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行き遅れ令嬢の婚約  作者:
一章
10/50

婚約者③

 部屋から出て行く時、マーフィー夫人は怒っていたし、侯爵の方は不思議そうなお顔をしていた。

 欠点ばかりのわたしがあんなことを言ったから、そんな顔になるのは頷ける。

侯爵が怒っていないのが不思議なくらいだった。

 二人きりという言葉のもと、お父様やお母様、お兄様も部屋から出て行く。出て行く時、お父様にこれ以上失礼なことをしないようにと釘を刺されてしまった。

 いくらなんでもこれ以上のことはしない。


 というよりも、ここまでしたらさっさと追い払われると思っていたから、これ以上を考えていなかった。


 婚約者は心が海どころか空よりも広いのかもしれない。それか、感情が全くない人形なのか。

 ちらりと彼の顔を見たら、目がかち合った。


「ここのお茶は海洋国家のものでとても珍しいものだ。どうだろうか?」

「海洋国家って、この港でしか航海してない例の国ですか。付近の海流が複雑で並みの航海技術ではたどり着けないと噂の!」

「そのような噂も聞いたことがあるな。そこであっている。ここの名物のスイーツもお茶に合っていて私は好きだが、貴女はどうする?」


 これが自然な話し方なのか。先程までの話し方は両家の顔合わせだったから、気を張っていたのか。

 それをわたしが怒らせて、ぶち壊した。自分で言うのもなんだが、最低だ。


「オススメのものをいただきます。でも……、」


 先程、両親達を追い出してしまった方を向いた。

やはり、何か食べるのはみんなが揃ってからにした方が……、あの空気の中で食べる図太さはないけど。


「ああ、大丈夫だ。もとより時間を見計らって別室に通され、そっちで料理が振舞われる手筈になっていた」


 ということはあの雰囲気の中、お父様やお母様、お兄様は料理を食べないといけないのか。食べ物が喉を通らなさそう。アーメン。


「だから、私たちはこっちで勝手に食べてて大丈夫」

「でしたらお言葉に甘えて、お茶とスイーツを」


 すると彼は呼び鈴を鳴らし、店員を呼んだ。


「先に頼んでいたものに追加で、ティーセット二つ。あと、別室とここに料理を分けて持ってきてくれ」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 店員がいなくなると本当に二人だけになってしまった。先程はお茶や食べ物の話を振ってくれたが、次からが本題だろう。

