聖女編 (追放された勇者ですが、婚約者である聖女様は俺が嫌い)
南を海に、西を険しい山脈に、北を大きな森林に、そして東を強国エルリーエに囲まれている、小さな国サリデン。
目立った特産品があるわけでもないこの国には、他の国とはひとつ違うことがあった。
神に愛されし存在と言われている、『勇者』がいる国なのである。ここ数十年間の勇者は全てサリデン国内に生まれ、サリデン国に所属していた。
勇者の住まう国、サリデン。
その響きだけでご利益がありそうともっぱらの噂だ。
行きたい観光地ナンバーワン。
お土産の勇者まんじゅうがバカ売れ。
勇者タペストリーもバカ売れ。
※サリデン国のマークが入った公式グッズの売り上げの一部は、勇者を応援する活動に使われています。
◇◇◇◇◇◇◇
今代の勇者パーティーは、〈殺しても死なない〉最強勇者シュティル、〈聖なる狂犬〉聖女クララ、〈全知の変態〉魔術士カインの三名で構成されている。
三人が出会ったのは、まだクララが13歳の秋だった。
教会の魔法の水晶による職業適性検査で勇者と判定されたシュティルが、王城で修行し勇者として国のため国民のため力を使う事になった。
数名でパーティーを組み活動する、その栄誉あるメンバーに聖女の力を持つ王女クララが選ばれたのだ。
(こうやって使われる為にわたくしは育てられたのですものね。危険な目にあって死んだところであの王は悲しむ事すらないのでしょうけど)
クララは、王と血の繋がりはない。聖女の証である痣が見つかり、生まれてすぐに無理矢理に王家に引き取られ、とある側室の子として育てられた。王位継承権はない。
実際には、母親とされている側室には会ったこともない。王には式典などで一言声をかけてもらったことがあった程度。
誰からも親としての愛情を与えられることがないまま、クララは育った。聖女としての類い希なる治癒能力を使いこなす訓練と、王女として最低限のマナーを学ぶだけの毎日。
幸い、特別虐げられることもなく、欲しいと思った本や花などは十分に与えられた。
「本日は勇者と魔術士と顔合わせをして頂く予定です」
クララはその日の午前中の予定を変更して応接室に通された。といっても毎日代わり映えのしない訓練とマナーのスケジュールだったが。
室内には、すでに二人の少年がいた。一人はフードを被り、銀の長髪をゆるく編み肩口から垂らした、にこやかな笑みをたたえる中性的な顔立ちの少年。一見天使のようだが、その瞳は底が昏い湖のようだとクララは思った。
そしてもう一人は、クララのハートを撃ち抜いた。
赤みがかった茶色の短髪、日焼けした肌。貴族のような感情のない笑顔など無縁そうな、憮然としたような表情をしている。鋭い視線はクララのハートに刺さって抜けない棘のよう。
「勇者シュティルと魔術士カインです。こちらが王女クララ様。聖女として君たちと一緒に行動するお方ですよ」
王宮の神官長に紹介され、クララは涙目でシュティルをキッ!と睨みつけた。
(なんて素敵なの!心を奪われてしまいましたわ、恐ろしい!その野性味溢れる魅力……ッ!はあぁ、頭がおかしくなっちゃいそう、一緒にいるのに平常心でなんて耐えられませんわ!)
