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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
一章
13/50

不愉快*

前話に引き続き、ノエル視点です。

 最近同僚がたまに鬱陶しく思える時がある。

 今がまさにそんな時だった。


「ノエル。一緒に潜入捜査に行かないか?」

「その任務、こちらの部署の管轄ではないだろう。騎士でも外回りの黒服の仕事のはずだ」


 王族を護衛する近衛や要人警護するのが白服、見回りや王宮全体の警護をするのが赤服、王の命で潜入捜査や治安維持に貢献するのが黒服。

 全て騎士ではあるが、服の配色の違いで職務が分けられている。

 その中でも黒服は他の部署とは趣が異なる。

 普通の兵士とは違い、王命がなければ動かないが、彼らが動くときは大体が大きな事件があるときだ。しかも、他の部署とは違い、民間に潜り込むこともあれば他国に潜伏することもある。諜報員のような役どころを持つ。


 まあ、そんなことはどうでもいい。こいつが誘ってくる理由こそが、私を途方もなく苛立たせてくる。


「要請があったんだよ。別に、あそこの部署が一時的に人を集めるのはよくある話だろ。ここは一丁、助け合いの精神を見せてだな」

「本音を言え、本音を」

「お前の女装姿を見てみ……っぐはっ!!」

「すまん。手が滑った」


 剣の鞘を脛にぶつけ、相手が怯んだ隙に、脚をかけ転ばす。ついでとばかりに、腹を踏みつけた。


「ぐぅぶ……っそれ、手じゃない。ほとんど足技だから。そんなに怒るなよ」


 呻きながら立ち上がる。

 そんなにすぐに立ち上がるとは。もっと鳩尾をしっかり踏みつけるべきだった。


 最近この手の胸糞悪い冗談を頻繁に聞く。先日などは、白服の小隊長までもが同じことを言っていた。流石に直属の上司に攻撃をするわけにも行かなかったが、それはもう丁寧に丁寧にお断りさせていただいた。


 私は別に女装癖があるわけではない。


「悪かったって。そういや、明日は例の茶会の日か?」

「なぜお前が知ってる」

「王太子様がなんか悪そうな顔してたし、休暇の申請してただろ。だから、なんとなくそうかなあって」


 なぜ、私の休暇申請と王太子の悪巧みが関係していると思うのだろう。

 まあ、当てもない勘とは得てして突拍子もないものなのかもしれないな。


 その時はただそう思っていた。






 翌日早馬で届けられた手紙を開封して、驚いた。

 なんとそこには婚約者との顔合わせの日取りが記載されていたのだ。縁談相手ではなく、婚約者。

 なぜ、一度もあったことがない令嬢と婚約が完了しているのか。

 名前を見ると、ロペス子爵令嬢とある。

 ファーストネームが書かれてない。それを見て愕然とした。婚約者の名前がわからない。

 あと一月後に顔合わせするとあるが、ここから領地に戻るだけでも一月近くかかる。それまでずっと相手の名前がわからない。

 ついでに言えば、ロペス子爵自体あまり覚えてない。領地は比較的王都に近かったが、小さめで重要な立ち位置にいる人ではなかった。

 言うなれば、中立の弱小貴族。取り込む価値があるのかも謎だ。


 もしかしてこれは親が用意した縁談を断り続けていた腹いせか。ちらりとそんなことが頭によぎったが、それにしても家にメリットがなさすぎる。

 何かの読み間違いかと、何度も読み直している間にかなり時間が経っていた。

 もう、お茶会の時間が近づいている。慌てて、寮を出て温室に向かった。

 向かっている途中で、休日だというのに制服を着ていることに気がついたが、もう戻っている暇はない。

 いつも、休みの日ではなく仕事終わりに会いに行っているから、彼の前で私服姿になったことはなかったな。そんなことを思ったが、私も彼のだぼだぼの服姿以外見たことがなかったから、お互い様かとも思った。

