いつのまにかはわからないが、顔合わせの時間は終わっていた。




 そういえば、これは誰の企み事なのだろうか。それとも偶然の産物なのか。

 今日のことを母や父に執り成しながらふと思う。それと同時に、一月前の同僚との会話を思い出した。


 ――王太子様がなんか悪そうな顔してたし


 まさかと思いたいが、彼の性格は重々承知している。あり得てしまいそうだ。王宮に着いたら彼に詰め寄ることを決めた。

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