聖さんの秘密
新しい年に。
受験生にとって年末年始は誘惑が多い時期である。
テレビを観たい気持ちを数学の単純計算に費やすことで何とか退けて、遊びに行きたい衝動を歴史の穴埋め問題をすることで押さえつけた。
夜には遥や恵麻ちゃんと課題の達成状況を時間を決めてメールし合うことで、勉強への意欲を維持して来た。
ここまでやったんだから、初詣ぐらいは出かけても許されるよね。
合格祈願もしなきゃならないし。
美月は自分に言い訳をして、元旦の日の朝、近所の三輪山神社にお参りすることにした。
「ねぇ、聖さんは三輪山神社にいつからいるの?」
コートのポケットに入れて連れて来たお守りの聖さんに話しかけると、聖さんは首をかしげる。
「私は三輪山神社の人じゃないわよ~。」
まず「人」でもないよね。でもそういうツッコミは置いといて、じゃあ聖さんって何者なの?ということになる。
聖さんはてっきり三輪山神社の精霊だと思い込んでいた。
「聖さんのお守りは捨てられてたんじゃないでしょ。古いけど綺麗だったもの。三輪山神社に関係ないんだったら、誰かの落とし物だったのかなぁ?」
美月がそう言うと、聖さんは少し考えた後で意を決したように話し始めた。
「私はね、もとは人間だったのよ。」
「え? 人間がお守りの聖霊になれるの?」
「ええ。でも特殊な例だと思う。亡くなった時に現世に残していく息子のことが心配で…ちょうど中三で受験生だったから私がお守りを作ってやってたのよね。それですぐ側で見守れるように神様がこの中に封じ込めてくださったの。」
…そんな事情だったんだ。
「じゃあその息子さんはお守りが無くなって困ってるんじゃないかしら。教えてくれたら返しに行くけど。」
「フフッ、息子には私の姿が見えないのよ。」
こんなにハッキリと見えるのに?! 私って霊感が強いのかな?
「それは、残念だね。」
「神様が私を封じ込める時に言われてたの『息子さんを一生幸せにできる人に出会った時に、あなたは役目を終えるでしょう。』って。息子がね高校に合格してから、私は大勢の女性の手を転々としてたの。神様のその予言めいた言葉を信じるなら、その人たちは息子の周りにいる女性だったのかもしれないわね。」
「へぇ~、不思議な話ですね。」
「私の持ち主になった人達は、息子のことを知っている人もいたし、全然関係がなさそうな人もいた。息子が高校生の時に美月ちゃんと同じで私のことが見える子が一人いたわ。その子は息子のことを好きだったみたいだけど、肝心の息子がその子のことに興味がなかったの。がっかりしちゃったわ。」
「もしかして聖さんって、その女の子が呼んでいたんですか?」
「ええ。さすが美月ちゃん、いい勘してる。その子とは仲良くなったから、別れるのが辛かった。」
「じゃあそれからも聖さんはあちこちの女性の所にいらしたんですか。」
「ええ、何人かね。美月ちゃんが私のことが見えてるってことがわかった時には、張り切っちゃったわよ。この子の願い事を応援しようってね。」
「…確かに。そんな感じでした。」
聖さんは、その先を言おうかどうしようか迷っているようだったが、美月ののほほんとした顔を見て話を続けることにしたようだ。
「私が大学祭の後で、塚田浩平の顔を見てみたいから勉強の時に一緒に連れて行ってと言ったことを覚えてる?」
何でそんな事をいうんだろう?
「…まさかその息子さんって?!」
「そう、浩平なのよ。浩平が美月ちゃんを見ている様子を見て、私は神様が言われた時が来たのかもしれないと思ったわ。」
……ちょっと待って。何? その重い展開。
いやいや、聖さんの勘違いでしょ。
「聖さん、早とちりしてますよ~。塚田先生は教え子を見守ってるだけですって。私は五つも年下ですし、塚田先生のことを好きでもないですよっ。…あ、ごめんなさい。好きではありますけど、恋愛感情はきっぱりさっぱりまったくないんです。」
「そ、そうなの…。」
美月の言い方がハッキリし過ぎてたのか、聖さんはふらふらっとゆらめいた後で、わかりやすく落ち込んだ。
息子思いの亡くなったお母さんをがっかりさせて申し訳ないけれど、本当に塚田先生には恋愛感情はないんだよね。
今は受験の事で頭がいっぱいだし。
それに一生幸せにするなんて、結婚ってことでしょ?中学生の頭の中にその言葉は存在しないよ。
しかし1月に入ってからの家庭教師の日に、塚田先生を見る視点が変わってきていることに美月は気が付いた。
この人を彼氏とか結婚相手として見る人もいるんだよな。
見た目は・・まぁいい。
女性の八割がたはこの人の見かけを好ましいと思うだろう。
サラサラの繊細な少し明るめの色合いの髪。180センチはありそうな高身長。
足は長くスタイルがいい。アーチェリーをしているせいなのか姿勢や肩の背筋が美しい。
顔つきもテレビに出てくるイケメン俳優のようだ。
美月としては顔よりお尻の形が気に入っている。これは好みの問題だから誰にも言ったことはないけれど。
中身は・・変態だ。
どんな生態を持っているのか研究対象にはしたいと思うが、付き合う人物としたらどうだろう。
勉強の休憩時間に話をしていると、塚田先生の生態の一部が垣間見える。
お菓子や食べるものにいちいち一家言あるようだ。
趣味はフィギュアを作ることらしい。アニメオタクの一捻りある変わり種だ。こういうところについていけないお嬢様は多いだろう。
バイトのお金を全部それにつぎ込んでいるらしく、いつもピーピー言っている。
その趣味が生活全般を圧迫しているらしく、服は買わない遊びにも出かけないと聞いたことがある。
これじゃあお付き合いしていても彼女としたら楽しくないだろう。
凝り性の変人というところが先生のネックなんだろうなぁ。
でも人の気持ちに敏感で、空気を呼んでくれるのはプラスポイントだ。
大学祭の時もそうだったし、美月が酷い生理痛で勉強に集中できてない時も優しかった。
全体としては一部難のある、まあまあの優良物件といったところか。
欠点のない人なんかいないんだから、先生も恋愛相手としては普通なんじゃないかな。
自分の相手として考えるのには無理があるけれど…。
そんな美月の気持ちを知ってか知らずか、運命は美月に早くも選択を突き付けることにしたようだ。
いよいよですね。