「なんて恐ろしい!勇者は野蛮人ですの?わたくし、一緒にいるのに耐えられそうにありませんわ!」
クララは一目惚れをしてしまったのだが、緊張のあまりシュティルに対して出る言葉がおかしくなってしまうので、気持ちは全く伝わらなかった。
「王女サマ思ったより面白いネェ〜、勇者サマも幸薄そうな感じだし、僕がいないと不安なパーティーだヨネ。ヨロシク〜」
フードの人物、カインは魔術院の最年少首席卒業者という経歴の持ち主だった。
こうして三人は、国のためという名目のもと、便利屋のように働かされるようになった。
◇◇◇◇◇◇◇
「はぁー、また遠いところに行かされるのですわね」
クララは馬車の中であくびをした。
隣国との国境近くの辺境の地に邪悪な暗黒龍が住み着き、周辺の村に被害が出ていると助けを求められ、王は勇者パーティーに討伐を命じた。
「暗黒龍って生息地もっと北だよネェ、なーんかキナ臭いんだヨネ〜。ま、報酬がもらえるから僕はいいんだけどネッ」
横になり魔術書を読みながら、カインはニヤニヤしている。
「貴方はずっと秘蔵の魔術書を希望していましたわね。やっと手に入りそうなんですの?」
国王はカインへの報酬を、
「働きが足りないうちはすぐには渡せない」
名声が上がってからは
「持ち出されたようで見つからない」
「呪いがかかっているかもしれない」
「偽物かもしれない」
だの色々確認中であると言い訳をして出し渋り、この数年間ずっと先送りにしてきたのだ。
「まあね、か〜なり貴重な本だったから僕も無理は言わないで我慢してたんだよネ。でも今度こそ宝物庫にあるのは確認して裏を取ったし、念を押してきたから大丈夫だよヨ♪」
ニヤニヤを邪悪な形に歪めて、カインは言う。
「次は騙されてやらないし、容赦しないって通告済みだカラ」
「じゃあ、もうパーティーは解散ですのね?貴方は報酬さえ手に入ればこの国に用はないのではなくて?」
「そんな!僕は君たちのことも少しは大事に思ってるんだヨォ〜?」
「ふふっ、少しなんですのね。わたくし、そう言う正直な所は好きですわ」
花が咲くように笑い、クララは楽しげに言った。それは、正直になれない自分自身が嫌いという意味でもあった。
「聖女サマ、僕に好きだなんて言わないで欲しいんですケド!シュティルが泣いてるヨ?」
「泣いてない」
会話に加われず黙っていたシュティルが憮然としたように言った。とにかく人相が良いとは言えない彼は、常に憮然として見える。
(相変わらず素敵な声でわたくしドキドキですわ!お声を聞けて幸せなのですけれど、顔が赤くなってしまうので恥ずかしいですわ……。広くもない馬車で一緒にいると緊張で死んじゃいそうになるから、なるべく視界に入れないようにしてたのに!意識するとドキドキが止まらないですわ)
「まあ、その声を聞くと気分が悪くなると言ったではないですか!視界に入れるのも嫌ですのに、存在を意識させないで欲しいですわ」
ツン、と顔を逸らしてクララは告げた。
(もう大好き!大好き!このまま二人で田舎で暮らしたいですわ)
「大っ嫌いな貴方と一緒にいるなんて。田舎に帰って欲しいですわ」
「俺にはもう帰る場所はないんだ。ああ、話しかけて悪かったな」
シュティルはクララを見つめながら言った。
カインは笑い転げている。
シュティルが田舎から連れ出された時に、村には勇者を輩出した栄誉と金品が渡された。まるで売られたようだとシュティルは思ったし、『勇者を輩出した栄誉』のある村に出戻る訳にはいかない。
随分とキツイことを言うクララだが、常に潤んだ瞳でシュティルを眺めてきたり、赤い顔で震えていたり、悩ましげなため息をついている姿は可愛くて仕方がない。
自分は罵られて喜ぶ変態なんだろうか?
