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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
一章
12/50

0の話*

ノエル視点で、1話目の前にあたる話です。

 私には変わった友人がいる。

 その者との出会いは一年近く前。王宮内で迷子になっていたところから始まる。





 夏の香りがする。

 ふと、窓から外を見ると変な男がいた。栗色の長い髪を紐で適当に結んだ男が、城の周りをふらふらとあてもなく歩いている。

 不審者だろうか?

 王宮勤めのもので持ち場がこの辺りの者の背格好はだいたい把握していたが、この男の身形に見覚えはない。

 今日はもう仕事は終わっているが、仕方ない。

 ここは一階だが、地上よりも高い位置に床が作られている。

 窓から外に飛び出ると、どすっと大きな音がした。


 驚いたように男が振り返った。


「今、とても大きな音がしたような……! 大丈夫ですか? どこか打ち付けたりしてませんか?」


 スタスタと近づいてきて、私の腕を取った。

 別に腕や肩をぶつけたわけではないのだが……。後ろに目があるわけではないのだから、仕方がないのだろうが、こうもたやすく人の腕を掴むとはこいつの距離感はどうなっているのだろう。

 琥珀色の瞳を眇めて怪我の有無を確認している。


「服の上からでわかるのですか?」


 透けるような薄手のシャツならまだしも、私が着ているのは軍部の略装だ。白く厚みのある服の上から怪我の有無を確認できるとは思えない。


「状態はわかりませんが、怪我はしてないですよね? 少し握ったところで顔色も変わりませんでしたし、動きにぎこちないところもなさそうです。でも、でしたらなぜ、あんな音が?」

