進路
二学期の終業式の日に美月が教室のイスから座布団を外していると、芳樹に声をかけられた。
「近藤! これからテンヤマ行こうぜ。ハンバーガーで忘年会。」
お互い受験生だというのに、相変わらず能天気な男である。
山内君もまだ席に座ったままこちらを見ているので、一緒に行くのかもしれない。
「恵麻ちゃんは?」
「恵麻と遥はテニス部の後輩に呼ばれてるから、後から来るってさ。」
いやに突然なお誘いだ。
美月が待ってくれていた沙也加の方を見ると、沙也加は苦笑しながら手を振った。
「久しぶりなんだから恵麻ちゃんたちとゆっくりして。じゃ、美月。またメールするよ。」
「ごめ~ん、沙也加。」
「いいって。武田君たちも、また来年ね。」
「ああ、悪いな天峰。」
思っても見なかったことに、美月は男二人と一緒にデパートに寄り道することになった。
三人で歩いていると、何も知らない一、二年生はジロジロ見てくる。三年生の間では五人グループの一部とみなされているので、「今日は恵麻と遥は?」と不思議がられるだけですんでいるが、このメンツで歩いてると変に目立つよね。
「近藤、成績どうだった? 嬉野高校に受かりそう?」
芳樹が珍しくそんなことを聞いて来る。
「特進コースにしなかったら受かるって言われた。でも出来たら恵麻ちゃんと同じコースがいいんだけど・・。」
「へぇ~、頑張ったんだな。」
「怖い家庭教師に絞られてるからね。芳樹はどうなのよ。スポーツ推薦の枠が取れそうなの?」
「うん、たぶん取れると思う。・・でも恵麻が俺に合わせてくれるのが申し訳ないんだよな。あいつなら桑南高校に受かるのに。」
今更そんなことを気にしてたんだ。
確かに恵麻ちゃんの成績なら県でもトップクラスの桑南高校に受かると思う。でも恵麻ちゃんは芳樹と同じ高校に行くことを望んだ。二人の将来と成績を考えて、嬉野高校を受けると決めたのに・・。
「恵麻ちゃんは芳樹と一緒の学校に行きたいんだよ。それに嬉野の特進は国立大学の合格率も高いし、妥協してるわけじゃないでしょ。」
「うん・・だよな。サンキュー、近藤。そう言ってもらえたら、ちょっとホッとした。」
そうそう、芳樹君。単純なのが君のいい所なんだから、彼女の選択を素直に喜んでなさい。
「山内君はどうなの? お兄さんの翼先輩と同じ桑南高校に行かなくても良かったの?」
黙って側を歩いていた翔に話を振ると、翔はすぐに頷いた。
「僕はもともと地元の中備南高校に行くつもりだったから。弟の守りもあるし。遥の方が頑張って僕に合わせてくれてるからね。」
遥の成績は美月よりちょっと良かったから、少し頑張れば中備南に合格できると思う。美月でさえ合格圏内に近づいて来ているのだから。
美月にとっては、これからどちらの高校にいくことにするか二月までには決めなくてはならない。
遥と恵麻ちゃん、どっちかを選べと言われても困ってしまう。頭が痛い問題だ。
五人一緒の未来はないんだもんな。こうやって集まれるのも後わずかか・・。
駅前通りに出ると、立ち並ぶ店の中からクリスマスソングが聞こえてくる。
今年はクリスマスに遊べそうもないな。特別に何かしていたわけではないけれど、クリスマスやお正月の楽しみもないと思うと、殺伐とした気分になる。
前方から「美月ちゃん!」と叫ぶ声がしたので、三人で話していたのを止めてそちらを見ると、塚田先生が駅の方からこちらへ歩いて来ていた。
隣にいる芳樹の顔が強張っている。
・・もういい加減に敵認定をやめればいいんだけど、なんだか芳樹にとって塚田先生はコンプレックスを刺激する存在のようだ。
「こんにちは! 会えてよかった。成績の事で電話しようと思ってたんだけど、今ちょっと聞いてもいい?」
塚田先生はそう言いながらも、芳樹や山内君の顔をジロジロ見ている。
なんだろこれ?・・・犬の縄張り争いみたい。
「いいですよ。芳樹と山内君は先に行っといてくれる? すぐに追いかけるから。」
「・・わかった。三階の百均に寄ってからハンバーガー屋に下りるからな。」
「うん。私が遅くなったら先に注文してていいよ。」
芳樹たちがしぶしぶテンヤマに向かったので、美月は鞄の中から成績表を取り出して塚田先生に手渡した。
先生は成績表を見るのかと思ったら、芳樹たちの背中を睨んでいる。
「成績表、見ないんですか?」
「え?・・ああ。美月ちゃん、あの・・・。」
「はい。」
何だ?
「あいつらは・・さっきの男二人は恵麻ちゃんと遥ちゃんの彼氏じゃなかったの?」
「へ? ええ、そうですよ。」
「じゃあなんで美月ちゃんと一緒にいるわけ?」
「私たち一緒のクラスですし。それに恵麻ちゃんと遥は部活の用事があって、後から来るんですよ。今日は終業式だから、皆でハンバーガー屋に行くことになったんです。」
美月が説明すると、塚田先生はみるみるうちに気の抜けたような笑顔になっていった。
「なんだ。ちょっと心配しちゃったよ。その・・恋愛問題がこじれたのかなぁなんて思っちゃって。」
その言葉に美月は大笑いした。
あの二組のカップルが別れるわけないじゃん。こっちは毎度あてられて見てるのがバカバカしくなるぐらいなのに。
その後、成績表を見てニヤリと笑った先生は、ポンポンと美月の頭を叩いて褒めてくれた。
「僕が思ってたより順位が上がってるね。これは志望校が二校とも射程範囲に入ったな。」
「担任の先生にもそう言ってもらいました。」
「よし、じゃあ一月に入ったら過去問に入るかな。それまで今やってる基礎の問題集は終わらせたいから、今度僕が行くまでにできるとこまで多めにやっといて。」
「ええーーーっ!」
「不平を言わないっ。正月を少しでも休みたかったら、先に終わらせなさい。」
「がーん。」
塚田先生の鬼ーっ。優しい顔をして言うことは厳しいんだからなぁ。
目の前の課題にげんなりしていた美月は、この時、塚田先生の気持ちには全然気づいてなかった。
無理もないね。