言うほど嫌われている気はしないし、なんだか愛おしくてたまらないしで悩んでしまうシュティルであった。
そして暗黒龍を無事討伐し、サリデン国に戻った三人を待っていたのは、勇者追放という茶番だった。
◇◇◇◇◇◇◇
「んー、二年前から相談役になってる占星術士チャンが怪しいヨネ。あと大臣派の動きかな?隣国と繋がってそうだヨネ」
軟禁状態の王城の一室で、カインは荷造りしながら言った。欲しがっていた魔術書は無事手に入り、大事に荷物に詰め込まれた。
窓の外では勇者を追放せよと民衆が声を荒らげている。
「そうなんですのね?」
クララは紅茶を飲みながら、あまり興味もなさそうに返した。
最近になって、自分の出生を知る人間がほとんど殺されていた事を知ってしまった。聖女としてもあちこちで活動しているクララが、王城から遠く離れた場所で知らされた情報。あれは恐らく王と対立気味の大臣派だったのだろう。
(今更それを知ったところで、どうしようもないですわ。わたくしが王に不信感を抱き、大臣派に加担するとでも?そうしたら次は大臣派に便利な聖女として利用されるだけですもの……)
クララはもう諦めていた。自分には大したことはできないし、迂闊な事をすればきっと、簡単に処分されてしまうのだろうから。
(束の間だけでも、シュティルと一緒にいられて幸せでしたわ。三人のパーティーは危険も多かったけど、生きている実感が持てたし楽しかったですわ。これからまた死んだような毎日を過ごし、そのうち政略結婚させられるか、聖女というシンボルとして一生独身のまま大神殿に飾られるのか。どちらにせよ、シュティルを好きだった気持ちは忘れないですわ)
「きっとこれでお別れですのね。せいせいしますわ。わたくしは聖女の務めを果たします、お二人ともお元気で」
クララが儚げに微笑んだその時、神官長が部屋に転がり込んできた。
「クララ様、貴方には重大な使命が!落ち着いてお聞きください、これは王からの命です!」
クララは、勇者を監視する名目のもと一緒に国を出ることになった。
カインは荷物をまとめると早々に、異国における性的欲求についての研究を進める旅に出て行った。実際には禁書を解読して、とある病気を治す研究のためらしいが……。
(占星術士の入れ知恵?実は神官長が裏で手を回してくれた?わかりませんわ、でもまだまだシュティルと一緒にいられるのですわ!しかも婚約者として……ああ、これは夢なのかしら?)
クララが正気を保ったまま旅の支度をできたのは、奇跡としか言いようがない。
◇◇◇◇◇◇◇
持ち出せたのは馬1頭と、シュティルが装備していた武器防具、旅の道具一式。荷造りは早かった。
路銀は最低限あるが、シュティルとクララがサリデン国で働いてきた分の報酬(国で預かると言われ渡されたことがない)と持っていた僅かな宝飾品は没収されている。
装備品は良いものを与えてくれていたが、他は王城または旅先での生活を保障するという形での現物支給が基本となっており、二人は手元に大した物を持っていなかった。
城下町の外れまでは商人の馬車を手配して脱出した。男装をしたクララは馬にまたがるところまでは頑張った。
「あ、あらおかしいですわ、乗馬を何度か嗜んでおりましたのに。ああん」
馬が歩みを進めるが、クララの体が安定しない。
「俺と一緒でも我慢しろ、それじゃ危ない」
もう一頭馬を入手する予定だったが、シュティルはクララの後ろに乗ると密着して座った。
(ちちち近い!うそぉ、これじゃわたくし正気じゃいられませんわ!?)
シュティルが腕を回し手綱を取った。
「はひゃわわ」
(息ができなくなっちゃう!顔が熱いですわ、きっと真っ赤になってますわ、恥ずかしい〜!)
ドキドキしている鼓動が聞こえてしまわないだろうか?クララは少しでも距離を置こうとしたがうまくいかない。
ドキドキが聞こえないように、会話をする事にした。
(シュティルはわたくしの事をどう思っているのかしら?今までは叶わない恋と思っていたから一方通行で気持ちをぶつけるだけでしたけど。まあ、素直には伝えられてはいないのですけど……はぁん、好き、好き、大好き)
「貴方にはわたくしの気持ちは分かりませんわ!もう大っ嫌い!」
「そうか、悪かったな」
(これからは二人旅なのですわね!ドキドキで倒れちゃわないか心配ですわ。わたくし精一杯お役に立てるよう頑張りますわ。傷は癒しますし、お背中も流しますわ!キャー!)
「二人きりなんてウンザリですわ。わたくしに手間をかけさせないで欲しいですわね?聖女としてのお役目は全うしますけれどね!お役目のためにここにおりますのよ?仕方なくですわ」
「悪かったな」
(もう今すぐ結婚しちゃいたい!大好き!夢みたい、婚約なんてまどろっこしいですわ)
「なんで婚約なんてしないといけないのか、分かりませんわ!」
「悪かったな」
(神官長がこっそり教えてくれましたわ、何代もの勇者がサリデン国に続けて生まれたのは、聖女と勇者の血統から産まれる可能性が高いからなのですって。直系だと確実らしいですわ。今は建前上追放としたけれど、折を見て勇者の帰還か新しい勇者を迎えたいんですって。つ、つまりわたくし達の子供が望まれておりますのよ!ああん、もう幸せすぎて死んじゃいそうですわ!わたくしの気持ちは準備万端ですけれど、シュティルはどうかしら?わ、わたくしを……お嫁さんにして下さる?)