「貴方の動きが不審だったものですから。窓から出て様子を見にきたのですよ」

「窓ってどこに、……て、アレですか? 本当に怪我されてません?」


 頭上にある窓を見て、驚いたように目を開いていた。そして、私の足元を凝視してきた。


「してません。それより、貴方はここで何をしているのですか? 限られた人以外立ち入り禁止ですよ。貴方の顔に見覚えがないのですが」

「……、あっ、あはは」


 視線が斜め上を向いている。

 言い逃れは許さないとぎろりと睨み付けると、降参とばかりに手を挙げた。


「ま、迷子になっていました」

「嘘にしても、もっとましな嘘を仰い。城の奥の塔は王子王女が住まう場所だと、王宮で働いている者なら周知の事実のはずです。無断で立ち入っていいはずがない」

「ここ、そんな場所だったんですか!」


 白々しい。

 第一、騎士だけでなく侍女やメイド、侍従にもお仕着せはある。ないのは大臣や文官くらいだが、それにしてももっとまともな服装をしているだろう。

 白シャツにダボダボのズボン。役人がしそうな服装ではない。

 王宮で働いているのかも怪しいものだ。


「部署はどこです。苦情を入れなければいけません」


 本当に王宮で働いているのなら、それくらい答えられるだろう。

 しばらく沈黙した後に、相手は口を開いた。


「植物園です」

「ということは、クレメント殿の管轄ですか」

「いいえ、責任者はチェスターです」


 そういえば、数ヶ月前クレメント殿は実家の都合で退職していた。後釜が誰になったかは知らなかったが。

 確かに植物園自体が窓際といってもいい部署で、服装の規定はなかった。あそこなら、この服装も頷ける。

 ここに無断立ち入りしたのは看過できないことだが。


「本当に、迷ったのですか?」

「本当です。信じてください」

「仕方ない。行きますよ」


 とても信用できないから、何度も確認しているというのに。

 それもこれも、植物園に連れて行けば明白になるだろう。植物園のあるところは王宮の端だ。そちらに足を向ける。


「案内してくれるのですか! 道順だけ仰ってくれれば、自力で戻ります。ご迷惑をかけるわけには」

「ここに居られるだけで、十分迷惑です。それに、本当に貴方が植物園の関係者か確認する必要もありますから」


 本当に職員ならば、それはそれでこんなところまで迷い込むことについて苦言を呈さねばなるまい。

 職務は終わっているが、迷子らしい男を連れて植物園に行くことになった。


 そのあと、植物園側にこの男の身元を尋ねたところ、確かに職員だった。しかも、もう働きはじめて二年目だという。

 それで迷うとは、筋金入りの方向音痴ではないか。

 一応きつく注意をし、その場を後にした。




 しかし、この男との縁はこれだけではなかった。

 朝議の護衛に出向いていた時、そいつはいた。会議室の近くの庭をうろうろしていた。

 しばらくして会議が終わり、王太子を塔に送り届け、同僚と交代する。それでその日の任務は終了。

 無事、王太子を塔に送り届けたあと、念のためにと王宮の会議室の近くに戻ると、まだ男はいた。


「そこで何をしてるのですか」


 少し首を傾げてから、にこりと男は笑った。


「この前の親切な人でしたか。また、迷子になってしまったんです。えっと、また立入禁止区域に入ってしまってましたか?」

「いいえ、入ってません。迷子でしたら、送り届けましょうか?」


 そういうとまた恐縮していた。だが、こいつは一人にすると迷ったままになるだろう。そう思い、無理矢理にでも案内を買ってでれば大人しくついてきた。

 成人しているだろうに、情けない奴だ。

 いや、まて。そういえばこいつの歳は幾つだ?

 くるりと振り向き、後ろをついてきていた彼の顔を見る。随分丸みのある顔立ちだ。もしかして、まだ十代前半か?


「そういえば、名前と歳を聞いていませんでしたね。私はノエル、歳は二十五、騎士をしています」


 王宮ではファミリーネームを名乗らないことが原則だ。上官の命令を、身分が下だからと無視する者が出ないようにだ。

 しかし、私の名は結構有名になっているらしく、役職をいうと、相手に侯爵家の縁者だと悟られてしまう。


 だから、騎士だと多少ぼかして相手に伝えた。嘘はついてない。


「わたしはマリオンと申します。二十歳です」


 随分と童顔な二十歳だ。

 それにしても、成人して四年も経っているのに、頻繁に迷子になるとは、大人として恥ずかしくないのだろうか。


「ノエル様はやはり歳上でいらっしゃったのですね」

「ノエルで結構ですよ。公の場でなければ、敬称はいりません。形式を重んじてるわけではありませんから」


 部下ならまだしも、他部署の人間に様付けされるのは面倒臭く感じる。何か見返りを求められているような気分になるのだ。

 最近、自分でもわかるくらい人間不信気味だ。誰も彼もが擦り寄ってくるように見えて、煩わしい。

 それもこれも名が売れてしまったために、爵位や将来性を見て、下心のある人間がやってくるからだ。


 その点、このぼんやりした男、マリオンは私に擦り寄ってくる気配が微塵もない。

 役職を隠したからかもしれないが。それでも、少し自由な気分になれた。


 だからだろうか、口からそんな言葉が零れ落ちたのは。


「では、ノエルさんとお呼びしますね。ノエルさんも、もっと気楽に話してくれていいですよ。場所は違えど、わたしの方が後輩なのですから」


 にこりと笑う彼は、やはり私のことに気がつかない。そう思うと少し、気分が楽になった。




 その後も彼とは幾度となく会うことになる。彼が頻繁に迷子になっていたためだ。

 それも毎度なぜか都合よく私の休憩時間や交代のタイミングで視界に入ってくるものだから、植物園に送り届けることになった。

 ある日、例によって送り届けていると仕事を抜け出しているのですか、と聞かれた。

 私がさぼっているのなら、事あるごとに目の前に現れるマリオンの方がよほどさぼっているだろう。そういうと、彼はなんと私が見つけた時以外迷子になっていなかったらしい。どういうことだ、それは。

 それから何度か迷子の彼を植物園に連れて行ってる間に、顔見知りから知り合いになっていた。

 そして、友人になる頃には流石に迷子にならないようになっていた。


 ちなみに、何故迷子になるのに王宮中心部に近づくのかと聞くと、王宮に勤めて二年経つのに、内装を知らないのはもったいない気がして、と言われた。

 意味がわからない。

 やはり私の友人は変だ。

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