 だらしないと思っていた服は彼の中で作業着のようなものだったらしい。私服で土を触るのは躊躇われるのだろう。


 温室の扉を開き、中を見ると彼の姿はなかった。だが、いつもの場所にはすでに色々用意されている。しばらくすると戻って来るだろう。

 それからぼんやりとテーブルの上を見た。そこには手作りらしい歪な形の食べ物が並んでいた。こういうところを見ても彼は変わっていると思う。

 あの様相からするに貴族ではないだろうが、男性がお茶会をするのも手作りの料理を持ってくるのも、自分の知っている常識とかけ離れている。

 まあ、それで彼に対して何か思うところがあるわけではないが。付き合いが長くなっても、変わっていると思うことは変わらない。

 しばらく待っていると、彼は給湯室のある方向からやってきた。


「先に座ってくださってよかったんですよ?」


 お客様を椅子にも座らせず、立たせてしまった。その顔はそう語っていた。

 次からは気を使わせないように座って待っていよう。そう思い、席に着く。

 そして、取り留めのない話をする。これはいつものこと。

 ふと、今日届いた手紙のことを話してみた。こんなところでネタにでもしなければやってられない。


「奇遇ですね。わたしも似たような手紙を家族から貰いました。数日前の話ですけど……」


 驚いたことに彼も同じ状況らしい。

 しかし、そこから雲行きが怪しくなった。

 なぜ、私に女物の服の話を振ってくる。先日の上司や同僚との会話がまたここでも起ころうとしているのか。そう思って苛立ったが、どうやら違いそうだ。

 背の高い人でも着られるドレスというから女装でもするのかと思ったが、もしかしたらお相手の女性に服をプレゼントする気でいるのかもしれない。


「嫌味かと思ったぞ」


 だが、残念な事に私には恋仲の女性など存在しない。していたら、とっくに親が嬉々として縁談をセッティングしただろう。聞くだけ無駄だ。

 せっかくの友人の頼み、協力してやりたいが……、と思ったところで思い出した。最近、腹立たしいことを言ってくる彼らに聞けばいいのではないかと。

 女装話を振ってくるだけあって、きっとそういう店に詳しいのだろう。

 第一、あのがたいのいい二人が着られるドレスがあるのだ、どんなに背の高い女性でも着られるというものだろう。


「知り合いに二、三いるにはいる。彼らに、条件に見合う店を聞いておこう。分かり次第、文を書く」

「そうしていただけるとありがたいです」


 ほっとしたようにマリオンは呟いた。

 役に立てたようで何よりだ。




 その後飲んだお茶はこの世のものとは思えないほど酸っぱかった。

 つい、平然と飲んでいる彼の顔を凝視してしまったのは致し方ないことだろう。


「お疲れではありませんか? ストレスがあると酸味が強く感じられるそうですから。わたしは甘酸っぱく感じます」


 まさか。そう思ってもう一口飲んでみたが、やはり酸っぱ過ぎて飲みきれそうもない。

 世の中には変わったものがあるものだ。

 それにしてもストレスとは、やはり職場で女装を強要されかけていることか、はたまた勝手に仕組まれた婚約か。

 私は今疲れているのだろうな、精神的に。



 そして、お茶会が終わる時、彼はいきなりの別れを告げてきた。


「もし婚約がうまく成立すれば、仕事を辞めることになると思います」

「仕事を辞めるのか?」

「そうなるだろうと。本当は辞めたくないのですけれど、こればかりは仕方がないですね」


 聞き間違いだろうかと、聞き返せばそうではなかった。

 確かに貴族の嫡男などは婚姻後に家に戻り、親と代替わりをして領地運営をすることがある。平民の家でもそうなのだろうか。


「家庭の事情に口は挟めないからな。……そうか、そうなんだ」


 私の家はまだ父上が健在で、そんなことを考えたこともなかったが、いつかは近衛をやめなければならないだろう。それが彼は今だっただけのこと。

 だが何故だろう、せっかく身分も関係なく仲良くなれたのに、惜しいような気がした。

 そんな、私の考えを嘲笑うように彼はまた突拍子もないことをいう。


「ええ。精一杯破談に持ち込もうとは思いますが、もしもの時は……。ノエルさん、わたしもう一度貴女に会えるように祈ってますね。御機嫌よう」


 やっぱり彼は変だ。


「意気揚々と破談という言葉を言われるとは思わなかったな。また会おう」


 それでこそ、マリオンという男なのだろう。

 くすりとおかしくって笑ってしまう。声を出して笑ったのはいつぶりだったか。

 少し前の人間不信などなかったかのような気分だった。


 後になって気がついたが、破談にしたい男がわざわざ相手の女性にドレスなど贈るものだろうか。

 そのことに首を傾げたが、まあ彼だからと思えばそうおかしな話ではないのかもしれない。

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