「私は道具じゃありませんわ!こういう事は気持ちが大事ですわよね!」
「馬上であまり大声を出さないで欲しい」
興奮してきて声が大きくなっていたクララの耳元で、シュティルが囁いた。
「ふみゃっ!」
(素敵な声が!吐息が!?耳から幸せの洪水が押し寄せてきましたわ、わたくし溺れてしまう……!?)
「あぁ、悪かったな」
失神したクララを優しく抱きかかえながら、シュティルはため息をついた。
やっぱり自分は嫌われているのか?
「どうにか二人きりになれないかな。恐らく、見張りが付いているはず」
シュティルは呟いた。これが本当の自由ではない事は分かっていた。
ある意味クララはシュティルに対する人質なのだ。置いていけば殺される可能性があるし、おかしな行動をしても狙われるのはまずクララだろう。
勇者が過去の任務でクララを絶対に傷つけないように守っている事は、姿を見せない見張りより王に報告されているのだろうから。
◇◇◇◇◇◇◇
二人は無事、隣国コティッスの小さな村ロクシシに到着した。
森の中に小屋を建てて、質素な暮らしを始めてしばらくした頃。シュティルは、サリデン王が亡くなったと噂を聞いた。見張りもいなくなっているようだったので、シュティルはクララにこれからは自由だと告げる事にした。
「今なら君が望むようにできると思う。命令とはいえ、俺に付いてきてくれてありがとう。俺は結構楽しかったよ」
シュティルは、クララの明るさに救われていた。
口ではシュティルを嫌いだと言いながらもクララはいつでもとびきり可愛い顔で微笑みかけてきて、慣れない家事も健気に頑張っていた。何度手を出しかけては、鋼の精神力で耐えてきた事か。
「ここでの生活は無かった事にして、どこかの国でやり直すか、いっそ国に戻るか?今なら聖女の帰還を喜んで迎えてくれる者が多いだろう。元の生活に近い暮らしができるはずだ。もう俺のことを気にする必要はないんだ。嫌いな俺に囚われず、自由にしていいんだぞ」
(まあ、ティルったら。未だにそんな事を言うなんて!わたくしの気持ちは本当に伝わっていないのかしら?ティルは間違いなくわたくしを大事にしてくれているのですけれど……)
「ほんっとティルはバカですわね、バカバカバカ!大っ嫌い!私ははじめから好きなように自由にしていますわ」
クララはシュティルを潤んだ瞳でじっと見つめた。こんな時でも素直に好きと言えない自分は、何か呪いでもかかっているのだろうか?
(こんなわたくしではダメかしら?ティルとこのまま暮らしたいですわ、どうか出ていけなんて言わないで。大好きなの、愛しているの)
「大嫌いですけど、一緒に暮らすのは存外幸せでしたのよ?わからないかしら?」
クララの瞳から涙が一筋流れ落ちた。
「そうか。俺の望みは、俺の事を嫌いなクララとずっと一緒にいることだ」
シュティルは、俺を嫌いだというそのままの君でいいから俺と一緒にいてくれないかと愛を乞うつもりだった。言い直そうとしたのだが、
「わかりましたわ。貴方のことを嫌いな私とならずっと一緒にいて下さるのですね!」
クララは食い気味に答えた。
(ティルは嫌いと言われて歓びを感じるタイプだったのですわね!素直に好きと言えなくても問題なかったのですわ!いやっほぅ!)
何か間違った気がしたが、喜びに満ち溢れ紅潮した頰ではしゃぎ回るクララが可愛すぎたので、シュティルはクララを抱き締めてキスをした。クララは気絶した。
そして、二人は本当に結婚することにした。
◇◇◇◇◇◇◇
毎朝クララは、シュティルにおはようのキスをしながら
「大嫌いなあなた、起きて下さいまし」
と囁く。もう気絶したりはしない。
二人の間にできた可愛い子供達を守りながら、幸せな毎日を紡いでいくのだ。
トリ頭なので色々取りこぼしたり忘れちゃいます。そのうち時間を作れたら勇者編とまとめて補完したいです。
読んでくれてありがとうございました!