 両親を追い出したのだから、何か居られるとまずい話でも振ってくるのだろうか。


 長い沈黙が続いたあと、溜息が落とされる。

 びくりと肩が震えた。やっぱり怒っているのだろうか。当たり前か。

 知らず知らずに下を向いていた顔を彼の方に向ける。


「それほど仕事がしたいんだな」


 馬鹿にすることなく、ただの事実確認のような声音で話す婚約者。

 普通なら、彼が一番怒ってしかるべきなのに。わたしはとんでもない好物件を逃そうとしているようだ。


「はい。先程のご無礼を許して欲しいとは申しません。ただ、譲れないのです」

「不躾な質問をするが問題ないか?」

「どうぞ、仰ってください」


 先程まで不躾どころか、侮辱的な行動をとったわたしに断りを入れるなんていい人だ。


「誰と婚姻しようと同じことになるだろうに、なぜわざわざ母を怒らせた? ここで退けても違う見合い話が降ってくるだけだろう」

「お生憎とわたしの年齢で見合いを申し込むのは、後妻が欲しい御仁か準貴族の子息くらいでしょう」

「向こうも選べる立場にない。だから、か」


 準貴族は一代貴族で子どもに爵位が継げない、平民上がり。従来の貴族には貴族と認められていない人達だ。

 そんな人たちは貴族の娘と縁づいて、自分の地位を上げていく。もとから貴族の中でも最底辺。余程でない限り、妻の仕事に注文をつけないだろう。

 いざとなったら独り身でもいいし。


 それっきり彼は黙ってしまった。

 生まれながら高位貴族の彼には、爵位がなくなってもいいと思っているわたしのことは、理解できないのかもしれない。


 それにしても踏み込んだことを聞いてくる。彼にとってもデメリットしかない婚約話なのだし、さっさと断ってもいいのに。


 と、思っていたその時、料理が続々と運ばれてきた。

 香辛料が効いた魚料理が目の前に置かれる。こんがりと焼かれた皮はパリッとしていて、黄色く色付けされた油が溢れ出している。


「これも貿易で入ってくる香辛料だ。あまり王都では入手できない類のものだから、珍しいかな。苦手でなければいいが」

「美味しいです!」

「よかった」


 少し辛味のある香辛料は独特な匂いを放っている。匂いがきつく苦手な人はいるかもしれないが、わたしは結構好きだった。

 この感じ、海洋国家の香辛料ではない。なんだか、特徴的な味がする。あそこは何だかんだ近い国で、この国と似たような味付けが好まれているから、このような香辛料は生まれないだろう。

 次に運ばれた料理も美味しく、変わった味付けがされているものだった。次々出てくる料理に舌鼓をうった。

 そして最後、勧められたお茶とスイーツが運ばれてきた。その時にはすでに先程の話は記憶の彼方に飛んでいた。

 だから言われた意味がすぐには理解できなかった。


「私も王宮に勤めているし、君だけに制限をかけるつもりはない」


 首を傾げそうになるのを抑えて、意味を咀嚼する。

もしかして、さっきの話か。

 もう話は流れていて、後日お断りの手紙を貰うものだとばかり思っていたのに。


「ノエル様はそれでもよろしいのですか?」

「領地を継ぐ時には仕事を辞めて、この地に共に住んでもらうことになるだろうが、当分先の話だ。両親も健在だから、結婚してもしばらく働く分に不都合はない」

「体裁が悪いですよ」

「貴女が気にするのなら、辞めたらいい。私の体裁など、自分の力で覆すから気にしなくて構わない」


 さすが若手の出世株は言うことが違う。

 自信にあふれていて、眩しい。彼の前では私の仕事などままごとの延長なのかもしれない。それでも。


「仕事が好きなんです」

「知っている」

「先程失礼な態度を取ってしまったのに……」

「気にしてない」


 ずっと無表情で話しているから、少しひんやりした言葉に聞こえるが、言ってることはかなり優しい。


「今からでも、婚約続けられますか?」

「問題ない。母には私から執りなしておこう」


 ノエルと名のつく人に悪い人はいないのではないか、そんな馬鹿げたことが頭によぎる。

 こんな失礼で無駄に行動力がある婚約者の相手をしようというのだから、凄くいい人に決まっている。しかも、尻拭いまでしてくれるみたいだし。


「ああ、それと敬称は不要だ。特に人がいない時にそのような話し方では堅苦しいだろ?」


 初対面の男性を呼び捨てにするのはハードルが高い。

 でも、無表情でじっと見つめられるのも居た堪れない。


「の、ノエル」


 勇気を出して、呼んでみたら真白な陶器のような肌が朱色に染まった。

 あ、そういう意味じゃなかったんだ。


「す、すみません。馴れ馴れしかったですよね。ノエルさん! 今度からノエルさんとお呼びさせていただきます」


 は、恥ずかしい。さっと目をそらして早口でそれだけ言う。

 誤魔化されてくれ。聞かなかったことにして。

 心の中で大絶叫しながら無心にフォークを動かす。食べ物にがっつくみっともない女だと思われてもいい。これ以上失言する方が恥ずかしさで死ねる。


「……、ノエルでいい。私もマリオンと呼ぶし。もっと気楽に話してくれ」


 ぼそっと早口で呟かれた言葉は恥ずかしいのか上ずっていて、この人も人形ではないんだとぼんやり思った。

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